第45話:生まれて初めて触れる柔らかさ――を、堪能したい。

 初めて食べた時は、その味の美味さと一口噛むごとに饅頭の中からカスタードクリームが漏れ出てくる目新めあたらしさに感動したものだ。


(気づけば何だかんだでほぼ毎日食べているなぁ)


 むにゅむにゅとした触感を口内で堪能しながら純多じゅんたは物思いに耽る。


 少女からもらった饅頭を食べて能力に目醒め、その能力を使って目の前の少女から能力を消そうとしている。

 運命の巡り会わせというのは何とも数奇なものだ。


「本当にいいんだな?」

「何度も言わせないデ。ワタシだって、家族以外の人に肌を見せるの恥ずかしいんだかラ」


 粉雪のような白い頬を紅潮させ、少しだけ顔を背けながら恥ずかしそうに言う。


 ベッドに寝転んで肌を見せる少女に対し、両手を構えて緊迫の表情を浮かべる少年。

 事情を何も知らない者が見たら、触診か手術でも始まるのか、と思ってしまうくらいの異様な緊張感が二人だけの密室に漂う。


「いくぞっ!」


 これは性行為でもない。

 性的暴行でもない。


 あくまでポリンの方から許可を出したうえに、目的は能力を消去することだ。


 ……と、自分の頭の中で念じ続けていないと罪悪感と邪念に気圧けおされてしまう軟弱な救世主・棟倉むねくら純多の五指が、少しずつ、そして確実に金髪の少女の小さな双丘へと向かっていく。


 直前。


「させないヨ!!」


 バゴンっ!!という強い勢いで扉が開けられ、ポリンの実の母・リーナが病室に姿を現す。


「マ、ママン?!!」

「ワタシの大事な娘の貞操はワタシが守ってみせル!!」


 まさに覆い被ろうとしている純多の頭に拳銃が向けられる。


「アンダーグラウンドな世界からは足を洗ったんじゃなかったっけ……?危ないからその銃火器しまって欲しいんだけど?!」

「この銃は苦楽を共にしてきたワタシの相棒。『ラクタム』を辞めたくらいで手放すようなものじゃないんだヨ!!」

「持っていることがそもそも問題なのですがっ?!!」


 さすがは銃社会を生きる女性である。

「どうなってんだ日本の税関職員!!」と思わず叫びたくなったが、『ラクタム』ほどの大型組織ともなると、密輸・裏ルートによる銃火器の輸出入なんて当たり前にやっているに違いない。こうやって危険物は海外から日本に持ち込まれるのだ。


「ポリンちゃんから今すぐに離れなさイ!!じゃないと撃つヨ!!」

「…………」


 病院で繰り広げられている会話とは思えなかった。怪我人ポリンよりも顔を青くした少年の手が少しずつ離れていく。


「待ってママン!『ラクタム』の一件が終わったらジュンタに胸を触らせてあげるって、ワタシの方から約束したんだヨ!」

「だとしても、ワタシのかわいいポリンちゃんのかわいいスーおっぱいは、母親であるワタシが絶対に触らせないからネ!!」


 頑として触らせないつもりらしい。

 ポリンを抱き寄せて睨みながら銃口を向ける。


「ワタシの能力をなくすためには『『貧乳派』の救世主』であるジュンタに触ってもらわなきゃいけないんだから、触らせてあげてもいいでショ?減るものじゃないんだシ!」

「ノン!!ポリンちゃんの胸は触ると減る耐久消費財なノ!!誰が何と言おうとダメヨ!」


 ぎりぎりと歯を鳴らし、今にも食い付いてきそうだ。


「……っ!そうだ!『『貧乳派』の救世主』の能力は、直接胸に触らないと発動できないんだよっ!!だからこれは必要な措置であって、決してやましい意図はない!!」

「そっ!そうだヨ!!能力を消してもらうためには必要なことなんだから、ママンは大人しくしていてヨ!!」


 こうなったら嘘で塗り固めて取り繕うしかない。

 口から出た咄嗟の嘘で誤魔化そうとするも、


「全部知っているわヨ?」


 キチキチキチ。

 少し古風な銃の撃鉄が降ろされる。


「その能力、身体の一部であれば何処を触ってもいいんでショ?わざわざポリンちゃんの胸を触る必要はないよネ?」

「っ!!」


 この秘密は『貧乳派』と『豊乳派』の一部の人間しか知らないはず。一体どういうことなのかと息を呑むと、


「済まねえ純多。リーナに詰められて全部ゲロっちまった……。」


 ガラリロと開けられたスライドドアから力が抜けた様子の籾時板が姿を現す。


「ま、まさか、あんなオトナな拷問をされるなんて……。危うく加虐被虐性愛サディズム・マゾヒズムに目覚めちまうところだったぜい♡」


 何だか気持ち悪い笑顔を浮かべたまま身をくねらせる。


「おい勇気っ!一体何があった?!できればそこのところをもう少し詳しく教えろ!!」

「『救世主』さんにはポリンと握手してもらうワ」


 頼りにしていた幼馴染みは何故か骨抜きにされているし、側頭部には黒光りする鉄製武器が押し付けられている。


「それでいいよネ?」


 疑問文で聞いている癖に決定権はなく、ごく普通の男子高校生・純多には現状を打破する手段など持ち合わせていない。


「それで行きましょう……」


 心の中で血の涙を流しながらポリンの手を握るしかなかった。

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