第29話 ウザ絡みしてくる後輩

 第二層に到着。

 この層が今日のメインの探索場所になる予定だ。


 第二層に下りて最初に遭遇したモンスターは、ゴブリンが一体だった。


 ゴブリンが一体だけなんて、今ではもうまともな敵とも思えないぐらいだが。

 俺も第二層を初めて探索した頃には、倒すのに結構苦労したなぁ……。


「──【ファイアボルト】!」


 そのゴブリンに向けて、出会い頭に弓月の魔法攻撃が飛ぶ。


 ゴブリンは回避しようとしたが、まったく間に合わず、魔法の炎はそいつの体に見事に直撃した。


 ゴブリンの全身は燃え上がったが、一瞬の後に炎は消滅する。

 そいつは魔石に変わることなく、弓月に向かって襲い掛かってきた。


 コボルドはいけても、さすがにゴブリンを一撃必殺は無理だったか。


「た、倒せなかったっすよ……!」


 弓月は再び、その身に赤い燐光をまとわせていく。

 だがゴブリンの襲撃は、弓月が次の魔法を放つよりも早そうだった。


「そこでお兄ちゃん参上」


「お、お兄ちゃん……!」


 俺は弓月を守る位置に進み出て、盾を構えてゴブリンの前に立ちふさがる。


 そしてゴブリンの攻撃を盾でさばいて、さらにシールドアタックでゴブリンを押し返した。


 そこに弓月の二発目のファイアボルトが放たれ、再度炎に包まれたゴブリンは今度こそ消滅して魔石になった。


「お兄ちゃ~ん、怖かったっすよ~! 助かったっす~!」


「よしよし。怖かったな、弟よ」


「チッ。何がなんでも弟から離れないんすね」


「そこは諦めてくれ」


 俺の胸に飛び込んできた弓月の頭を、ポンポンと叩く。

 そんな俺と弓月の姿を、小太刀さんはなんだか複雑そうな顔で見ていた。


 まあそれはいいとして。


「今ので【ファイアボルト】三発目か。弓月、MPはいくつ残ってる?」


「【ファイアボルト】の消費MPは3で、最大MPは30っすから、残りMPは21──と言いたいところっすけど」


「けど?」


「レベルが上がったみたいっすよ──【ステータスオープン】」


「おおっ!」


 レベルアップした弓月は、【MPアップ(魔力×4)】を取得。

 レベルアップ自体で魔力が上がったこともあり、最大MPが一気に爆上げされた。



弓月火垂

レベル:2(+1)

経験値:11/30

HP :21/21(+3)

MP :35/44(+14)

筋力 :5

耐久力:7(+1)

敏捷力:7

魔力 :11(+1)

●スキル

【ファイアボルト】

【MPアップ(魔力×4)】

残りスキルポイント:0



 小太刀さんがやってきて、弓月のステータスをひょこっと覗き込む。


「うわぁ……現在MPが、最初より増えてますね……」


「うちの永久機関みがすごいっす」


「どう考えても最初だけだ。無駄撃ちすんなよ」


「はぁーいっす」


 そんな感じで、俺たちはサクサクと弓月のレベル上げを敢行していった。


 第二層に下りてから二時間ほどたった頃には、弓月のレベルは3まで上昇していた。

 スキルは【HPアップ(耐久力×4)】を獲得。


 ちなみに、この間に小話が一つ。


 俺と小太刀さんの両方が弓月についている必要はないと気付いた俺たちは、二手に分かれて稼ぎをする方向へと方針転換していた。


 俺と弓月が二人パーティで動き、小太刀さんがソロで別働する。


 小太刀さんは「ソロは寂しいけど、今だけ我慢します!」と言って後ろ髪を引かれた様子で離脱していった。

 ひょっとするとだけど、小太刀さんがパーティを組む動機の何割かは「ソロだと寂しい」なのかもしれない。


 一方、弓月と二人になった俺は俺で、傍若無人な後輩から精神攻撃を受けていた。


「──で、風音さんとはどうなんすか、六槍先輩?」


「どうって、何がどうなんだ、弓月後輩」


「決まってんじゃないすか兄貴ぃ。コレっすよ、コレ」


 ニマニマ顔の弓月は、小指を立てて見せてくる。

 小指、こゆび、こゆびと、こいびと……って、いつの時代の記号でお前は何歳だ。


「何を言っているのか分からん。小太刀さんとは、探索者シーカーとしてパーティを組んでいるだけだ。余計な勘繰りをするんじゃない」


「分かってんじゃないすか。ていうか、それマジで言ってんすか?」


「……どういう意味だよ」


「だって先輩、風音さんのこと好きっすよね?」


「…………お前には関係ない」


「先輩、嘘つくの下手すぎっすか?」


 うるせぇ。

 こちとら正直者で生きてるんだよ。


 だが弓月は、嘆かわしいとばかりに首を横に振ってみせてくる。


「やれやれ。さすがヘタレ先輩。さすがヘタレ兄貴っすわ」


「喧嘩売ってんなら、ダンジョンここに一人で置いてくぞ」


「怒っちゃ嫌っすよ、先輩♡」


「じゃあな」


「あーっ、待って待って!」


 速足で歩きだした俺を、弓月が小走りで追いかけてくる。

 弓月のウザ絡みが本気で鬱陶しいと思ったのは、これが初めてかもしれない。


「ねぇ先輩。なんでそんなに否定するんすか? さては怖いん……いや、何でもないっす」


 また煽ろうとしたなこいつ。

 俺に対する煽りがクセになってるの、良くないと思います。


「いや、あのな? 小太刀さんは俺に、探索者シーカーとして一緒にパーティを組もうって言ってきたの」


「ふんふん、それで?」


「いや、『それで?』ってお前な。それを俺が勝手に、その、なんだ……それ以上の関係を望んだりしたら、小太刀さんに迷惑だろ」


「んー、言ってることは分からなくもないっすけどね。なんで先輩がボッチなのかがよく分かったっす」


「普通に悪口なんだよなぁ。殴っていいか?」


「殴っていいかと聞いて、槍の先を向けてくるのはやめてほしいっすよ」


「ていうか、それをボッチだって言うなら、お前はどうなんだよ。彼氏とかいるのか?」


 俺が反撃とばかりに切り返すと、弓月はむむっと顔をしかめた。


「先輩にしては痛いところ突いてくるっすね。……うん、うん、そうっすね。それは先輩の言うほうが正しいっす。うちの負けっすわ。惚れた腫れただけが人の生き方じゃないっすね」


「生意気言いやがって。あと『先輩にしては』のあたりで、お前が俺をどう見ているかはよく分かった」


「あっ……。ち、違うんすよぉ。お兄ちゃん、怒らないで~」


 それからは、普段通りの他愛のないやり取りを続けながらダンジョン探索を続けた。


 俺たちが小太刀さんと合流したのは、しばらく後のことだった。

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