第29話:反社会勢力の正体

 黒煙を上げて燃え盛る製鉄所。

 血を流して折り重なるように駐車場に倒れる『貧乳派』の構成員たち。


 そして、一般市民の目からそれらを覆い隠すように背中を向けて銃を構え、敷地内に侵入者しようとする者に見境なく発砲する、黒い背広を着た男たち。


 もうダメだ。

 もう終わった。


 製鉄所は包囲され、制圧されたのだ。

 本部からの援軍を待つ間もなく、『貧乳派』地武差ちぶさ支部は全滅した。


 ……と思っていた。


「あれ……?」


 純多の目に飛び込んできたのは、180度違う光景だった。

 何故ならば、


「さっさと吐け!!お前らは誰の差し金で誰に命令されて来た、何の組織の連中だ?!」


 折り重なるように倒れていたのは黒服の男たちの方だったからだ。数日前の『豊乳派』の襲撃による破壊の復旧が行われていないため、穴・クレーター・罅割れなどにより廃墟のようにすさんだ光景となってはいるものの、製鉄所は燃えてなどおらず、敷地内からは煙一本上がっていない。


「む?誰かと思えば棟倉むねくらか?今、一連の首謀者っぽいやつから情報を聞き出しているところだ」


 左手で高級そうな黒服を着た男の胸倉を掴んで持ち上げ、もう片方の手で首筋にスコップを宛てた鬼頭きとうが、こちらに気づき振り向く。

 ちなみに、おっぱい饅頭を食べた能力者は身体能力も強化されるので、普通の女子高生にでも、このような人間離れした技が可能なのだ。


「それは言えんな……。組織のことを口にするのは反逆も同義。俺自身が殺されちまうし、ボスを裏切ることなどできん」

「変なところだけ武人だな。では吐くまで拷問してやろうじゃないか。君の上司が誰だか知らんが、死ぬよりも苦しい拷問をしてやろう!」


 スーツの裾を掴んでずるずると引き摺っていくと製鉄所の中へと消える。


「随分と派手な歓迎ですね。誰かの誕生日祝いか何かでしょうか?クラッカー代わりに実弾が入った拳銃を使うのは、ちょっとどうかと思いますけど」


 黒光りする拳銃を手中で弄びながら冴藤さえふじが入れ替わりで姿を現す。


「あ、あの、えっと……。これは何が起こっているんでしょうか……?」

「それはこっちが聞きたいですね。彼らは田打たうちさんの知り合いか何かですか?それとも、棟倉くんのサプライズパーティをしに来たとか?」


 空薬莢を爪先で蹴飛ばしながら質問に質問で返す。


「いえ、あの。そうじゃなくて……。どうして黒服の皆さんが全滅しているのかなって……」

「ん?これですか?彼らは能力を持っていないようでしたので、簡単に対処することができました。盾や手で触れた物体の速度や威力を落とすことができる僕たち相手に、鉛玉だけで勝てるわけがないっていうのは分かるはずなんですけどね」


 溜め息をきながらカートリッジを抜き取って捨てる。


「支部に先に到着していたメンバーと、少し早めに到着していた僕。そして遅れて到着した鬼頭さんが戦って全員無力化したというわけですね。……あ、常駐しているメンバーにも協力してもらいましたよ?」

「ワシらも頑張ったぞい」

「拙者でも勝てるとか弱すぎて草」


 倒れた黒服たちの前で仁王立ちする、顎髭を生やした初老の男と中年太りの男性。二人はホームレスとニートであり、支部所を住居として使っているが故に、常に支部にいるのだという。


「なので、田打さんは能力を解除しても大丈夫ですよ?」


 あれほど心配していたのは何だったのか。

 黒服の男を踏まないように慎重に歩きながら、純多じゅんたと田打の二人は製鉄所へと向かう。



☆★☆★☆



「『豊乳派』の諜報員と情報交換していただと?」


 こうなってしまった以上、隠し通すことは不可能だろう。

 純多は同級生のポリンが『ラクタム』である可能性が高いこと、黒服の連中が『ラクタム』であること、そして、幼馴染みで『豊乳派』である籾時板もみしだいたと情報交換していたことなどを洗いざらい話した。


「つまり、棟倉は私に内密で勝手に動いていたということか?」

「……」


 相手が能力を持っていなかったために簡単に処理することができたが、もし襲撃者が『豊乳派』の一番槍や殿しんがりレベルの手練れだったら?思い返してみれば軽率な行動だった。

 返す言葉もなく沈黙を貫く。


「しかも、私たちを危険に晒した」

「…………」


 ヤバい。これはいよいよ雷が落ちる。


『救世主』なんていう大層な肩書きがあるにも関わらず、能力を打ち消す力すらない少年が委縮していると、


「……まぁいい。捕まえたリーダー格の男から情報は絞り出したし、媚薬混入事件に関して一歩進んだということで咎めないでおこうじゃないか」


 大きく息を吐いて怒らせていた肩を降ろす。


「話を纏めると、今回の媚薬混入事件の主犯は『ラクタム』という反社会勢力によるものだった。ということですね。どうしますか?」

「ふむ……」


 腕を組んで熟考する鬼頭。


 事件の犯人が能力者集団ではなくて一般人である以上、手を出す必要性はないし、わざわざ危険なものにこれ以上絡む必要もない。


 毒を仕込まれなかっただけ良かったし、『貧乳派』の強さを見せた以上『ラクタム』側から絡んでくることもないため、このままめでたしめでたしでも良かったのだが、


「どうやら、そういうわけにもいかないようだにゃん♡」


 キャスター付きの椅子に座らせた、泡を吹いて失神している黒スーツの男を押しながら触爪ふそうは話に加わる。


「こいつ、日曜日の朝に放送されるアニメニチアサを見せたら藻掻もがき苦しみながら倒れたわ。この反応、間違いなく能力者だにゃん」

「……どういうことだ?」

「そうか……。棟倉には説明していなかったな」


 椅子の上で脚を組みながら鬼頭が口を開く。


「性癖を武器にして戦う我々は、普通の人間と少し変わった体構造に変化していてな。自分の性癖に合わない画像や映像を見ると身体が拒絶反応を起こしてダメージを受ける反面、自分の性癖に合った画像や映像を見ると怪我を回復することができるのだ」

「……本当ですか?ソレ?」

「さては疑っているな?ならば手持ちのスマホを使って、巨乳グラビアアイドルの画像でも検索してみるといい」


 百聞は一見に如かずともいうし、手持ちのスマートフォンで「巨乳」と検索して画像一覧を確認してみる。

 画面が切り替わった途端、スイカほどの大きさのある胸を惜しげもなく晒すビキニの女性の写真が映し出されただけだったのだが、


「がっ!があぁっ……!!」


 ワイヤーで縛られたかのように脳が痛みを発し、両膝を土間に突く。


「な、何が……っ?」


 口から何かが垂れていたので手の甲で拭ってみると、血の混じった涎だった。


「私が言ったそのままだ。『貧乳派』の君は巨乳の女性の画像を見たから、その反動によってダメージを受けたんだ。これが戦闘によって傷を負っている状態だったら、傷が開いて激痛が走り、そのままショック死してしまうことだってあるだろう」

「それくらい自分の性癖に合わないコンテンツは毒になるってことです。今の棟倉くんは無傷だったので、それほど大きな傷は負いませんでしたが」


 これで軽傷だというのか。

 同じ説明を聴きながら顔を真っ青にする田打を一瞥した後、タブを閉じてスマートフォンを切る。


「……で、話を戻していいかにゃん?」


 手持無沙汰に黒服の男が座ったキャスター付きの椅子をくるくる回していた触爪が、退屈そうに呟く。


「『ラクタム』・反社会勢力・能力者・媚薬・少なくとも貧乳フェチではない……。これらの要素を組み合わせて、みうは一つの答えを出してみたにゃん」


 元『どちらでもない派』であり、性癖戦争が始まってからの三年間、実質一人で活動していた女性は注目を集めるために一拍置くと、こう告げた。


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