第39話 ボス戦
あらかじめ立てておいた作戦通りだ。
俺の【ロックバレット】がゴブリンシャーマンに、小太刀さんの【ウィンドスラッシュ】がホブゴブリンに直撃する。
そして弓月の火属性範囲攻撃魔法【バーンブレイズ】が、すべてのモンスターを同時に包み込んだ。
広範囲を包んだ業火がやんだ後には、残るモンスターはボスのゴブリンロードのみ。
ほかの四体の雑魚──ゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンアーチャー、ゴブリンシャーマンは綺麗に消滅して魔石になっていた。
「うっし! 完璧っす!」
「まだ、ここからです! 気を抜かないで火垂ちゃん!」
「分かってるっすよ!」
「小太刀さん、二人でロードを止めます!」
「了解!」
俺と小太刀さんはそれぞれ両手に武器や盾を構え、二人がかりでゴブリンロードの前に立ちふさがった。
俺たちが手にしている合計三本の武器には、いずれも魔法の炎が付与されている。
弓月が使った【ファイアウェポン】には、武器の攻撃力を増加する効果がある。
そればかりでなく、俺と小太刀さんの身には【プロテクション】【クイックネス】の効果もかかっている。
それぞれ防御力と敏捷力を増加する魔法だ。
ここまでの仕込みはすべて完璧。
残しておくといろいろ面倒な雑魚をさっさと始末して、強化魔法も万全。
だが油断は禁物だ。
ここから先は、純粋な力と力の勝負になる。
配下のモンスターが倒され、自らも【バーンブレイズ】のダメージを受けながらも、ゴブリンロードは止まらない。
身の丈ほどもある巨大な大剣を振り上げ、俺と小太刀さんに向かって突進してくる。
大きな図体にもかかわらず、その動きは相当に速い。
もともとが敏捷力お化けの小太刀さんはともかく、俺では【クイックネス】の効果を受けた上で、まだ向こうのほうが俊敏だ。
「くっ……!」
暴走車のごとき勢いで突っ込んでくるゴブリンロードを、俺は炎をまとったロングスピアで突く。
だがロードは巨体に似合わぬ素早いサイドステップで俺の攻撃を回避し、間髪入れずに俺に向かって大剣を振り下ろしてきた。
剣速が速すぎて、回避はとうてい不可能。
俺はブロンズシールドを使って、その一撃を受け止めようとした。
「なっ!? ぐぅっ……!」
たしかに攻撃を受け止めた、はずだった。
だがゴブリンロードの大剣は、ブロンズシールドを断ち切り、さらに
盾で防御したこともあって、さすがに致命傷ではない。
だがあと数発、同じ攻撃を受けたら立っていられないほどのダメージだった。
「くぅっ! 硬い……! ──六槍さん、大丈夫ですか!?」
その隙をついて、小太刀さんが火炎をまとった二本の
ゴブリンロードは小太刀さんをより大きな脅威と認識したのか、俺を半ば無視して、小太刀さんに向かって薙ぎ払うように大剣を振るう。
小太刀さんは素早くバックステップしてそれを回避。
だがいつものような余裕はなく、紙一重といった回避タイミングだった。
「うちもいるっすよ──【ファイアボルト】!」
そこに弓月の魔法攻撃。
火炎魔法はゴブリンロードに直撃し、その身を燃え上がらせた。
だが炎はすぐに消え去り、ゴブリンロードは弓月のほうを見てギラリと目を光らせる。
「ひっ……! う、うちは狙っちゃ駄目っすよ! そんな攻撃受けたら、一撃で吹き飛んじまうっすからね!」
弓月はゴキブリのようにカサカサと逃げ出して──いくような気配を見せながらも実際にはそんな動きはせず、その場にとどまってさらなる魔法攻撃を仕掛けようとその身に魔力をまとわせていく。
魔法を使うには一定時間静止して体内の魔力を高めていく必要があって、逃げながら魔法を使うとかはできないからな。
「火垂ちゃんのところには、行かせない!」
小太刀さんが、再びゴブリンロードに斬りかかる。
ギャリリッと音がして、炎をまとった二本の短剣が、鎧の上からゴブリンロードの体を切り裂く。
一撃で致命傷というダメージは与えられないが、着実に削っているはずだ。
ゴブリンロードの注意が再び小太刀さんへと向き、苛烈な攻撃を仕掛けていく。
小太刀さんはからくも攻撃を凌いでいた。
「弓月! やつのHPは!」
俺は自身に【アースヒール】を使って負傷を癒しながら、【モンスター鑑定】持ちの弓月に向かって叫ぶ。
「いけるっす! 残り半分切ってるっすよ! ──【ファイアボルト】!」
弓月の二発目の火炎魔法が、ゴブリンロードに直撃する。
ロードは炎で燃え上がりながらも、小太刀さんへの攻撃の手を緩めることはない。
「くぅっ……!」
防戦一方になった小太刀さんは、たまらず大きく後方へと跳んだ。
だがゴブリンロードは、それを待っていたかのように方向転換。
弓月のほうに向かって駆け出していく。
「げっ、マジで来るっすか!?」
「しまっ……!? 火垂ちゃん!」
小太刀さんが慌てて追いかけるが、タイミング的にまるで間に合わない。
弓月自身もまた、今さら逃走したところで逃げられようはずもなかった。
「ふぁ、【ファイアボルト】!」
弓月の三度目の火炎魔法が、ゴブリンロードに直撃する。
だがロードの勢いは止まらず、全身にまとわりついた炎をかき消して、大剣を弓月に振り下ろす──
「弓月!」
タイミングはギリギリ。
俺は弓月をかばってロードとの間に入り、ゴブリンロードの大剣の一撃を盾で受け止めていた。
だが先刻と同じだ。
ゴブリンロードの大剣はブロンズシールドを断ち、俺の防御の上から左肩から右脇腹にかけてを大きく切り裂く。
「ぐっ……! だが──!」
先刻と違うのは、俺が突き出した槍もまた、ゴブリンロードの胴に突き刺さっていたことだ。
それがトドメの一撃となった。
ゴブリンロードの図体がぐらりとよろめき、地面に倒れる。
ほかのモンスターと同様、その体は黒い靄となって消滅し、あとには魔石が残った。
「勝った……」
俺は安堵し、大きく息をつく。
少しあっけなかった気もするが、裏技までフル活用したのだから、こんなものかとも思う。
地面に落ちたゴブリンロードの魔石は、ほかのモンスターのそれと比べてはるかに大きく、ピンポン玉ほどのサイズ感があった。
俺はずっしりとした重みのあるそれを拾い上げ、ポケットに大事にしまい込む。
それから自分の負傷を【アースヒール】で治癒した。
「た、助かったっす……。てか先輩、ちょっと何すか今の! ヒーローっすか!? ちょっとドキドキしたじゃないっすか!」
後ろにかばった弓月が、よく分からないクレームを飛ばしてくる。
俺は弓月のほうへと振り向き、尻もちをついた後輩の前にしゃがんで、いつものようにわしわしと頭をなでた。
「大丈夫か、弓月。無事でよかったよ」
「ドッキーン! な、何すか先輩! うちのこと惚れさせにきてるっすか!?」
「いや、お前はそんなタマじゃないだろ」
「うっ……ま、まあそうっすけど……。……でも、ありがとうっす、先輩……」
「どういたしましてだ」
俺はもう一度、弓月の頭をくしゃくしゃとなでる。
後輩はこそばゆそうに目を細め、それを受け入れていた。
そこに小太刀さんも駆け寄ってくる。
ほかのモンスターの魔石を拾ってきてくれたみたいだ。
「すみません、私が至らないばかりに、ゴブリンロードを火垂ちゃんのほうに向かわせてしまって……」
「何言ってるんですか。メイン壁とアタッカーの兼任で、獅子奮迅の活躍だったじゃないですか。俺なんて最後の一撃がなかったら、いいところなしで終わるところでしたよ」
「そ、そんなこと……! 六槍さんがいなかったら、私あんなにフリーで動けてないですよ」
「二人とも謙遜ばっかっすねぇ。しょうがないからうちが尊大に振舞うっすよ。火垂ちゃん、【バーンブレイズ】に【ファイアボルト】の連発で大活躍! うちがいたから勝てたようなもんっすよ。二人とも感謝するといいっすよ」
「言うほど間違ってないから腹立つな……」
「にへへーっ♪」
弓月が笑顔を見せる。
それを見た俺と小太刀さんも、つられて笑いを漏らしてしまった。
そうして俺たちは、第四層のボス「ゴブリンロード」を撃破した。
戦場となった大洞窟の奥には、入り口と同じような形状の大扉があったのだが、今やそれが開いて先への道を示している。
俺たちは互いにうなずき合うと、扉の先へと向かって進んでいった。
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