第40話:リーナ=セイファス
「フランス支部の長?ってことは、あんたはSDU能力者たちのトップではないってことかい?」
「
鷹揚と構えながら、金色の短い髪を後ろで束ねた女性は名乗る。
「よくもオレたち『豊乳派』と『貧乳派』が食べるおっぱい饅頭に媚薬を入れてくれたな?不文律に反しているぜい?」
「不文律?そんな見えないルールに縛られて何が楽しいのかしラ?」
女性は肩を揺らして笑う。
「歴史上最も人間を殺してきたのは毒なのヨ?その毒をワタシたちなら必ず口にする物に混ぜタ。たったそれだけのことじゃなイ?」
毒殺の歴史は古く、紀元前4,000年以上昔まで遡ることができ、1世紀頃には既に7,000種類程度の毒が認知されていたという。
それだけ人類の歴史において毒は身近な存在であり、6,000年以上の歴史の中で多くの人間を殺めてきた兵器なのだ。
「毒なんていうのは引っ掛かる方が悪いし、ワタシが仕掛けたのは媚薬。死を伴う毒じゃなかっただけ感謝してほしいものだワ」
「言いたいのはそれだけかよ?」
「あっ!あのっ!!
「てめぇにどんな意図があって、どんな事情があるかは分かんねぇけど、人を実験道具のように扱って、手の届かないような高い場所からニヤニヤしているような輩を被害に遭った人間たちは許せると思うか?」
ぎりぎりと歯を食い縛り、眼光を鋭く光らせながら正面に立つ女を見据える。
「何の前触れもなく仲間を傷つけられて、「はい、そうですか」って納得できる人間が何処にいるってんだよ!!」
「ンー?ならさ、「あなたの大切な仲間を傷つけます」って事前に申告したらシャブ漬けにしてもいいってことなのかナ?」
少年の『怒』に対してリーナの表情は『喜』だった。口を拡げて薄く笑う。
「……これ以上はやめとけよ純多。相手の口車に乗せられるだけだぜい」
純多を鎮めようと
「さっさと片付けるぞ。やっぱり、自分と違う性癖ってのは理解できないものだな」
盾を構えた田打を先頭に、後ろに隠れるように純多と籾時板が並ぶ。
『貧乳派』・『豊乳派』ペアと『どちらでもない派』。
性癖によって分断された三つの勢力が、地上から100m以上離れた地で
☆★☆★☆
「短期決戦は無理だって?!」
「あんまり大声を出すと誰かに聞かれちまうぜい!声のトーンを落とせ!!」
時間は少し前に遡る。
土日だからなのか『ラクタム』の連中が撤退させたのか、一般人どころか、あれほどたくさんいた黒服の雑兵たちすらいなくなった廊下の一角で、大手文具メーカのオフィスの自動扉に背中を預けながら『豊乳派』の諜報員は口を開く。
「相手は毒物を専門にしていると言えども殺しのプロ。互いに身体能力が強化されている状況じゃ、オレたちの方が分が悪いぜい」
「じゃあ、どうすれば……」
「あえて長期戦に持ち込むんだよ」
立ったまま話を聞く田打の手に視線を向ける。
「『貧乳派』の能力を使えば投与された薬物の症状を除去・もしくは緩和できるんだろ?相手の手札が切れたところで一気に畳み掛けた方が楽に勝てる気がするぜい」
「でもよ、要は俺がリーナに一瞬でも触れることができればいいわけだろ?俺が田打の背後に隠れながら特攻を仕掛ければ、それだけで終わる話なんじゃないのか?」
『『貧乳派』の救世主』の力を使えば、相手の能力を完全に消し、さらに、身体能力の強化も解除することができるため、文字通り戦いが終わるのだが、
「何度も言ってるだろ?相手は毒物に長けた暗殺者。拳銃・毒を塗った暗器・催涙スプレーみたいな目潰し道具・危険な毒物が入った薬瓶なんかを隠し持っていても不自然じゃないし、これだけ他の人員を見掛けないところから考えると、リーナがいる部屋に戦力を集中している可能性だってゼロではないぜい。オレたちは弾丸一発当たっただけで死んじまうんだから、無鉄砲に突っ込むのだけは絶対に避けるべきだ。相手の出方を窺って、慎重に、確実に行くのがベストだぜい」
首を振って否定する。
『『貧乳派』の救世主』の力で触れれば能力は消せるが、能力に依存しない、ごく普通の武器を使われてしまったら勝ち目はない。
拳銃・ナイフ・毒物・爆発物。
『貧乳派』の能力者であれば難なく威力を消すことができる武器の一つ一つが、純多にとっては致命傷を与える必殺の凶器なのだ。
「とにかく、純多はオレたちの切り札なんだから容易に死んでもらっては困る。ここは慎重に行こうぜい」
☆★☆★☆
(って、勇気は言っていたけど)
正面にいる女性を見据える。
籾時板がゴム銃を構えているというのに、相手は武器らしいものを何も持っていない。
何かを隠し持っているのか。
隠し持ったふりをしているのか。
真偽が掴めないまま両者が睨み合う時間が続く。
「あラ?来ないのかしラ?」
「言われなくても行ってやるよ!」
「待て純多!」
幼馴染みの少年が制止してゴム銃を明後日の方向に飛ばすと、ゴムは空中にある『何か』に引っ掛かり、宙に浮いたまま止まる。
「ピアノ線だ。この一本だけじゃないな?」
「正解ヨ」
たった一瞬だが蛍光灯の光を反射して無数の線が光る。
「あなたたちが簡単に近づけないように、いろいろな場所にピアノ線を仕掛けておいたのヨ。これで、お互いに簡単には動けなイ」
「墓穴を掘ったな。お互いに動けないのなら飛び道具を持っているオレの方が有利だぜい?」
「そっちこそ忘れてないかしラ?視認さえできていれば、ワタシの能力は離れていても使えるのヨ?」
「ううっ!!」
身体が熱くなり、血の流れが変わる。
種類は分からないが媚薬を投じられたようだ。不自然な脈動を感じて胸を押さえる。
「む、
間違いない。媚薬による症状が如実に表出している。
「自分を見失うな田打!!
『『貧乳派』の救世主』の力を持つ純多が触れると能力が消えてしまうため、代わりに籾時板が少女の細い腕を掴むと、自分で自分の身体を触らせる。
「あれ……、わたし……?」
推測通り少女の身体から媚薬の力が抜けたようだ。
「正気に戻ったか!その手で俺たちにも触れてくれっ!」
「あっ、はい!!」
順番に軽く触れて媚薬を解除する。
小手調べだったのか症状は比較的軽く、あっさりと身体から抜けていったように感じた。
「うーン……。やっぱり、能力で打ち消されちゃうカー。でも、そんなことは事前に調査済ミ。あなた、能力を手に入れたばかりでまだまだ弱いから、ワタシの媚薬を消したのではなく、軽減しただけでデショ?だから、」
腕を組みながら新米の少女を見下すように言葉を紡ぐ。
「こちらが複数回媚薬を打ち込み続けることができれば軽減しきることができなイ。違うかしラ?」
そこまで詳細な情報を掴んでいるというのか。
裏社会の情報力に舌を巻く。
「つまり、ワタシが安全な場所から能力を掛け続けるだけで、あなたたちは手も足も出ないまま負けル。ワタシの勝ちが決まったようなものネ」
「完全に消し切れなければ、の話だろう?」
どがぁん!!という音と共に扉が粉々に粉砕され、破片が宙を舞う。
爆発音とも取れる凄まじい音に三人が即座に後ろを向いて臨戦態勢を取ると、
「ならば田打よりも能力が高い私が加わったら、戦況はどう傾くと思う?」
そこには男性用のスーツを着用し、スコップを肩に担いだ『貧乳派』の支部長・
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