第42話 第五層へ
第四層のボスを討伐し、小太刀さんの家で
いつものダンジョン前の土手に行くと、小太刀さんが背後から何者かに抱きつかれている光景に出くわした。
現地に到着した俺は、その「何者か」にジト目で突っ込みを入れる。
「おい弓月。小太刀さんに何やってんだお前」
「風音さんはこの間、うちを玩具にしてくれやがったので、今日はうちが風音さんを玩具にしてるっす」
そう言って弓月は、自分より背の高い小太刀さんの頭をなでなでしていた。
小太刀さんは頬を真っ赤にして、すごく恥ずかしそうだ。
「あ、あの、火垂ちゃん……? 六槍さんが見てる前では、さすがに……」
「あぁん? 見せつけてやりゃあいいんすよ。うちの兄貴にゃあこのぐらいしてやらないと。ほら風音さん、この間うちにしたことを倍返しにしてやるっすよ。こことかそことか」
「やっ、あっ……火垂ちゃん……ほんとダメだからっ、やめっ……んんんっ」
「くっくっく、良いではないか良いではないか──痛いっ!」
俺は弓月の頭に、ごつんと拳骨を落としてやった。
小太刀さんを手放した弓月は、頭を抱えてしゃがみ込む。
「痛ったぁ~! せ、先輩、痛いっす! ガチの拳骨はひどいっすよ!」
「すまん。なんかイラッとしたんだ」
「くっ……先輩がDV夫になる日も近いっす」
「まかり間違ってもお前の夫にはならないから大丈夫だぞ」
「まかり間違ったらうちでもいいじゃないっすか! 先輩はいつからそんな贅沢言いのモテ男気取りになったんすか!?」
「いや待て、いろいろ話の軸がおかしい」
そういうのは俺の嫁になってもいいと思ってるやつが言うことでは?
一方で小太刀さんは、肩身が狭そうにもじもじしながら、俺の顔色を伺っているように見えた。
まあ一昨日あれだけの痴態を見せたんだからしょうがないね。
「小太刀さん」
「は、はいっ……!」
「お酒、やめたほうが良くないです?」
「だってぇ……。六槍さんたちと飲むお酒、おいしいし、楽しいんだもん……。……その、やっぱりああいうのって、迷惑ですか……?」
「いや、迷惑というか……」
いつ間違いを起こすか分からないというか。
主に俺が。
ちょっとズルい言い方をしてみるか。
「それで何があっても小太刀さんが後悔しないなら、別に俺は止めませんけどね。でも前にも言った通り、無防備すぎます」
「それは、えぇっと……あははっ……」
笑って誤魔化された。
本当どういうつもりなんだろう、この人。
さておき俺たちは、いつものようにダンジョンに潜る準備をする。
今日からは第五層、初めての世界だ。
各種情報、一応の下調べはしてあるが、実際のところはこの体で体験してみないと分からない。
ひとまずダンジョンに潜る前にやっておくべきことがある。
更衣室で装備を身に着けた俺たちは、武具店へと向かった。
「よう。今日から第五層って話だが、森林層に潜るにあたって必要なアイテムは分かってるか?」
店に入ると、スキンヘッド店長こと武器屋のオヤジさんが、そう言ってニッと笑いかけてきた。
武具店と言いつつ、HPポーションなどの消費アイテムも売られているこの店。
俺は消費アイテムコーナーに行って、目的のアイテムを手に取って、オヤジさんに見せる。
「
「おう、ご名答だ。ちゃんと予習しているみたいだな。小太刀ちゃんと、そっちの嬢ちゃん──弓月っていったか。二人もその辺は大丈夫か?」
「はい。森林層のモンスターに関して、ある程度の予習はしたつもりです」
「え……? あ、えーっと……も、もちろんっすよ! ははははっ、やだなぁオヤジさん」
約一名、明らかに予習してなさそうなやつがいた。
オヤジさんは大きくため息をつく。
「弓月の嬢ちゃんは、一人でダンジョン潜ったら死ぬタイプだな」
「にゃんですとーっ!?」
「ま、その辺はそっちの兄さんや小太刀ちゃんがしっかりしてるからな。弓月の嬢ちゃんは、二人にべったりくっついとけば大丈夫だろうよ」
「はっ、そういうことならうち、六槍先輩と風音さんにべったりくっついていくっすよ! さっきは風音さんにくっついたっすから、今度は先輩にくっつくっす。べたーっ」
そう言って俺に抱き着いてくる弓月。
ああもう。
「えぇい離れろ暑苦しい。あとお前も女子を自称するなら慎みを持て」
「自称って何すか! だいたい女子は慎みをーとか、先輩は化石っすか!? 白亜紀の生まれっすか!?」
「いや節操なしに抱きついてくるなってだけの意味だよ?」
ときどきお前が女子であることを思い出しそうになるんだよ。
そうなったらお互い困るだろ?
などといったじゃれ合いをしつつ、準備を終えた俺たちは、二日ぶりのダンジョンへと潜っていく。
ダンジョン入り口の魔法陣で第五層を選択し、中継地点の魔法陣に降り立つと、下りの階段を降りる。
石造りの螺旋階段を下り、やがてたどり着いたのは、二日前にも見た緑あふれる景色だった。
鬱蒼と生い茂る樹木の群れ、葉と葉の合間からこぼれ落ちる穏やかな木漏れ日に、鼻孔を刺激してくる新緑の匂い。
木々は奇妙に整列して並んでいて、かなり露骨に通路を形作っている。
第五層、森林層。
俺は小太刀さん、弓月とともに、初めての大地を歩んでいく。
その際に弓月が後ろから、俺の服の裾をくいくいと引っ張ってきた。
「ねぇ先輩。この森林層には、毒とか麻痺とかの攻撃をしてくるモンスターが出るってことっすか?」
「ああ。っていうかお前、事前にマップ攻略情報は仕入れない主義じゃなかったのか?」
「そうなんすけどね。一人でダンジョンに潜ったら死ぬタイプとか言われて、うちのゲーマーとしてのプライドがちょっと傷付いたっすよ」
「それで宗旨変えすることもやむなしってわけか」
「うっす」
「まあ初見殺しにやられて全滅しても、やり直せる種類のゲームとは違うからな」
自分の体を使って挑むという点で、言ってみたらある種のデスゲームなんだよなこれ。
今のところダンジョンの殺意がそれほど高くないせいか、あまりそういう感じはしないのだが。
弓月には、小太刀さんが横から説明してくれる。
「この第五層に出てくるモンスターは、情報によると『キラーワスプ』と『デススパイダー』の二種類ですね」
「露骨にハチとクモっぽいネーミングっすね。どっちも毒攻撃してきそうっす」
「キラーワスプが麻痺、デススパイダーが毒、らしいですよ。麻痺のほうは、受けると体の動きが鈍らされて、何度も受けると効果は累積。最終的には完全に動けなくなってしまうそうです」
「や、ヤバそうっすね」
「しかも森林層のモンスターは、洞窟層の雑魚モンスターとは基礎ステータスも比較にならないほど高いというオマケ付きです」
「ふぇぇっ、マジっすか」
弓月がごくりとつばを飲む。
緊張感を持ってくれたようで、お兄ちゃんは嬉しいよ。
そんな話をしながら、俺たちは森の木々の間にできた道を進んでいく。
【マッピング】スキルを開いて見てみれば、洞窟層のときと同じように、歩いた道が探索済み領域としてマップに表示されていた。
第五層のマップもやはりだだっ広く、数日かけなければ全域を探索しきれそうにないあたりも相変わらずのようだ。
そうして森林の姿をしたダンジョンを、三十分ほど歩いた頃だろうか。
小太刀さんがぴくりと反応し、俺と弓月に向かって警告の声を発した。
「羽音です。複数──来ます、正面!」
俺たちが身構えてからわずかの後、モンスターの群れが姿を現した。
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