第30話:一派閥一拠点の長による密談

「『ラクタム』はSDUの能力者集団に違いないにゃん」


 手足を縛られた黒服の男が座った椅子の背中に両手を乗せ、前のめりになった触爪ふそうがそう告げると、


「え、SDU?何ですかそれ……?」


 田打たうち純多じゅんたと同じ反応をする。


「お薬を使ってえっちな遊びをする人たちのことだにゃん♡日本では『キメセク』って呼び方が普及してるよん」

「はわわっ!キメセク、ですか……」


「キメセク」の「セク」は「セックス」の「セク」だ。顔を紅潮させるぶかぶか制服の少女。


「なるほど。おっぱい饅頭に媚薬を使ったのではなくて、使そう考えれば辻褄が合いますね」

「もしそうなら二度とふざけた真似ができないように、完膚なきまでに潰しておかねばならんな」

「そいつらが何処にいるのかっていうのは分かるのか?」

「それも、こいつが全部ゲロったにゃん♡」


 黒猫っぽい女性がスマートフォンを操作して画面を見せる。


地武差ちぶさ駅から1kmくらい歩いた場所に、周囲を田んぼに囲まれたオフィスビルがあるんだけど、このビル丸々一本がオフィスビルの皮を被ったアジトになっていて、ここにSDUのボスがいるんだって。ここを潰せば大団円だにゃん」

「早速行きましょうよ鬼頭きとうさん」

「いや待て」


 鬼頭は組んだ脚を戻すと少し鬱屈そうに呟いた。


「少し準備したいことがあって時間が欲しい。学生という身の上の都合上、平日では具合が悪いことだし、決行は次の土曜日でもいいだろうか?」



☆★☆★☆



「……」


 時刻は23時。


 パジャマに着替えた鬼頭はベッドの上で寝ころんだまま、スマートフォンの画面を見つめていた。


「こいつにだけは電話を掛けたくなかったんだけどな……」


 スマートフォンの画面に表示された電話帳を指でスクロールして一人の男の名前を表示させると、ゆっくりと呼吸をしてから呼び出しボタンをタップする。


 数回のコールの後、


『やぁ鉄破てつはちゃん。久しぶりだね。

「その名前で呼ぶのは止めろ。私と君は、もうそういう関係ではないのだからな。……それとも、君の脳の成長は三年前で止まってしまったのか?」

『……なかなか手厳しいね。そういうツンケンした所は嫌いじゃないけどさ』


 何処までも黒い感情を孕んだ道化師のような声に気分が悪くなってくる。こちらから話を斬り込む。


「今回の媚薬混入事件。の方にも『ラクタム』が向かったのだろう?」

『そうだね。黒い服を着た男たちが来たよ。……『豊乳派』地武差基地局に関わる全メンバーの家族に危険が及ぶようであれば、容赦なく君たちを潰す、って言ったら快く帰って行ったけどね』


 向こうも何一つ被害が出ないまま撃退したらしい。さすが巨大派閥の一拠点と言ったところか。


「『ラクタム』に対してどうやって動くつもりだ?」

『完膚なきまでに叩き潰してやるつもりだよ。媚薬よりも洒落にならないようなものを饅頭に入れられてからじゃ遅いからね。……それが何か?』

「そちら側も媚薬入り饅頭を食べた被害者が出ているんだろう?こちらもその報復で『ラクタム』に攻め込もうと思っている」


 少しの間を置いた後に答えが返る。


『……言いたいことは分かってきたよ。つまり、日にちバラバラ連携バラバラで攻め込むよりも、俺たち『豊乳派』と『貧乳派』が事前に手を組んでおいた方が、現地で混戦になることを避けられるってことだね?』

「話が早くて助かる」

これくらいのことはすぐに分かるさ。何時に攻め込む予定なんだい?』

「今週の土曜日だ。鉄は熱いうちに打て、っていうだろう?」

『確かにこの日なら、メンバーたちのスケジュールは空いてそうだし、丸っと一日楽しめそうだ』


 両者共に話したいことは話した。

 会話が途切れ、少しの時間だけ沈黙が訪れる。


 沈黙を破ったのは男の声だった。


『予定も決まったことだし、もう電話を切ってもいいかな?』

「あぁ」

『それじゃあ、おやすみ。愛してるよ♡鉄破ちゃん♡』

「私の名前を下の名前で呼ぶな。何度も言っているだろう?私と君はもう恋仲ではないって」

『なら、なんて言えばいいんだい?「さっさと死ねクソ野郎!!」みたいな罵詈雑言は、俺は好きじゃなくってね』

鮸膠にべもなく、ただ淡々と切ればいいじゃないか」

『それはそれで寂しいじゃないか』


 この男は何がしたいんだ?

 決して心地の良くない空気のまま、二度目の沈黙が訪れる。


『……ねぇ鉄破ちゃん。こんな性癖によって分割された世界じゃなかったら、僕と君の仲はこんな風に分かれることはなかったのかな?』

「はぁ」


 ノイズの混じった重苦しい息を吐きながらきっぱりと言い放つ。


「私は君みたいに女を見ても胸しか見ていない人間が嫌いだから『貧乳派』に入ったし、君とはたもとを分けたんだ。そんな奴と好き好んでよりを戻そうとする奴が何処にいるっていうんだ?」

『君は女の武器というものを知らないようだね。折角Dカップくらいの立派なものを持っているのに残念だよ』

「こちらだって、胸が大きい女性にしか価値を見出せない男どもには辟易しているところだ」

『やっぱり、俺たちは気が合わないのかな?』

「気が合わないから、この二大勢力はいがみ合いを繰り返しているのだろう?」

『ははっ。違いないね』


 何処か嘲笑めいた乾いた笑いを残すと、プツリと電話は切れた。



☆★☆★☆



「『ラクタム』ってフランスを拠点にする組織って言ってたよな?なのに、どうして日本にこれほどの人的資源マンパワーがあるんだ?」

「『ラクタム』はフランスにしかいないけど、SDUを性癖とする組織は日本にも少数派ではあるけど存在するからな。大規模で資金力がある代わりに日本での組織力が伸ばせない『ラクタム』と、日本では少数派であるために大きな後ろ盾が欲しいSDU能力者の勢力。お互いに利害が一致したんだろうぜい」


 巻き込むわけにはいかないため三慶みよしには申し訳ないと思いつつ再び二人で早出し、昨日の襲撃事件について情報交換する。


 ちなみに、鬼頭にみっちり絞られたリーダー格の男が黒服の集団の指揮を執っていたらしく、彼は触爪と鬼頭による拷問を受けた後に家族や関係者を襲撃しようとしていた部隊を撤退させ、二度と襲撃させないことを約束させた。『ラクタム』による脅威は去ったため、大手を振って話せるのである。


「にしては凄い人数だったぞ?実は相当の数がいるんじゃないか?」

「SDUってのは日本よりも海外で主流な性癖ってだけあって、少数派の日本人+その性癖を持つ在留外国人+『ラクタム』になるわけだから、そりゃあ人員が多くなるのも当然だぜい。ま、オレたちに比べたら少ないんだけどな」


 そうこうしているうちに下駄箱に到着。

 自身の上履きがある場所まで向かうと、


「ん?」


 靴の中に小さな手紙が入っているのを発見する。


「もしかしてラブレター?」

「安心しろ純多。オレのにも同じものが入っていたぜい」

「……俺のときめきを返せこの野郎」

「SNSとスマホが普及した昨今、下駄箱にラブレターを出すやつの方が珍しいぜい?」


 言われてみればそうか。

 四つ折りにされたメモ用紙サイズの紙を開く。


「「今日の放課後屋上に来てね。ポリンより」事が事じゃなければ完全にラブレターじゃねぇか」

「期待を裏切るようで悪いが、オレも同じ文言だぜい純多。罠かもしれんが、本丸の方から呼び出して来るってんなら乗っからない手はないぜい。『ラクタム』について聞き出すのなら絶好のチャンスだからな」


 くしゃくしゃと丸めるとポケットの中に突っ込む。

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