第19話 理不尽な暴行を受ける

 俺と小太刀さんはそれぞれに準備を終えてから、予定した時刻にダンジョン前の河原で合流した。


 預かり所で二人分の装備類を回収しつつ、まずは武具店に向かう。

 昨日手に入れたブロードソードを売却するためだ。


「武具はだいたいですけど、店に並んでいる値段の半値ぐらいで買い取ってくれる感じですね。ブロードソードはたしか店売り価格3万円ぐらいだったと思うので、売却価格は期待できると思いますよ」


 武具店に向かう道すがら、小太刀さんがそう教えてくれる。

 それはたしかに、追加収入としては相当魅力的な額だ。


 ──だが世の中、良いことばかりではない。


 この日の屈辱の出来事は、俺の記憶にずっと残り続けることになる。


 といっても、それは武器の売却とは関係ない。

 起こったのは、こんな一幕だった。


 俺たちが武具店の前までたどり着いたときのことだ。

 店の中から、一人のガラの悪い男が出てきた。


 歳は二十代後半ぐらいだろうか。

 身に着けている装備から見て、探索者シーカーのようだ。

 鎖かたびらを身に着け、背には盾をくくり付け、腰には剣を提げていた。


 そいつの姿を見て、小太刀さんが「あっ」とつぶやいてうつむく。

 一方の男は、小太刀さんを見てニヤリと笑った。


「おやぁ~? どこかで見た顔だなぁ~。──あ、そうだ。一週間ぐらい前に探索者シーカー始めたって言ってた女だ。俺がせっかく善意で誘ってやったのに袖にされたから覚えてるわ」


「……どうも」


 小太刀さんは男のほうを見ずにうつむきながら、男の横を通って武具店に入っていこうとする。

 だが男は「待てよ」と言って、小太刀さんの腕をつかんで引き留めた。


「やっ……」


「なあお前。この間は『私はソロでやりますので。パーティを組むつもりはないです』って言って、先輩探索者シーカーである俺の誘いを断ったよなぁ? 手取り足取り探索者シーカーのことを教えてやるって、親切心で言ってやったのによ。なのにそっちの男は何だよ、ああ?」


「は、離してください……!」


「何だよその態度。噓つきは良くねぇって話してるだけだろ。そうだよなあ? 親切心で声をかけてやった先輩に嘘をついたのは誰だ? 悪いと思わねぇのか?」


「そ、それは……気が変わったんです。離してください……!」


 小太刀さんはつかまれた腕をどうにか引きはがそうとするが、男の力が強いのかそれが叶わないようだった。


 ……背景事情はよく分からない。

 だが俺は、目の前の男が不快で仕方がなかった。


 だから俺は、特に考えもなしに男に嚙みついた。


「あの。先輩探索者シーカーだか何だか知らないですけど、彼女、嫌がってるじゃないですか。話があるなら、せめてその手を離したらどうですか?」


「……あぁん?」


 男の注意が俺に向いた。

 男は小太刀さんを突き飛ばすと、俺に向かってガンをつけながら歩み寄ってくる。


「おう、テメェも見ねぇ顔だな。新人ルーキーか?」


「だから何です? 人としての礼節の話なら、新人もベテランも関係ないと思いますが」


「チッ、テメェも先輩に対する態度がなってねぇな」


「ぐっ……!」


 男はいきなり俺の首根っこをつかみ、片手で俺の体を持ち上げてきた。

 動きが速すぎて、まるで反応できなかった。


 それにすごい力だ。

 俺の足が地面から離れ、宙をかく。


 男の握力で首が絞めつけられ、苦しくなる。

 と言っても本気で絞め殺すつもりはないらしく、ただ俺を苦しめることだけが目的のような絞めつけ方だったが。


「あ、ぐっ……! くそっ……は、離せ……!」


「六槍さん……! や、やめてください! 六槍さんが何をしたって言うんですか!」


「ああ? 女ぁ、テメェともども先輩への態度がなってねぇから、新人教育してやろうって話だろうが。──おっ」


 俺は思わず、男の胴を蹴りつけていた。

 だがまるで効いた様子はない。


 赤ん坊が大人を蹴りつけているような、そんな無力感。

 男はゲラゲラと笑い始める。


「ヒャハハハハハッ! 何だよそれ、攻撃のつもりか? お前レベルいくつだよ?」


「レベル5、だよ……! だから何だ……離せっ……!」


「レベル5! クソ雑魚じゃねぇか! それで25レベルの俺に逆らうとか、マジウケるわ。──いっぺん死んどくか?」


「あ、がっ……かはっ……!」


 さらにギリギリと、首が絞めつけられる。

 命に別状がない程度に苦しめてくる。


 今、俺の右手には槍がある。

 もう、これで突き刺してやろうかと思ったとき──


「い、いい加減にしてください! それ以上続けるつもりなら……!」


 小太刀さんが腰の鞘から二振りの短剣を引き抜き、両手に構えて男を威嚇した。

 それを見た男の口元が吊り上がる。


「おいおい、探索者シーカー探索者シーカーに武器を向けるのか? こりゃあ許されねぇな。キツいお仕置きをして、体に覚えさせてやらねぇと」


 男は俺を、ゴミのように放り捨てる。

 俺の体は大きく宙を舞い、地面に転がった。


「がっ……! げほっ、げほっ……!」


 何なんだ、何なんだこの男は……!


 俺がどうにか起き上がったときには、小太刀さんが再び男に捕まっていた。

 小太刀さんは短剣を持った両手を、男の両手でつかまれ、そのまま男に押し倒されている。


 あの小太刀さんが、まるで赤子の手を捻るように組み伏せられるなんて。


「くっ……! や、やめっ……!」


「ヒヒヒッ。人に武器を向けた女探索者シーカーには、キツ~イお仕置きが必要だよなぁ?」


 男が舌を出し、小太刀さんの首筋に這わせようとする。

 小太刀さんはもがき、敵わないと知るとギュッと目をつむり──


 俺が盾を前に構えて、男にシールドタックルを仕掛けようとしたときだった。


「……おい新田。テメェ、俺の店の前で何やってんだ」


 ドスの利いた低い声が、武具店の入り口のほうから聞こえてきた。

 その声を聞いて、小太刀さんを襲っていた男はビクッと震え上がる。


「お、大迫おおさこさん……! いや、これはこいつらの態度がなってねぇから、先輩探索者シーカーとして教育してやろうと……」


 男は小太刀さんを押さえ込んだまま、しどろもどろに言い訳をする。


 武具店から出てきたのは、あの強面スキンヘッドのおっさん店員だった。


 だがいつものフレンドリーな様子はなく、静かな怒りの表情を浮かべている。

 その圧倒的な存在感に、男は完全にビビっていた。


 スキンヘッドの店員は、男を睨みつけて吐き捨てる。


「うるせぇ。いいから小太刀ちゃんを放して消えろ。殺すぞ」


「ヒッ、ヒィッ……!」


 男は慌てて小太刀さんを解放すると、ほうほうの態で逃げ去っていった。

 スキンヘッドのおっさんは「まったく……」と言って、ため息をつく。


 おっさんは一転して優しげな表情を浮かべると、小太刀さんと俺に声をかけてくる。


「大丈夫か、二人とも。何があった?」


 ひとまず助かったようだ。

 俺は小太刀さんと顔を見合わせて、ホッと息をついたのだった。

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