第38話:『雇われ用心棒』

「やっと着いたか」


 身体能力が強化されているといえども疲れるものは疲れる。鬼頭きとう以外の三人が荒い息を吐きながら、37階のフロアへと続く踊り場を踏み締める。

 身を隠しながら覗き込むと、すぐ目の前がエレベーターホールとなっており、奥へと幅の広く長い廊下が続く。


 だが、一つだけ不可解なことがある。

 それは――、


「そこにいるんだろう?『貧乳派』と『豊乳派』の皆さん?隠れてないで出てきなよ」


 廊下の真ん中に見知らぬ男がいたことだった。黒いスーツにクリーム色のトレンチコート、シルクハットのような形をした鍔広帽という、まるで英国紳士のような出で立ちをしている。


「君は何者だ?」


 立ち塞がるのならば容赦はしない。スコップを握った鬼頭が真っ先に先頭に立つ。


「ちょっとだけリーナ様にお金を積まれて、ここで護衛をやってるってわけだ。『雇われ用心棒』とでも呼んでくれよ」


 拳銃は持っていなさそうだし、武器らしい武器も持っていない。四人はすぐに能力者だと体感で察する。


「金で雇われたってことは傭兵ってところか?」

「如何にも。私はSDUの能力者ではないのだけれど、ちょっとした小遣い稼ぎにはなるだろうと思ってね」

「何処の所属だ?」


 男は少しだけ間を置くと、こう口にした。


CMNF


 CMNF。

 SDUのように何かの英単語の頭文字を取ったもののようだが、全く見当が付かない。


 聞いたこともない性癖の名前に全員が身体を強張らせる。


「私はCMNFという性癖を持つ者でね。君たちの戦力を分散するようにことづかっているんだよ。だから、」


 人差し指を立てると、


「君と戦いたい」


 鬼頭を指した。


「……なるほど。『貧乳派』のチームリーダーである私を倒せば、戦力が大きく落ちる、と。敵ながらいい考えだ」


 スコップを肩に担ぎながら後ろを振り向く。


「君たちは先に行け。私はこいつを倒してから向かう」

「で、でも、鬼頭さん一人で大丈夫なのでしょうか……?」


 相手は実力未知数な能力者であるうえに、この中で最も戦力が高い鬼頭をここで失うのは大きな痛手となる。

 そのことを憂えて田打たうちが恐る恐る質問するが、


「ここは戦闘経験が豊富な支部長さんに任せた方がいいかもしれないぜい?オレもCMNFなんて聞いたことがないし、もしかしたら、かなりの猛者かもしれねぇ。それに、これ以上戦力をここで割くのは、さすがに無理だぜい」

「何の恨みがあるのか知らんが、裏を返せば私以外は狙わない、ということだな?だったら、ここは私に任せろ」


 何よりも『『貧乳派』の救世主』を護衛することを優先したようだ。スコップをカンと鳴らすと、硬質な床の上に突き立てて構える。


「さぁ行け!リーナを絶対に倒してこい!!」


 英国紳士のような男の脇を注意深く通り過ぎながら三人は廊下の奥へと走る。



☆★☆★☆



「行ったようだな」

「ふふっ」


 鍔広の帽子を被った男は静かに笑う。


「で、私に何の用があるんだ?私には他人に恨まれるようなことをした覚えはないのだが?」

「恨み?そんなものはないよ?」


 男の言動が分からない。スコップを強く握りながら、不気味な雰囲気を漂わせる男を凝視する。


「??では、何故私だけを残したんだ?」

「それには三つほど理由がある」


 静かに指を三本立てる。


「一つ。貴女が『貧乳派』の長であること。リーナ様のお手を煩わせないように、頭数を一つ減らすことに成功した」


 こちらに見せられた指が一つ折られ、180度返して手の甲を見せる。本人が意図しているかどうかは分からないが、手の甲を見せながらピースをするハンドサインは、一部の国では「くたばれ」を意味する。


「一つ。貴女の戦力を確実に削ること。これは私の役割でもある。そして、最後の一つ」


 探偵が犯人を指し示すかのように、残り一本となった人差し指を向けながら、


「私は貴女のような気の強い人間を屈服させるのが大好きなのだよ!!」


 こう叫んだ。


 途端、


「っ!!」


 ビリビリビリッ!!という音と共に、鬼頭の着ていた服が、ヘアゴムが、ズボンが、ブラジャーが、下着が。

 いや、それだけではなく、持っていたスマートフォンまでも。


 一瞬にして引き裂かれてバラバラになり、生まれたままの姿が顕わになる。


「ははははははっ!!驚いたかい?これが私たちCMNFの力だ!!」


 マジックを成功させたエンターテイナーのようだった。

『雇われ用心棒』の男が高笑いする中、破れた衣類が紙吹雪のように宙を舞う。


「生涯愛すると誓った者や親友・家族以外に生まれたままの姿を見せるのは恥ずかしいだろう?屈辱だろう?さぁ、その強気だった顔を恥辱に歪ませてみろよ!!」


 相手は気が強そうな、お洒落に着飾った女子高生。

 知らない男の前で突如全裸にされるなど、居ても立ってもいられなくなるはずだ。


 潤んだ瞳に涙を浮かべ、屈辱に歪んだ顔で歯噛みする少女の顔を堪能しようと思ったが、


「何がそんなにおかしい?」


 まるで何事もなかったかのように全裸でスコップを構える。


「…………は?」


 突然服を破られた女性の多くは、身体をひねりながら胸と恥部を隠し、その屈辱に頬を赤らめて座り込む。

 特に、自分の身体の変化が気になるお年頃の女性なら、なおのことのはずなのだ。


「君がやりたかったのは早着替えのマジックか何かか?どうやら失敗に終わったようだが?」


 その丸くて艶のある胸と恥部、綺麗に引き締まった身体を惜しげもなく晒している。


「馬鹿な……っ!!いきなり全裸になったというのに、何故恥じない?!」

「それを身体で教えてやろう」


 状況が状況なら間違った想像を与えるセリフを吐き捨てながら裸足でぺたぺたと歩くと、動きに合わせてヘアゴムから解放された長い髪の毛が恥部を隠す。


「我々は自らの性癖をにしき御旗みはたとし、命を賭けて戦っているのだぞ!そんなことをいちいち恥じているようでは誰も倒せん!!」

「くっ、ならば」


 焦燥の色を浮かべた『雇われ用心棒』の男はナイフを取り出すと、少女の胸の真ん中に狙いを定める。


「その綺麗な肌に深い傷を負わせてやる!その傷を見るたびに私の顔を思い出すほどの、深い深い傷をな!!」

「傷だと?そのちゃちなナイフで私を刺せると思っているのか?」

「黙れえっ!!」


 男にとっては想定してない事態だったのか、その手は震えている。


『雇われ用心棒』は着衣しているのに対し、鬼頭は全裸であることに変わりはない。一撃当てることができれば致命傷にだってなり得るのだ。まだ勝機はある。


「仕方がない。言っても分からないというのなら、やってみればいいではないか?」

「紳士であるこの私を挑発するだと?!いい度胸だ!!」


 ナイフが怪しく剣光を放つ。


「傷を負ってから後悔するがいい!!」


 持ち方、構え方も完全に素人。単に護身用に持っているだけであって、使い方には慣れてはいないようだ。


 能力で生成されたスコップを持つ熟達のスコップ使いと、何の捻りもない普通のナイフを持った素人。

 どちらが優位かなど言うまでもなく、逆に、その優劣が分からないほどに『雇われ用心棒』の男は焦っていたということか。


 スコップに弾かれたナイフが宙を舞い、勝敗はいとも簡単に決した。

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