第35話:開戦のホイッスル

「随分とゆっくりとした到着だな!!おやつの値段を決めながら遠足感覚で来たのか?!」

「それは君のことでしょうが。遠足じゃないんだから、おやつや持ち物を僕に聞かないでくれよ」


 周囲を田んぼに囲まれた高層ビルから少し離れた場所に、多理体さわりたい雨間里うまり籾時板もみしだいたの三人の少年が立っていた。


「……こちらは私が自ら来たというのに、『豊乳派』の基地局長は来ないのだな?」


 鬼頭きとうが不機嫌そうに口を開く。


「局長は自ら手を汚すのがあまり好きではないようでな。あ、そうそう。「鉄破てつはちゃんがデートしてくれないなら、俺は行かないよ」っていう伝言をもらっているぜい?痴情のもつれってやつかい?」

「……あの野郎、やっぱり引きずり出して鉄拳制裁しないといけないようだな」


 事情を知ってか知らずか、にやにやと笑いながら話す籾時板に若干苛立ったような様子を見せる。


「あ、あの。鬼頭さん。あの人たちってこの前支部を襲撃してきた人たちですよね?本当にあの人たちと共闘するんですか?」

「田打ちゃん、とか言ったっけ?分かんないかい?オレたちに向けられた視線の数を」


 ぞわっ。

 気持ち悪い感覚を身体に感じて思わず周囲を見渡すが、田んぼで作業をする農夫やジョギングをする男性の姿しか見当たらない。


「……かなりの数の手練れが周囲に集まっているな。どちらも『貧乳派』と『豊乳派』の連中ばかりか?」

「「『豊乳派』と『貧乳派』が合同作戦やります!」って言って、手放しで喜ぶやつの方が少ないからな。たくさんのオーディエンスに見守られながらの大作戦と相成ったわけだぜい」

「混乱に乗じて闇討ち誅殺をしない。この制約をどちらかが破った瞬間、この場は『豊乳派』と『貧乳派』が正面衝突する戦場となるわけですね?」


 眼鏡のブリッジを指で押し上げながら雨間理が呟く。


「……こりゃあ気張っていかないとマズいみたいだな。オレたちは『豊乳派』と『貧乳派』が手を取り合って戦える相手かどうかを試すためのモニターってわけか」

「さぁてと!わちゃわちゃ井戸端会議をしに来たわけじゃねぇだろ?もっと大宴会で派手にやりにいこーぜ!!」


 こういう時に難しいことを考えられない猪突猛進な性格が羨ましい。バスケットボールを突きながら放たれた多理体の一言に頭の中を切り替える。


「どうする雨間里?やっぱり正面突破か?」

「綿密に手薄な侵入経路などを調べたんですが、この馬鹿が「そんなのつまらん!」とか言って紙屑にしてしまったので、誠に遺憾なことに正面からの強行突破作戦となりました。僕の時間と労力を返して欲しいです」


 疲弊の色を浮かべた声音を出しながら『貧乳派』の三人へと振り向く。


「まず確実に決着をつけるために、棟倉むねくら君にはいやおうでもSDUのボスがいる場所まで辿り着いてもらいます。そのための布石を打たなければなりません」

「具体的にどうすればいいんだ?」

「君を守るための面子で固めればいいだけのことです。『貧乳派』は防御に特化した能力を持っているので、そこの女性二人がそのまま護衛に回れば問題ないでしょう。後は『貧乳派』の三人に+αで、棟倉君と仲のいい籾時板君が付随する。そうすれば、攻めと守りのバランスが取れたパーティになるでしょう」

「お前ら二人はどうするんだ?」

「心配要りません」


 両手に嵌めた軍手の調子を整えながら雨間里は口を開く。


「僕らはビルの中を走り回って敵の気を引き付ける陽動役を担当します。僕たちに対処しようと混乱している間に、さっさと主将の首を取って来てください」

「お前ら二人とオレたち四人に別れるってことだな?分かったぜい」

「なー。小難しい話はやめようぜ!身体がむずむずしてらぁ!!」


 だむ。

 だむ!

 ダンッ!!


 バスケットボールを突く音に力が加わっていく。


「試合開始のホイッスルは、あの高級そうなガラス扉をぶっ壊す音でいいか?!」



『貧乳派』と『豊乳派』。

 互いが互いを永遠に理解することがない二つの勢力が、『復讐』というかすがいによって繋ぎ合わされる。



☆★☆★☆



「なぁ雨間里。どれくらい派手に暴れていいんだ?」

「建物を潰さない程度ですね。これだけの規模のオフィスビルを倒壊させたとなると、僕たち全員瓦礫に埋もれて死んでしまいます」

「ちぇっ。それじゃあ肩慣らし程度にしかならないじゃねぇか」


 オフィスビル内のロビーは広く豪華な造りとなっていたが、そんなものは彼らには関係ない。

 水が流れる精緻な噴水や豪華な装飾が施されたモニュメントは、室内を縦横無尽に跳ねて転がる巨大バスケットボールによって粉砕されて破片が散乱し、ロビーは暴走した自動車が突っ込んだかのように雑然とした姿へと様変わりしていた。


「構うな!撃ち殺せ!!」


 ぎりぎりのところでボールを躱し、不安定な体制ながらも拳銃を構える男たちが発砲するが、


「僕の能力って『貧乳派』っぽいですかね?」


 少年がスコップを突き立てたことにより突如床が盛り上がった。山のようになった遮蔽物に当たった弾は跳弾し、隣に並ぶ味方や床・天井に無差別に散弾する。


「……これで全部か?僕たち陽動作戦担当なのに、雑魚共は粗方あらかた片付けちゃいましたね?」

「ふんっ。張り合いがない奴らだな!それにしても、どうして能力を持っていない奴らばっかりなんだ?」

「決まっているだろう?戦闘でなるべく戦力を減らさないように、敢えて能力者を出動させていないのさ」


 柱の陰から男の声がした。二人の視線がビルの中央を貫く柱に集まる。


「お互い被害は最小限の方がいいだろう?」


 ゆっくりと、まるで舞台に上がるかのように鷹揚とした足取りで男が姿を現した。


 外見年齢からすると40代くらいだろうか。白衣に黒のズボンという医者のような出で立ちをしているが、聴診器などの医療器具の類は見受けられない。この場で出現したことから考えると、医者というよりも薬剤師と言った方が近いのかもしれない。


「誰だ?このおっさん?」

「SDUの能力者集団の日本代表・薬籠密やくろうひそか、ですね?」

「ご名答。最大派閥の情報収集力というものは素晴らしいね」


 ぱちぱちと歌劇を賞賛するように手を叩く。


「やはり鉛玉如きで君たちは殺せないかと思ってね。この僕が直々に君たちを殺しに来たわけだ」

「こそこそ隠れて様子を窺っていた、の間違いではないですか?」

「……君、いい子そうに見えて、なかなか無遠慮に物を言うね。戦場はいい子から死んでいく、なんて言うけど、君は長生きできそうだ」

「褒めてくださるんですね。ありがとうございます」

「おいおいおいおい!!間怠まだるっこいぞおい!!」


 だんっ!!とバスケット競技のユニフォームを着た少年が一際強くボールをつくと、大理石でできた床に穴を穿つ。


「要は、てめぇをブチのめせばいいんだろ?どっちかが勝ってどっちかが負ける。スポーツみたいにはっきりさせようぜ!!」

「そうだな。僕だって、こんな所で君たちとのトークに花を咲かせる気は毛頭ない」


 男は構えると冷酷に言い放った。


「こんなに若い命を摘み取らなければならないのは口惜しいが、これも組織のためだ。君たちにはご退場願おうか」

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