第26話:ポリン様防衛隊

「まずは、あいつらに当たろうぜい」


 翌朝、三慶みよしに申し訳ないと思いつつ、いつもよりも早い時間に家を出た純多じゅんた籾時板もみしだいたが通学路を歩きながら世間話をするかのようなトーンで会話を繰り広げる。


「あいつら?あいつらって誰のことだよ?」

「決まっているだろ?『ポリン様防衛隊』のことだぜい」


『ポリン様防衛隊』とは、ポリンがあまりにもかわいいから、という理由でポリンのファンたちによって結成された組織である。

 大まかなメンバー数や組織の規模は分からないが、『鋼鉄の堀田』を筆頭とし、『露払いの山口』と『統率の藤本』を同位に添えた三人の幹部を中心として組織が展開されていることは分かっている。


「ここからはオレの推理に過ぎないが、恐らくポリンはSDUの組織の構成員で、『ポリン様防衛隊』は、そのファンを名乗った近衛このえ部隊ってところだな」

「SDU?何かの組織の名前か?」

「Sexualized Drug Use。直訳すると「性的な薬物の使用」って意味だぜい。日本では『キメセク』って名称で浸透しているな」


 キメセクとは、静脈に薬物を注射する、または媚薬などの薬を服用させ、薬物作用による高揚感で興奮状態にある者との性交をすることである。


 海外から渡ったプレイの一つであり、日本では「キメセク」・「薬物セックス」などの行為を指す名称で呼ばれるが、海外では学術用語としても用いられている「SDU」の略称が一般的だ。


「いきなりだが、オレたちの行動が勘付かれる前にリーダーの『鋼鉄の堀田』を真っ先に潰す。そこからポリンの話をじっくり聞き出すことにするぜい」


 もし籾時板の予想通り、この一連の騒動がSDUの能力者たちの仕業で、ポリンがその構成員であると仮定すれば、確実性のある毒ではなく媚薬を用いた点も合点がいく。


「でも、俺は『貧乳派』で勇気ゆうきは『豊乳派』だろ?互いに違う勢力同士だってのに上の許可なしに勝手に動いていいのかよ?」

「相当マズい。純多は『救世主』なんていう大きな肩書きを持っているからいいけど、諜報員如きのオレなんて「戦闘中に死亡」とか何とか調書に書かれて、存在そのものが戸籍から消されちまうかもしれないぜい」


 歯を見せながら余裕たっぷりに言っているが、その横顔は血色が悪い。


「……本当に大丈夫なのか?」

「この世界に踏み込んだ瞬間から、ある程度覚悟はしていたことさ。どうせ誰かがやらなきゃいけないことだからな。それに、」


 言いにくいことなのか、犬の散歩をしている主婦が通り過ぎてから言葉を紡ぐ。


「今回は何の健康被害もない媚薬だったから良かったけど、SDUで使われる『媚薬』ってのは、マジックマッシュルームとかLSDみたいな違法薬物や、脱法ドラックなんて呼ばれるギリギリの薬を使うことが多いみたいだぜい。そんなヤバい薬をおっぱい饅頭に混入させられたら、もっと混乱が大きくなっちまう。そうなる前にオレたちの手で先に芽を摘み取るぞ」



☆★☆★☆



「ポリン様について知りたいだと?」


登校して間もなく『鋼鉄の堀田』を屋上に呼び出すことに成功したため、純多と籾時板の二人で問い詰める。


「はい。『ポリン様防衛隊』隊長の『鋼鉄の堀田』先輩なら、何か知っていることがあるかと思いまして」

「そうかそうか!お前らも遂にポリン様の魅力が分かったということか!!隊員が増えるのはいいことだな!!」


 うんうんと頭を縦に振る動きに合わせて、「ポリン様LOVE♡」と書かれた鉢巻きが靡く。


「何が知りたいんだ?拙者が答えられる範囲であれば、どんなことでも答えようではないか!」

「じゃあ遠慮なく。ポリンは何処の組織に属していて、何のために媚薬を入れた?」


『豊乳派』の諜報員が割り箸と輪ゴムで作られた簡素なゴム銃を向けながら問う。


「何の組織?ポリン様は『ポリン様防衛隊』のナンバー1であるに決まっているだろう?まずは防衛隊とは何たるかの基礎的な部分から教える必要がありそうだな」

とぼけるなよ?」


 見せしめとばかりに空き缶を投げ上げてゴム銃で撃つと、凄まじい音を上げながら凹んだ缶が吹き飛ばされて屋上の床の上を転がる。


「次はお前の頭を握り潰したトマトみたいにしてやる。そうなりたくなかったら本当のことを言うんだな」

「本当も何も古来から当たり前のことだろう?ファンクラブや親衛隊では本人が会員ナンバー一番で、拙者は二番だ」


 学生服から生徒手帳を出したかと思うと名刺サイズの一枚のカードを見せる。確かに、そこにはファンクラブの二番である旨が書かれていた。


「……洗練されているな。あくまで口を割らないってことか。だったらまずは左手の指を一本へし折るか」

「待て待て勇気!!堀田先輩は本当に何も知らないんじゃないか?!堀田先輩。おっぱい饅頭って好きですか?良かったら食べてくださいよっ!」


 白化しらばっくれてるというよりは、本当に何を言っているのか理解していない様子だ。ズボンのポケットからおっぱい饅頭を出して堀田の反応を窺う。


 ククリとの直会之儀なおらいのぎで能力を貰っている純多たちは、おっぱい饅頭を食べた瞬間否応なしに能力が発動してしまうため、食べる際は慎重にならなくてはならない。


 


「ふむ。入会費といったところか?ならばありがたく受け取っておこう」

「いえいえ。この場で食べてもらえませんか?」


 能力者なら発現を恐れて躊躇する。

 能力者でないならその場で食べる。


 二人が見守る中、出した答えは――。


「この場で?別に問題ないが、それに何の意味があるというのだ?」


 何も知らない一般人が取った行動だった。袋を開けると三分の一くらいを口の中に含んで咀嚼する。


「ふむ。なかなかに美味な饅頭ではないか?饅頭にカスタードクリームとは新しい組み合わせだな」


 興味深げに口の中へと饅頭を運んでいく様子は、どう見ても能力者の素振りではない。


「ちっ……。オレの推測ではSDUか貢ぎ性愛ファイナンシャルドミネーションだと思ったのに、能力者でもないってことか。これ以上聞き出せる話はなさそうだな。後は適当に頼んだぜい、純多」


 緊張感が一気に抜けてしまったようだ。懐にゴム銃をしまうと、片手を挙げて手をひらひらさせながら出口へと向かう。


「お、おい。もういいのかよ?!」


 完全にやる気をなくした幼馴染みが消える中、背中を追おうとしたが、


「さぁて。ポリン様について拙者がたっぷり語ろうじゃないか!!」


 背後から両肩をがっちり掴まれた。勿論、『鋼鉄の堀田』である。


「朝のホームルームまでは時間がたっぷりあるぞ。まずはポリン様が何故かわいいかについてだ!!」


 何か武器を生成する力があるわけではなく、おっぱい饅頭を食べても身体能力が向上するわけではない純多には抗う術などなかった。

 おっぱい饅頭を食べていないため、そもそも『『貧乳派』の救世主』としての力も発揮できないのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る