第32話:落下した少女の最期は――

 刑事ドラマなどでは、高所から落下した死体は頭から血を流した状態で描かれるが、それはあくまで便宜上であり、実際はそうではない。


 人間の身体は意外と壊れやすく、例えば10階程度の高さから落ちれば死体は落下と共にバラバラに砕け散るし、立ったまま落下すると先に着陸した脚の骨が内臓を貫いて死ぬという。15メートル以上の高さから落ちた人間の身体がどうなったかど、考えたくも見たくもない。


「大丈夫か……?じゅん……?」


 いざという時のために備えておっぱい饅頭を食べていた籾時板もみしだいたの方が早く回復し、倒れている純多の手に触れないように肩を貸す。


「あ……、う……」


『『貧乳派』の救世主』としての能力は、手で触れた相手の能力を消し去ることができる(&バストサイズを自由に下げられる)のだが、

 触れた物体の質量や速度・威力を下げることもできなければ、威力を吸収する俎板まないた・盾・鉄板の生成、触れた物を何でも掘削するスコップの生成もできない。身体能力も上がらないので、本当に中肉中背の、ごく普通の男子高校生のスペックで戦うしかないのだ。


「どうする……?ポリンの亡骸なきがら、見るか……?ポリンの最期を……、看取ってやるのが、せめてもの手向たむけだと思う……、けどな」


 地上では人が集まっているのか、喧噪が屋上まで聞こえてくる。


 混濁した意識がようやくはっきりしてきた純多は首を横に振ると、よろよろと屋上に備え付けられたベンチの一つに腰を降ろす。


「……無理もないな」


 幼馴染みの少年が隣に座る。


「あんなことされたら誰だってトラウマになるさ。いろんな人間を看取ってきたオレでも、あれは応えるものがあったぜい」

「くそっ……、こんな終わり方しなくたっていいのに……っ!!」


 薬の効果ではなく涙で歪む視界の中で開いた右手を見つめる。


「何が『救世主』だ!!何が伝説に語られる存在だ!!そんな大層な肩書きを持っていたって、目の前で困っている女の子一人救えないようじゃ意味がないじゃないか?!!俺の能力は一体何のためにあるってんだよ!!」


 目の前にいた人間が突然、しかも永遠にいなくなることが、こんなにも虚しいものなのか。

 鬼頭きとうの言っていた「生きることも仕事だ」という言葉の意味を、否応なく感じてしまう。


「……だがこれで、SDU勢力の重鎮が一人死んだことになる。こういう言い方は不謹慎だが、ポリンちゃんが死んでくれて助かったぜ」

「てめぇこの野郎!!」


 いきり立って立ち上がると相対あいたいして叫ぶ。


「目の前で人が死んだんだぞ?!どうしてそんな言い方ができるんだよ?!勇気ゆうきには人間としての心がねぇのか?!!」

「言っただろ?この世界に踏み込んだ時から死は覚悟してきたし、何人も同朋を看取ってきたって」


 諦観の色が浮かんだ瞳で見つめ返す。


「人間としての心があるからこそ、一つ一つの死に向き合っている暇なんてないのさ。いちいち落ち込んでいたら心が壊れちまうぜい」

「…………すまん。勇気に当たったって何にもならないよな」

「だからオレたちが率先して立ち上がらなくちゃいけないんだよ。これ以上目の前から見知った人間が消えないように。これ以上誰も死なないように」

「……」


 何も言い返す言葉がなかったし、籾時板も口を閉ざした。

 少しの間二人が無言になると、


「一体何があった?!……って、棟倉むねくらじゃないか?」


 委員会により放課後まで残っていた鬼頭が校舎へと続く階段の扉を開け放つ。



☆★☆★☆



「……そんなことがあったのか。だが棟倉よ。君は一つ、重要な勘違いをしているぞ?」


 腰まで伸びた長いポニーテールを揺らしながら鬼頭は腕を組む。


「何が間違っているというんです?」


 鬼頭の能力により解毒したため、呂律ろれつも回るし幻覚作用もない。隣に座る端整な顔立ちの女子高生を見つめながら純多が疑問符を口にする。


「ポリン、とか言ったか?

「「…………は?」」


 これには籾時板も純粋に驚いたようだ。狐に抓まれたような表情をしている。


「どういう……、ことだ……?」

「彼女はバラバラになってもいないし、死んでもいない。フェンスの前に立って下を覗いてみろ」


 小走りで走ってフェンスの前で止まると、そこには、


「お、やっと気づいたな」

「あの高さから落ちたら死んだと思うのが普通よね。無理もないか」


「ポリン様LOVE♡」と書かれた横断幕を持った三人の男女が、こちらの様子に気づいて手を振っているところだった。


 一人は特徴的な陣羽織を羽織った少女。

 一人はイソギンチャクのように腰回りにサイリウムを突き刺した少年。

 そして、特徴的な鉢巻きを風にそよがせている眼鏡の少年。


 そこにいたのは誰よりもポリンを愛し、ポリンを守ることに命を懸けることを誓った三人組だった。


「どうやったかは知らんが、彼らは君たちの会話の一部始終を傍受していたらしい。そして、彼女が落ちる地点を予測して横に広げた横断幕をクッション代わりにしたそうだ。……まぁ、落ちた当の本人は死んだと思っているのか、今は気を失っているがな」


 フェンスに背中を預けながら、地上で起こっていたあらましを説明する。


「こういうことがあると、不要物も時には役に立つものだな。風紀委員として取り締まりたいところだが、今回は見逃してやると共に、あの奇妙奇天烈な三人組が持つ物品を許可してやろうかな?」

「じゃあ……、つまり……?」

「まだ実感が湧かないか?」


 スコップを手中で弄びながら少女は口を開く。


「本人にとって救いかあだかは分からないけど、彼女は生きている。落下時に誰かにぶつかって怪我をさせたようなこともなかったし、話したいことがあるならば、彼女が目覚めた後にたっぷりと話すがいい」

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