第36話:薬籠密

「あの二人、相当派手にやってんな」

「その方が余計な奴らを相手にしなくて済むじゃないか」


 非常階段を駆け上がりながら純多じゅんたが呟く。


「暴れるなら、もうちょっと控えめにして欲しかったです……」

「それは同感だな」


 後ろに続く女性陣二人が不満の声を挙げる。


『豊乳派』の二人組が巨大ボールをバウンドさせたり転がしたりしたことで、震災時に働く緊急装置が発動。エレベータが全て停止されたため、脇に備え付けられた階段で頂上まで登らなければならなくなった。


 そのため、


「いたぞ!!」


 下層階での騒ぎに向かおうとする雑兵ぞうひょうが全員階段を使って昇降するため、踊り場やフロアの陰から銃を持った男たちが出現・強襲してくるのだ。


「っ!田打たうち!!」

「はいっ!!」


 素早く盾を生成して弾の威力を殺すと、


「ぐあっ!!」


 盾の影から籾時板もみしだいたがゴム銃を撃って対処する。

『豊乳派』の能力によって火力が上がったゴム銃は拳銃と同程度の威力を発揮。腕や脚を撃たれた男たちは血を吹き出しながら倒れる。


「う……っ」

「殺しはしてないんだから、ちっとは我慢して欲しいぜい」


 刺激の強い光景に慣れていない『貧乳派』の少女が顔を青くするが、『豊乳派』の少年が軽く背中を叩きながらフォローを入れる。


「そんで、リーナ=セイファスは何階にいるんだ?」

「37階だぜい。このマンションは40階建てだから、頂上まで登らなくても済むことに感謝するんだな!」

「お……、おっぱい饅頭で身体能力が強化されてなかったら、とてもじゃないけど登れませんね……」

「だが坂道ダッシュだと思えば丁度いい!さぁ走るぞ!!」


 そう聞いてポジティブになるのは鬼頭きとうだけだ。永遠に続くのではないかと勘違いしてしまうほどの長い階段を何処までも上へ上へ。テンポよくステップを踏み締めながら進んでいく。



☆★☆★☆



「……」


 正直、かなり不利な状況だ。

 雨間里うまりは白衣の男を睨む。


 籾時板の報告によるとSDUの能力は、一定の距離であればノーモーションで媚薬(もしくは、媚薬として使われている違法薬物)を盛ることができる能力。この距離であれば間違いなく能力の射程に入っているだろう。


 さらに、薬籠やくろうの背後に立っている柱は、この高層ビルのかなめとなっている柱だ。ダメージを与えて壊した瞬間に高層ビルは崩壊し、建物内にいる者全員が生き埋めとなる。


「さぁて、先手必勝って言うだろ?ささっと攻めて、ささっと殺しちまおうぜ!」

「あいつの背後にある柱は壊さないでくださいよ……?」

「分かってるって!」


 睨み合いながら考えても始まらないし、この少年は静止しても止まらない。状況が動いてから対処するとして、バスケット選手のユニフォームを着た少年に任せる。


「おらおら!!赤黒い床の染みになっちまえ!!」


 瓦礫と窪みによってボロボロとなった床の上をドリブルして薬籠に肉迫するが、


「やれやれ。君みたいな血気盛んな子供、僕は嫌いでね」


 男は肩を竦めただけだった。


「素手で俺様に勝とうってか?!いい度胸だな!!」

「素手?僕は見えない武器を使っているだけだよ?」


 あと20m。

 10m。

 5m!

 

 ぐんぐんと距離が縮まり、半歩踏み出せば拳が届く一歩手前まで迫ったところで、


「ぐ……、あ……っ!」


 突如視界が傾いた。

 腹を押さえながら膝をつき、手元から離れたバスケットボールが床の上を転がる。


「僕たちSDUの能力は、直接触れていなくても相手に直接媚薬を打ち込めるんだよ?知らなかった?それとも、知ってて突っ込んできたバカかな?


 苦しそうに呻く多理体の頭を靴で押さえながら薬籠の話は続く。


「こうなることは分かっていたはずに突っ走るとは、リーナ様のお嬢様のようにバカなやつだね。僕の上役の娘さんだから、あまり大声では言えないけど」

「ぐ……、ああっ!!」


 ぐりぐりぐり。

 右足に力が籠められたことで苦悶の声が大きくなっていく。


「多……、理、体…………」


 今すぐにでもカバーしに行きたいが、こちらにも時間差、もしくは同時に媚薬が打ち込まれていたらしい。視界がいびつな形へと歪み、不自然な色合いに変化する。


「さて、このまま果実のように踏み砕いてやろうじゃないか!いやぁ、おっぱい饅頭の力とは便利なものだね」

「誰のこと……、か、知らねぇ、けど……さ」

「??」


 足元を見ると、薬物症状を必死に堪えながら少年が言葉を投げ掛けていた。


「必死に生きている奴を馬鹿にするんじゃねぇ!!!」

「なっ?!!」


 直後、少年は土下座をするかのように地面を両手について頭を跳ね上げると、よろよろと起き上がった。勢いに気圧けおされて思わず数歩下がる。


「馬鹿なっ?!媚薬を盛ったというのに、何処にそんな力が余っているというんだ?!!」

「決まっているじゃねぇか!!必死に生きているやつを馬鹿にするゴミムシをブン殴りてぇ!!その一心だ!!!覚悟しやがれこの野郎!!」


 相手は既に間合いに入っている。

 後は肉弾戦で捻じ伏せるだけだ。


 硬く拳を握って一撃に力を籠める。


 しかし、


「くはははははははははははははははははははは!!!」


 男は哀れな者を蔑むように笑う。


「ならば君たちには面白いものを見せてあげよう!日本に住まうSDUの能力者たちの長である、僕の力を侮らないでもらおうか!!」

「させるか!!」


 残された手段は短期決戦。

 もう一度能力を打ち込まれる、あるいは薬の効果が強くなる前に確実に倒す。


『一番槍』の二つ名に恥じない猛撃を見せるべく疾駆し、左の頬を打つように拳を一撃叩き込むが、


「甘いね!!」


 軽く挙げられた左腕でブロックされただけだった。


「性癖の特異さでは僕たちSDUの方が『豊乳派』よりも上なんだよ?君たちが徒手空拳で挑んでも勝てるわけがないだろう?」

「がっ!!」


 二撃目を放つべく左の拳を振り抜くが、それよりも相手の動きの方が早かった。

 カウンターとして薬籠から放たれた右拳のアッパーが鳩尾みぞおちに直撃し、多理体の身体が比喩なしに「く」の字に折れ曲がる。


「これでもう起き上がれないかな?頭の悪い君に問題を授けよう」


 白衣を揺らす男は狡猾な笑みを浮かべながら、地に伏した少年を見下ろす。


「僕たちSDUの能力は基本的に一人に一回しか媚薬を投与できないんだけど、僕は他の者よりも能力が強くてね。同じ人間に二回媚薬を打ち込むことができるんだ。さあここで問題」


 男の動きに合わせて、よく使い込まれた白衣が揺れる。


「覚醒剤とLSD、MDLAとラッシュ、コカインとヘロイン、アヘンとマジックマッシュルーム、媚薬と媚薬。薬を二種類同時に打ち込まれたら、人間の身体はどうなると思う?君たちにはモルモットになって、その答えを体験してもらおうじゃないか!!」

「ぐ……、う…………っ!」


 経験の差なのか力の差なのか、今の一撃は重すぎた。

 床に転がる二人に、薬物症状による見えない魔の手が迫る。

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