第7話 ラーメン屋にて

「へぇー、それじゃあ六槍さんは、今日が初めてのダンジョン探索なんですか」


「うん、ごめん。お役に立てそうになくて」


「いえいえ全然。あ、ラーメン来ましたよ」


 ダンジョンのある土手から少し走ったところにあるラーメン屋。

 俺と小太刀さんは、四人掛けのテーブル席に対面で腰かけていた。


 昼時を少し過ぎた時間だけに、客の姿はまばらだ。

 少なくとも、四人掛けのテーブルを二人で占拠するのがまったく問題ないぐらいには。


「いただきまーす♪」


「いただきます」


 二人で箸を手に、豚骨醤油ラーメンを食べはじめる。

 小太刀さんは「んーっ、おいしーっ!」と言って満足そうに麵を啜っていた。


 たしかにラーメンはうまいのだが、俺はどうにもその味に集中できずにいた。


 俺はどうしてこんな美人さんと一緒にラーメンを食べているのか。

 彼女いない歴イコール年齢の青少年(?)には、ドキドキするなというほうが無理がある。


「それで、どうでした? 初めてのダンジョン探索は」


 小太刀さんが好奇心に満ちた瞳を俺に向けてくる。

 そうまっすぐ見つめられると惚れてしまうのでやめてほしい。


 でもそういう男子丸出しのところは、なるべく隠して──


「何とか、ってところです。四時間ぐらい歩き回って、3レベルまで上がりました」


「おーっ、順調ですね」


「小太刀さんは今、何レベル?」


「私はね、今9レベル。第一層と第二層はわりと順調に進めたんですけどね。第三層から敵が多くなってしんどくって。ソロだとポーションの消費がヤバいんですよ。最悪、赤字まであります」


 俺も小太刀さんも、敬語とタメ語の間をふらふらしている。

 向こうはどう思っているのか分からないが、こっちは距離感を測りかねている感じだった。


 堅苦しくなりすぎず、失礼にもならない喋り方とかすでに難しい。


「回復魔法も、すぐに使い切ってしまう感じですか?」


「いやいや、回復魔法なんていいもの持ってないですよ。──えっ、ひょっとして六槍さん、回復魔法持っていたりします?」


「ええ。【アースヒール】という魔法を」


「いいなぁーっ! 大当たりじゃないですか」


「ほかの人がどうなのか分からないけど、そうなんですかね」


「絶対そうですよ。回復魔法持ちは当たり、間違いないです。たしか初期で修得できる回復魔法って【アースヒール】か【アクアヒール】しかなかったはずですし」


「そうなのか……」


「そうなんですよ。──あっ」


 そこで小太刀さんは口元に手を当て、俺から視線を逸らして考え込むような仕草を見せた。


 な、なんだ……?

 俺、何かまずいこと言ったか?


 俺が内心恐々としていると、しばらくして小太刀さんが、意を決したように口を開く。


「……あの、六槍さん。もしよければなんですけど」


「はい、何でしょう」


「私とパーティを組んでもらうことって、できたりしませんか?」


「……ん?」


 パーティ。

 パーティ、パーティ……パーティ?


「あ、えっと、パーティっていうのは、分かります?」


 俺がフリーズしてしまったのを見てか、小太刀さんがそう聞いてくる。

 俺は慌てて首を縦に振った。


「それは、大丈夫。講習でも聞いたし。一緒に組んでダンジョンに潜るんですよね」


「ですです。六槍さんが回復魔法持ちだというのを聞いて、図々しいのは承知の上でなんですけど、どうでしょう?」


「あー……考えてもなかったな……」


 探索者シーカーは必ずしも単独ソロでダンジョン探索をするわけではなく、複数人で組んで一緒にダンジョンに潜ることもある。

 それを「パーティを組む」と呼ぶわけだが。


 ダンジョンでは下層に潜るほど、モンスターが手ごわくなっていく。

 第一層ぐらいなら単独ソロで攻略できても、第二層、第三層と下りていくにつれて徐々に厳しくなっていくと講習で聞いた。


 小太刀さんは第三層で苦戦していると言っていたし、その原因として敵の数が多いこと、ポーションの消費量が激しいことをあげていた。

 回復魔法を使える俺にパーティを組んでほしいと提案するのが、おかしな話ではないのは分かる。


 一方で俺はというと、「え、いいの?」というのが率直な感想だった。


 こんな美人さんとパーティを組めるとか、ダンジョン探索時のメリット・デメリットを抜きにして、単純に男子の下心として嬉しかった。

 いや、下心って言っても変な意味じゃないけどな。


 でもそれを口にしても変な感じにしかならないだろうし、黙っているが。

 そういうのではなく、探索者シーカーとしての利害の話をしないとダメだろう。

 少なくとも表向きは。


「でも俺、まだ3レベルですよ。それにバイトもあるから、予定が合わせられるかどうか分からないし。──小太刀さんは、別に仕事は?」


「あーっと……私はわけあって、前やっていた仕事はやめちゃったんです。今は探索者シーカー一本ですね。でもそうですよね。今朝探索者シーカーになったのなら、普通そうか……。すみません、無理を言って」


「あ、いや全然。誘ってくれて嬉しかったし」


 パーティを組む話がお終いになりそうで、心の中のもう一人の俺が「バカ野郎!」と叫んで俺の頬をぶん殴っていた。

 せっかくのチャンスを自分でふいにしやがって、と。


 いや待て、まだ諦めるには早い。何とか繋ぐんだ、小太刀さんとパーティを組むチャンスを──などと魂が叫んでいると、彼女のほうからこんな提案をしてきた。


「それじゃあ、せめて連絡先だけでも交換しておきませんか? 新人ルーキー同士、情報交換とかでも役に立つかもしれないですし」


押忍おす! よろこんで!」


 俺は一も二もなく、前のめりになって飛びついた。

 小太刀さんは驚いた様子できょとんとしていた。

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