第22話 退職願いと後輩
翌朝。
バイトの勤務先に向かった俺は、出勤前の休憩室で、店長に退職願いを申し出た。
バイト先の仕事は、主力のアルバイト店員が一人辞めるだけでも店舗運営が一気に厳しくなる世界だ。
店長はさすがに苦い顔をした。
でも俺が事情を話すと、「六槍くんの将来のためならしょうがない。新しい仕事、頑張って」と言って、二週間後の退職を了承してくれた。
わりといい店長なので、こっちの都合で苦労させてしまうことに気は引けるのだが、そこは踏ん切りをつけないといつまでもズルズル行っちゃうからな。
なお二週間後というのは、法律で決められた退職までの最低限の期間である。
当然ではあるが、そのぐらいは責任を果たしたいところだ。
俺は店長から渡された退職届けの用紙に記入していく。
するとそこに、今日のもう一人の勤務者が休憩室に入ってきた。
「おはようございまーす! ……って六槍先輩、何書いてるんすか? え、退職届け!? 先輩辞めちゃうんすか!?」
「まあな」
「何で? 何でっすか? 新しい就職先でも決まったんすか?」
「ああ、そんなところ」
「ふぇぇ~っ、意外っす。先輩ずっとここで働くつもりかと思ってたっすよ」
この朝っぱらから騒がしいのは、一年歳下の
去年まで高校生だった娘だが、喋り方やルックスのせいか、当時もあまり女子高生という感じはしなかった。
人懐っこい男子の後輩というか、チワワというか、そんな感じ。
背は低く、ちんまりとしている。
ショートカットにした髪に、少年といっても通るんじゃないかと思うような中性的な顔立ち。
ボーイッシュな私服姿のせいもあってか、なんとなく「弟分」というイメージが強い。
ちなみにゲーマーであり、いわゆるオタク趣味の持ち主であり、俺とはわりと気が合うほうだ。
「六槍くんは
「えっ……? マジっすか!? 六槍先輩が、
店長の言葉を聞いて、弓月は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
そこまで驚くようなことか?
いやまあ、相当な稀少人種であることは間違いないが。
「
「ああ。一昨日に覚醒して、そのままダンジョンに直行した。一昨日と昨日は、ほとんどずっとダンジョンに潜ってたな」
「ど、どうだったっすか、ダンジョン? 初めてでもやれたっすか? あそこの河原にあるダンジョンっすよね?」
「うん、そこ。しかし、どうと聞かれてもな。ひとまず何とかなりそうだなと思うぐらいにはやれているけど、まだ
「そっすか……。でも六槍先輩が、
弓月はぶつぶつ言いながら、何かを考え込む様子を見せる。
それにしてもこいつ、ずいぶん根掘り葉掘り聞いてくるな。
やっぱゲーマーだから、
「あの、六槍先輩の連絡先って、前に教えてもらったときから変わってないっすか? うちのスマホに入ってるこの番号で合ってるっす?」
「ん……? あ、ああ。この番号のままだけど」
「了解っす。ひょっとしたらうち、いつか先輩に連絡するかもしれないっす」
「……?」
バイトの後輩である弓月とは、気が合う相手とはいえ、仕事以外で積極的に連絡を取り合うような間柄でもない。
少し疑問に思ったが、気にするようなことでもないかと思ってスルーした。
***
それから五日間は、普通にバイト生活に勤しんだ。
ダンジョン探索でステータスが上がったせいか、食器が普段より軽く感じられるなど多少の違和感はあったが、特に問題が起こるほどでもなかった。
ただ俺は勤務中に、どこか「自分がいるべきなのはココじゃない感」みたいなものをずっと感じていた。
同時に、やはり退職に踏み切って正解だったなとも。
なお毎日の勤務が終わった後に、短時間でもダンジョンに潜ろうかとも考えたが、やめておいた。
短時間で探索できる範囲ではあまりうまみがなく、経験値稼ぎなどの効率が悪いことが理由の一つ。
それに加えて、さすがに体力的な厳しさを感じ始めていたからだ。
実質的に休日なしのフルタイム連勤+残業が続いている状態だ。
しかも小太刀さんとの約束も加味すれば、それが来週末までは続くことが確定している。
いま無理をして、休日の小太刀さんとのダンジョン探索に支障が出たら泣くに泣けないから、そこは優先順位を考えて大事を取ることにした。
その代わりに、空いた時間はインターネットで、ダンジョンや
インターネット上では
俺はそこに落ちている情報を、自分に直近で関係するであろう部分を優先して貪るように読んでいった。
まあ用意周到なやつに言わせれば、それは最初にダンジョンに潜る前にやっとけよという話なんだろうが。
俺って実体験を伴わないと効率よく学べないタイプなんだよな。
そんなことをしながら五日間が過ぎ、ようやく小太刀さんとの約束の日がやってくる。
朝起きて支度を終えた俺は、意気揚々と自転車を漕いで、ダンジョンのある河原を目指した。
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