第42話:ひんにゅーほーにゅー

「これからどう来るのかしラ?」


 前後左右に気を配り、事態が動くのを待つ。


 相手は一階分まるごとぶち抜いて下の階へと逃げたのだ。もう一度階段を昇って正面から現れ、ピアノ線を張り巡らせたゾーンを正面突破してくるとは考えにくい。


 来るなら下。

 しかも、雨後の筍のように床をぶち破ってせり上がってくるはず。


 僅かな兆候すらも聞き漏らさないように神経を研ぎ澄ますと、その静寂は突然破られる。


「えいやあっ!!」


 ズゴォ!!というけたたましい音と共に穴が空き、巨大な盾を構えた田打たうちが出現。身を隠しながら警察隊のように突進してくる。


「オララ?今度はモグラ叩きのつもりかナ?」


 あの盾と重量で激突されればかなりの深手を負うことになるだろうが、当たらなければ何も意味はない。

 足捌きで紙一重にひらりとかわすと、がら空きとなった背中に肘打ちを入れる。


「がっ!」


 勢いを殺せずに机を薙ぎ倒し、やっとのことで止まるが、それでは終わらない。


「媚薬入りおっぱい饅頭を食べたのはあなただったわよネ?また同じ媚薬を入れてあげるヨ。もっと濃度を高くして、ネ?」

「んんっ♡」


 パチンと手を叩くと少女が胸を押さえながら悶絶する。


「ワタシの能力は相当強いみたいだからネ。いくら『貧乳派』の能力を以てしても、消すのに時間が掛かるでしょウ?しばらくそこで発情してなさイ」


 他のメンバーが同じ穴から出て来ないか確認するために、少女が出現した穴がある場所に振り向く。

 開けられた穴は下階から盛り上がった床によって綺麗に塞がれており、他の人間の出入りはできなさそうだ。


「さぁて、まずは一人。あとの三人はどうなったのかナ?」


 これで終わりなわけがない。二撃目三撃目に備えるべく体勢を立て直すと、


 ミシミシミシッ!!

 背後から亀裂が入る音がする。


「私が来たーぞ!!」

「……支部長さん。気に入ったのかいそのセリフ?」


 粉々に砕けた床や机の破片が宙を舞い、『貧乳派』の支部長と『豊乳派』の諜報員が参上する。


「今度は『貧乳派』と『豊乳派』のペアカ。随分と楽しませてくれるネ」

「存分に楽しむがいい。楽しむ余裕があるのならばな」


 鬼頭きとうはスコップ、籾時板もみしだいたは輪ゴムと割り箸で作ったゴム銃を構えながら、黒いスーツを着た金髪の女性に相対する。


「うーン。素手のワタシにとって、これは不利だネ」

「どうだ?降参するか?」

「降参?それは、こっちのセリフだヨ」

「ぐっ!!」


 ノーモーションで媚薬を打ち込めるのは知っていたが、まさかここまで自然にこなすとは。身体の温度が上がり、視界が歪む。


「ぐううっ!!」

「想像以上に、キツいなっ!!」


 殴られたかのように頭が重くなり、胃袋が暴れ回る。

 その場で吐いてしまいそうだ。


「SDUの能力は、予備動作なしで使うことができるのヨ。ポリンが好きなアニメでは無詠唱とか何とか言ってたかしラ?」


 歯噛みしながら腹を押さえてつくばう二人に向けて、懐から取り出した拳銃を構える。


「やはり……。持っていた……、のか…………」

「当たり前じゃなイ?裏の世界で生きる人間にとっては、煙草よりも身近なアイテムヨ?」


 硝煙の匂いがする黒い兵器を構えながら、リーナはほくそ笑む。


「ぐ……、ううっ!!」


『貧乳派』の能力を使って薬の効果を消そうとしているが、その力は鬼頭が予想していたよりも段違いに強く、緩和・消滅させるのには相当の労力と時間が掛かってしまう。


「消そうとしたって無駄ヨ。アナタが薬の効果を打ち消すのよりも、アナタの頭が消し飛ぶ方が先なのだからネ」


 媚薬の効果が消されないように、まずは『貧乳派』の能力者から殺すべきか。黒光りする銃口の照準を少女の頭へと合わせる。


「……『『貧乳派』の救世主』の少年が見当たらないネ?何処に行ったのかナ?」

「言うわけがっ……、ないだろう……?」

「ふふン。分かっているヨ」


 二人が倒れている場所にある穴を一瞥する。


 最初に少女が出現した穴は塞がっているのに対し、鬼頭と籾時板が出て来た穴は塞がっていない。

 事前に掴んだ情報によると、『『貧乳派』の救世主』は普通の『貧乳派』と同じ能力が使えるわけではないらしい。


 そして何より、その『救世主』が盤面に出て来ない。


 つまり、


違ウ?」

「「っ!!」」

「その表情、図星のようだネ」


『『貧乳派』の救世主』の少年は、三人のように能力を使って上下することができない。

 ならば、盤面に引き出さないまま終わらせればいいだけの話。


 穴の脇で立つこともままならない二人に対して、俯瞰するかのようにリーナは口を開く。


「こういうの、武士の情けっていうんだったかしラ?最期の言葉を聞いてあげるワ。何か言いたいことはあル?」

「ぐ……、う…………っ」


 能力を打ち消せている分、鬼頭の方が顔色がいい。胸を押さえながら空気を吸うと、


90


 穴に向かって叫んだ。


「は……?あ……?」


 飛び出せ?

 一体何処から?

 どうやって?


 脳内を次々と疑問が駆け巡り、リーナの身体の動きが凍ったように止まる中、


「うおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおりゃあああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁあああああああーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっ!!!!!!!!!」


 穿


「な……っ!?ん、でっ…………?!」

「後でたっぷり教えてやるよ!でも、」


 茫然と見つめるしかないリーナに向けて拳を振り抜く。


「まずは眠りやがれっ!!」


 小気味好こぎみよ打擲ちょうちゃく音が無人のオフィスに反響し、左頬に一撃を受けたリーナは後ろに吹き飛んだ。

 その拍子に手放した拳銃は寂しげな音を立てながら床の上を転がると、デスクの下へと滑り込んで姿を消す。



☆★☆★☆



「『『貧乳派』の救世主』は能力が使えないのでしょウ?なのに、どうやってここまで上がって来たのかしラ?」


 リーナの身体からSDUの能力は消え、身体能力も元に戻った。能力者四人に囲まれながら不満げな顔で質問する。


「タネ明かしはいくらでもしてやる。それより先に、おっぱい饅頭に媚薬を入れた理由を教えてもらおうか」


 能力がなくなってしまった以上、形成をひっくり返すのは無理だ。口を割る。


「……『貧乳派』と『豊乳派』のみに饅頭が行くように配って、お互いがお互いのせいだと疑心暗鬼にさせるためだヨ。そうすれば、媚薬入りのおっぱい饅頭を起爆剤に『貧乳派』と『豊乳派』の大戦争が勃発。両者が疲弊したところで勝利をそのまま掠め取って、この地武差ちぶさ市にSDU能力者たちの拠点を作ろうと思ったんダ」

「SDUは日本よりも海外の方が勢力が強いだろう?どうしてわざわざ日本に進出してきたのだ?フランス支部を担当しているのであれば、そのままヨーロッパ圏で大人しく活動していれば良かったではないか?」

「決まっているじゃなイ……」


 隣国を後回しにしてでも日本に活動拠点を作らなければならない理由は何なのか。

 全員が固唾を呑んで見守る中、リーナは答えを出した。


「新学期が始まって一人日本に旅立ったポリンが不安だからヨ!!」

「……は?」


 客観的に言われなくても分かる。

 自分は今、非常に間の抜けた顔をしていると。


「ポリンが独りで生活できるかワタシ不安で仕方がなくって、追っ駆けて日本に来ちゃったノ☆」

「だから社内が埃一つないくらいに新しくて綺麗なのか。納得が言ったぜい」

「……つまり、とんでもない親バカってことか?それに私たちは巻き込まれたと」

「子供を大事に思う気持ちは、母親なら誰しもが抱くものヨ?」


 胸のサイズが合わなくなった特注スーツの裾を寄せながら柳眉を逆立てる。


「ほら、こっちは洗いざらい吐いたのだから、今度はそっちが使ったトリックについて話す番ヨ」

「ん?どうやって俺が床をぶち抜いたかって?」


 手中でスコップを転がす。


「このスコップには、尻の部分に勇気ゆうきが籠めた『豊乳派』の能力、頭の部分に鬼頭さんが籠めた『貧乳派』の能力が籠められていてな、両方の力を使えるようになっているんだよ」

「でも、アナタが持っているのはテツハが能力で生成したスコップなのでショ?ユウキの『豊乳派』の能力とテツハの『貧乳派』の能力が打ち消し合って、どちらか弱い方の能力は消えてしまうはずヨ?そんな都合よく二つの力を合成できるわけがないワ!」

「確かに、それでは互いに能力が喧嘩してしまう。


 鬼頭が整然と物が並んだオフィスの一角に目線を向けたので追ってみると、その壁にはスコップが吊り下げられていた。


「このオフィスにもあるだろう?災害時に窓を叩き割る用のスコップ。それに私の『貧乳派』の力と『豊乳派』の力を付与したことで、『豊乳派』の力で床を上げ、『貧乳派』の力で天井と床の耐久力を下げて破壊することが可能となった、というわけだ」

「だから『救世主』が一人で上がって来られたってわけネ……」

「「『救世主』は能力を使えないから、上がって来る手段はないはず」と思っている相手の裏をかいた戦術だったってわけだ。暗躍するのが得意なあんたに一本取れて、オレは清々しい気分だぜい」

「トレビアン。今回ばかりはワタシの完敗だヨ」


 特注のスーツがずれ落ちないように身を寄せながら肩を竦める。

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