第44話:ニチアサを観る金髪の少女

 リーナは倒した。

 媚薬事件も解決した。


 だが一つ、解決していないことがある。

 それは――。


「……純多じゅんた一人で行けばいいじゃないかよ」

「ばっ!!俺に女の子と二人きりで、しかも密室で過ごせるわけがねぇだろがっ!!」


 地武差ちぶさ市のとある病院のガラス扉を目前にして純多は頬を赤らめる。


「むしろオレがいない方がいろんなことが話せて気が楽だと思うぜい?ほら、水入らずってやつで」

「今まで女の子とまともに話したことなんて、かおるくらいしかないんだぞ?!そんな俺に女子とのトーク力があると思ったら大間違いだよ!!」

「……あれだな、こういうなよい男が完成しないように、文部科学省は教育カリキュラムに『女友達と彼女の作り方』を入れて義務教育で教えるべきだぜい」

「ここは経験豊富っぽい風を吹かせている勇気ゆうき様に頼ろうと思いまして!!」

「舐めるなよ?」


 ふんす、と鼻息を吐く。


「オレも香以外の女と話した経験はない!」


 実は超絶パーリーピーポーで「女子とのトークだと?ベッドにお持ち帰りするまで完全網羅だぜい!!」と胸を叩いて言うような、友人の新たな一面を垣間見られるかと思ったが、そんなことはなかった。

 近所住まいで幼稚園から高校まで辿った人生の軌跡が一緒だと、まぁこうもなるよな、と鬱屈な気持ちになる。結局のところ、バレンタインはお母さんからしかチョコレートをもらえない人生なのだ。


「腹を決めていくしかないぜい。『『貧乳派』の救世主』さん」

「ちくしょう!いびられるくらいなら今すぐ捨てたいもんだなその肩書き!!」


 一人で敵地に乗り込むからか。

 慣れないことをするからか。


 それとも、その両方が要因か。


 胸の中で心臓が暴れ回るように脈打つのが分かる。

 もしかしたら、昨日『ラクタム』の本拠地に踏み入れた時よりも緊張しているかもしれない。



☆★☆★☆



「やっぱり6作品目は傑作だネ。10月からの新作が、ますます楽しみになっちゃうヨ」


 ノックをして室内に入ってみると、ポリンは日曜日の朝に放送されるアニメ群ニチアサのリアルタイム視聴中だった。ふりふりの服を着た女の子たちが画面の中で何やら話している。


「来たぞポリン」

「ジュンタ?今、ニチアサを観てるから、もうちょっと後にしてくれなイ?」

「愛敬がないな!?」


 さては趣味に没頭している間は、お母さんでも気を遣っちゃうくらい豹変するタイプの人種だな?ベッドの脇にあるパイプ椅子に座りながら、少しだけ時間を空ける。


「……で、いつ終わるんだそのアニメ」

「11時だヨ。それまでちょっと待っててネ」

「アニメって一本30分じゃないの……?」

「10時30分からもう一本観るヨ」


 壁に掛けられている時計を見る。

 時刻は10時15分。終わるまでは45分も時間がある。


「SDUの能力をなくしたいんじゃなかったの……?」

「甘いねジュンタ」


 テレビから片時も視線を外さないまま金髪の少女は言葉を続ける。


「ニチアサはアニメが好きな全人類にとって最も神聖な時間。一週間無事に生きられたことに感謝しながらアニメを視聴し、来週も絶対に観るゾ、という強い決意を籠め、新しくやってくる一週間を乗り切るための誓いの時間でもあるんだヨ」

「なんか深いな……」


 性癖による異能力戦争によって、世界中の(と言っても、主に「NTR寝取られ」、「ふたなり」、「魔女っ子」などの日本生まれの文化が多いのだが)様々な性癖・フェチズム・ヲタク文化が国の内外に輸出入された。

 日曜日の午前中に3~4時間くらいに渡って、ほぼぶっ続けでアニメや特撮を放送する『ニチアサ』という日本生まれの概念も海外に渡り、現在では放送枠として『ニチアサ』を設ける国やテレビ局も増えてきているのだという。


 ぼんやりとテレビを眺めているとEDが流れた後に別のアニメの放送がスタート。OPでぬいぐるみと女子中学生が軽快な音楽に合わせて踊り始める。

 少しして何やらいい夢が見られそうなEDが流れ始めたところで時刻は10時55分。長かったニチアサ(純多が見ていたのは、ほんの一部なのだが)もようやく終わるようだ。


「今週もいい話だったナー」


「またみてね」まで視聴する生粋のアニメファン・ポリンが瞳を輝かせながらテレビの電源を切ると顔を向ける。


「で、ジュンタは何しに来たんだっケ?」

「さては聞き流していたな?!集中すると周囲の音すら聞こえなくなるタイプだな?!」


 幼馴染みを説得してまで同伴させた決死の覚悟は何だったのか。改めてこちらから話を切り出す。


「ポリンの能力を消しに来たんだよ。俺の『『貧乳派』の救世主』の能力でな」

「オゥ!すっかり忘れていたヨ」

「……学校の屋上から飛び降りるくらいには思い詰めていた気がするんだけど?」


 前向きというかポジティブというか。

 それが彼女のいい所でもあるのだが、前向き過ぎて自身を取り巻く課題すらも忘れてしまうのは、いささか問題である。


「分かっタ。そういうことなら始めようカ」


 純多の方に身体を向けるのに合わせて病院着が肩の上を動き、健康的で白い肌に浮き出た鎖骨と、小さくてもはっきりとした起伏のある谷間が顕わとなる。


「ジュンタはワタシの胸が触りたいんでショ?上は脱いだ方がいいのかナ?その方が直接触れるよネ?」

「ま、待てっ!待ってくれ!!確かに直接触れるのが理想なんだが、何もそこまでする必要はないんじゃ?!!」

「ジュンタはワタシにとってSDUの能力や『ラクタム』から解放してくれた命の恩人のような存在。胸を触らせるくらい、ワタシは全然オッケーだヨ?」

「ポリンがオッケーでも、俺がオッケーじゃないというか、心の準備ができていないというか!?」

「じゃあ止めル?触る場所は胸じゃなくてもいいんでショ?」


 からかっているのか小悪魔めいた笑みを浮かべながら顔色を窺う。


「折角女の子が自分の胸を触っていイ、って言っているのに、この機会を無駄にすることはないと思うんだけどナ。ゲームでいうところの「保健室イベント」って奴だヨ」


 口を「ω」の形にしながら見せつけるように胸を張る。


 少女の小さくて柔らかそうな胸を両手で触るか。

 それとも胸以外の場所を触るか。


「ふ……」


 この場にいるのを誰だと思っている?

『『貧乳派』の救世主』だぞ?

 誰よりも女性の小さい胸を愛し、全世界の貧乳フェチの人間を代表する存在だぞ?


「ふはははははははははは!!!!」


 答えは決まった。

 ポケットからおっぱい饅頭を取り出すと、包装を開けて咀嚼する。

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