第43話:焼肉パーティ

 後に聞いた話だが、あれほどの資金力と組織力を持っていた『ラクタム』は、リーナが解散を宣言したことで一気に瓦解した。

 SDUもフランス支部長であるリーナが失墜したことで戦力が大きく削がれ、フランスを拠点に活動していた能力者たちは世界各地に散り散りになり、フランス圏からは完全に撤退したのだという。


「SDUのフランス支部の長であるリーナを倒した以上、これで奴らは容易に日本には近付けないだろう。媚薬事件も解決したし、一件落着だな」


 40階建ての超高層ビルを背中にしながら、『貧乳派』のメンバーは並んで歩く。籾時板もみしだいたは居心地が悪くなったのか、一階に着いた途端に言葉を残して何処かへと消えてしまった。


「こういう時は豪華に焼肉でもしますか?たまには羽を伸ばすのも良いですからね」


 スマートフォンを紛失した鬼頭きとうの代わりに純多じゅんたから連絡を受け、服を届けにきた冴藤さえふじが提案する。


「そうだな。棟倉むねくら田打たうちの歓迎会も兼ねて、少し豪華にやってもいいかもしれないな」

「そ、そういうの初めてなので、嬉しいです……っ!」


 少しそわそわしながら反応する。


「よし、戻ったら焼肉パーティだな。で、お金は何処から出るんです?」

「コンパは上からの命令で公費を使っていいことになっているから、遠慮なく高い肉を食べるがいい」

「差額分は実費で出さないといけないので、予算以内に収まるようにはしてくださいね」


 勿論、差分を払うのはアルバイトをしていて経済力のある冴藤なので、現役高校生に遠慮なく食べさせると大変なことになる。最悪のケースを想定して釘を指しておく。


 朝が早かったため時刻は正午を過ぎたくらいだ。そのまま焼肉でも良かったのだが、激戦を終えた興奮と疲労感は簡単には引かない。

 ひとまず製鉄所に戻ることに決め、わちゃわちゃと楽しく話しながら向かう。



☆★☆★☆



「合わなくてもよかったんですかい?」

「折角カタルシスに浸っているのに、俺が登場したら鉄破てつはちゃんの気分を害しちゃうかな、って思ってね」


 高層ビルの一階に剥き出しのまま屹立した巨大な柱に背中を預けながら、白い軍服の男は答える。


「ここは陰の立役者ということでひっそり消えるのも、それはそれでかっこいいんじゃないかな?」

「局長は心の底から支部長さんのことが好きなんだな」

「好きだよ。でも彼女が俺の隣を並んで歩いてくれるようなことは、もうないだろうね」

「失礼ですが、彼女の何処にそんなに惹かれているのでしょう?」


 媚薬の効果によって倒れていた所を鬼頭に介抱された雨間里うまりが、腰に提げた手拭いで汗を拭きながら問い掛ける。


「まずは小さ過ぎず大き過ぎないおっぱい。よく通る声、さらさらとした髪、凛とした瞳、はきはきとした性格、気の強さ、リーダー性の高さ、そしておっぱい。どれも俺が持っていないもので、挙げ始めたらきりがないくらいだよ」

「おっぱいを二回言ったぜい……」

「人は自分が持っていない物を持っている人間を好きになるっていうだろう?もしかしたら、俺は鉄破ちゃんが好きなだけじゃなくて、鉄破ちゃんの人望や、リーダーとして他人を引っ張っていく気の強さに憧れているのかもしれないね」

「なー、俺様にはよく分かんないけどさー」


 指先でバスケットボールをくるくる回しながら多理体さわりたいは呟く。


「局長は俺様たち『豊乳派』が『貧乳派』の前の支部長だった薙唐津ちからづを殺しちゃったから、気まずくて近づけないんだろ?だったら、素直にごめんなさいって、まずは謝っちまえばいいんじゃねーの?」

「それで簡単に終わるようなことじゃないんだよ。多理体も大きくなったら分かる」

「だから、俺様の方が年上なんだってば!雨間里って時々、俺様を子供か何かと勘違いしてねぇか?」

「ん?僕にとっては年下の弟くらいの感覚なんだけど?」

「マジかよ?!」


 はっはっはー。と、何処か乾いた笑いが荒廃した部屋の中を反響する。



☆★☆★☆



「……で、何で君が来ているんだ?」

「決まっているじゃない?みうも功労者の一人だからにゃん♡」


 ちょこん、とボックス席に座る黒猫のような見た目の女子大生に鬼頭が怪訝な目を向ける。


「君は『功労』と言えるようなことを何かしたか?」

「したにゃん」

「何をしたというんだ?」

「マスコットとして、みんなの心を癒したにゃん」


 全員の視線が集まる。


「……支部の構成員たちの心のケアを一人で担っていた、と」

「そうにゃん♡特にニートさんとホームレスさんは率先して遊んでくれたわよん」


 男二人と遊ぶ、というと、何かいかがわしい連想をしなくもないが、決して大人の遊びではない。


「で、でも、媚薬を盛られた私が暴走しないように止めてくれたのも、犯人がSDUの能力者たちだと特定したのも、全部触爪ふそうさんですよ?実地には立っていないですけど、役に立っていたのは違いないと思います」

「おっ、さすが雑草ちゃん。みうのことがよく分かってるねぇ~。うりうりぃ」

「わっ!や、止めてくださいっ!それに、私は雑草じゃありませんってぇ!」


 隣に座ったお団子頭ポンパドールの少女に対し、まるで猫のように頬を摺り寄せる。


「と、まあ、このようにみうは、『どちらでもない派』の事情に詳しい、組織のブレイン的な役割とマスコットの座を見事手に入れたのであーる。よって、みうにも焼肉を食べる権利があるのだぁ!」


 じゅうう……。


 綺麗に大皿に盛られた肉からカルビが持ち上げられ、七輪の上で食欲を刺激する音を鳴らす。


「おいおい……。焼肉では脂の少ないさっぱりとした肉から食べるのがセオリーだよ?まず焼かなきゃいけないのはタンじゃないかい?」


 じゅうううー。


 飲み会などで得た知識なのか、冴藤が眼鏡を光らせながら取り箸を奪って別の肉を乗せる。


「それはそうなんだけど、まずは脂が多い肉を少しだけ焼いて炎の火力を高めるのが優先にゃん。そうした方が二回目以降に焼く時に、お肉が早く焼けるのよん?」

「脂を多く含む肉はお腹に貯まりやすいし、その肉を焼き終わった場所で別の肉を焼くと、味が移って風味が落ちてしまう。脂が少ない肉から先に焼くべきだよ」

「俺、こういうので焼いたトウモロコシとかカボチャって結構好きなんだよな。ここに野菜を――」

「「手を出すな!!」」

「はひいっ!!すみませんでしたあぁっ!!」


 ……あれ?今回メインとなって戦ったのは純多じゅんた・鬼頭・田打の三人のはずなのに、どうして三人とも肉に介入できないんだ?

 泣きそうになりながら大学生たちの肉の焼き方論争を見守る純多。


 口を歪めながらあわあわしている田打が鬼頭に助けを求めるが、


「冴藤は鍋奉行でな。こうなった以上は私にも止められん」


 静かに溜息を吐いただけだった。

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