第41話 小太刀さん宅でパーティ

 小太刀さんの魂胆が分かった。


 彼女が自宅でのパーティを提案してきた理由、それは──


「それじゃ、ゴブリンロードの撃破と洞窟層の突破を祝して、かんぱーい!」


「「か、かんぱーい……」」


「んぐっ、んぐっ、んぐっ──ぷはぁあああああっ! やっぱ仕事終わりはこれですよね~! しかも今日は実質半休! 昼間からお酒が飲めるなんて、幸せ~♪」


 缶ビールを片手に、ご満悦の小太刀さん。


 彼女の前のテーブルには、キンキンに冷えたおかわり用の缶ビールがさらに二本用意されていたし、冷蔵庫にもまだまだ入っている。


 つまりはこういうことだ。


 外で飲むと、小太刀さんがビールを思う存分飲むことを俺が許可しない。

 それは酔いつぶれた小太刀さんを、俺が介抱しなければいけなくなるからだ。


 だったら小太刀さんの家で飲めば、彼女が酔いつぶれたときベッドに直行すればいいので、俺に迷惑はかけない──と、そういう算段のようであった。


 もちろん俺としては、「どうなんだそれ?」である。

 俺が危惧した「無防備すぎる」という点に関しては、何も解消されていない。


 むしろ悪化している。

 自宅に俺をあげて、短パンにシャツ一枚という部屋着姿ですっかりくつろいでいる小太刀さんの姿は、なんかもう俺を男として認識していないようにしか思えない。


 だが実際に彼女の家に来て、こうしてテーブルの上に料理を並べられてしまえば、それはまずいでしょとも言えない。


 もはやこうなった以上は、人畜無害な友人男子を演じ続けるしかないだろう。

 少なくとも、今日は。


 この場には弓月もいるし、俺も間違いは起こさないだろう。

 小太刀さんと二人きりでいるよりは、はるかに安全だ。


 ……いやワンチャン、ワンチャンだけ「これは誘っているのか?」と思わなくもないが。


 だったら弓月を呼ぶことはないだろうし、完全に俺の勘違い男子属性が発動しているだけに違いない。


「ほら、二人とも。料理たくさん作ったので食べてください。これだけ用意しても、飲み物込みで一人二千円ちょっとですからね」


「「あ、はい、いただきます……」」


 俺だけでなく、弓月までがあっけに取られていた。

 弓月は食事をしながら、小太刀さんの目を盗み、俺のもとに寄って耳打ちしてくる。


「ね、ねぇ先輩。ひょっとして風音さん、酒乱なんすか?」


「その表現は使いたくないが、当たらずも遠からずだな。別に酒に強くはない。前に飲んだときは、生ビール数杯でさっさとできあがった上に、すぐに寝落ちた」


「寝落ちた? そんときはどうしたんすか。風音さんの家じゃなかったんすよね?」


「そこはノーコメントとさせてほしい」


「──ちょっとそこ! 何を二人でイチャイチャしてるんですか!」


「「いや、イチャイチャはしてないです(っす)」」


 内緒話をしているのを小太刀さんに見咎められ、叱責される。


 ビール一杯でさっそく顔を赤くし始めていた小太刀さんは、ぷーっと頬を膨らませて俺と弓月のほうを見てくる。


「……ずるい。火垂ちゃんずるいです。いつも六槍さんとイチャイチャして」


「いやだから、イチャイチャはしてないっすよ?」


「してるもん! 私いつも見せつけられてるもん!」


「あの、風音さん……? ひょっとしてすでに酔ってるっす?」


「酔ってない! 私はシラフです!」


 完全に酔ってますね。

 頬は赤いし、目は据わってるし。


「火垂ちゃん、ちょっとこっちに来なさい。お姉さんからお話があります」


「あ、はいっす」


 部屋は絨毯敷きのリビングルームで、俺たちは背の低いテーブルを前に、床に座布団を敷いて座っている形だ。


 小太刀さんに呼ばれた弓月は、のそのそと小太刀さんのほうに寄っていく。


 あぐらをかいて座っていた小太刀さんは、弓月に向かって両手を広げてみせる。


「ほら、火垂ちゃん」


「な、なんすか……?」


「ここに来てって言ってるの」


「あ、はいっす」


 何かあきらめモードの弓月は、小太刀さんの腕の中に、ためらいがちに腰を下ろす。


 小太刀さんに背を向ける形で座った弓月の体を、捕獲者は背後からぎゅーっと抱きしめた。


「ちょっ、風音さん……!?」


「えへへーっ。火垂ちゃんゲット~♪」


「あの、あの……!?」


「六槍さんといつもイチャイチャしてる罰です。お姉さんにも抱かれなさい」


「なんか不穏当な響きにも聞こえるんすけど!? ふにゃあっ!?」


「火垂ちゃんで我慢してあげるって言ってるんです。おとなしくお姉さんの玩具になりなさい」


「それメチャクチャうちに失礼っすよね!? てか、さっき言ってた『お話』はどうなったんすか!? 待って、どこ触って──にゃああああっ……!」


 俺の眼前には、なんだか見てはいけない気がする光景が広がっていた。


 俺は生ハムサラダを自分の皿に取り分けて、二人のほうを見ないようにしながらパクついた。

 あ、これおいしいな。


 それからしばらく、弓月のあられもない鳴き声が聞こえていた気もしたが、きっと気のせいだろうと思った。


 結局この日、早々に酔いつぶれて寝てしまった小太刀さんを、俺が探索者シーカーパワーを活かしたお姫様抱っこで寝室のベッドまで運搬。


 寝ぼけて抱きついてくる小太刀さんに、俺は自分の中の狼さんを懸命に抑えつつ、どうにか彼女をベッドに寝かせて寝室を出た。


 ふう危ない、近くに弓月がいなかったら犯罪者街道へまっしぐらだったぜ。


 その様子を見ていた弓月はというと、「なんすかね、この混沌の状況は……」とあきれた顔をしていた。


 その後、俺は弓月と二人でパーティの後片付けをしてから、二人で小太刀さん宅をあとにしたのだった。

 オートロックの家で良かったね。


 そして明後日の朝、小太刀さんはこの日の蛮行のツケを支払わされることとなる──

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