第25話:『豊乳派』の諜報員
宵闇が訪れた空の下、
『貧乳派』としての活動を行うのは、いつも放課後や会社員の勤務時間が終わった時刻なので必然的に家に帰る時間も遅くなる。
……と言っても、市の条例により未成年者は22時以降は外を出歩いてはいけないことになっているため、22時までに家に帰れるように図ってくれるのだが。
道に並ぶ一軒家の二階部分から漏れ出る光が淡く道を照らす夜道を歩いていると、
「よぉ純多。随分と遅い帰りじゃねぇかい?」
数メートル先にある街灯の向かい側。
壁に背中を預けている見知った少年の姿を発見する。完全に光に照らされているわけではなかったため、半身は光・もう半身は常闇に染まっている。
「
家が近所にあるからという理由で幼少から縁のある少年で、10年以上の付き合いのある親友だ。
「いやぁ、最近は純多が一緒に帰ってくれなくなったからさ、どうしてなのか理由を聞こうと思ってな」
「ま、まぁ。いろいろあってな」
『貧乳派』としての活動内容を話すわけにはいかないためお茶を濁す。
「どうしたってんだ?女でもできて会いに行ってんのか?」
「あ、いや、その……」
「
「っ!!」
違う。
ここにいるのは幼馴染みの籾時板勇気だが、バカなことばかりを言っている『あの』籾時板勇気ではない。
一部の人間しか知り得ない情報が想像もしていなかった人間の口から発せられたことで、一気に緊張感が増す。
「……話がある。少し来てもらおうか」
「……断ったらどうなるんだ?」
籾時板が無言のまま目線を向ける。
直後、純多の顔の横を何かが掠めていくのと同時に、ミシミシミシッ!!という音を鳴らしながら背後にある街灯が「く」の字に折れ曲がり、派手な音を立てながら道路に横たわる。
「幼馴染みだからって容赦はしない。拒否権はないと思ってもらおうか」
「……分かったよ」
家とは違う方向の道に肩を並べて歩き始める。
☆★☆★☆
純多の家から市立
その丁度中間にあたる家から半径1kmくらい離れた地点。通学路から小路を二本外れた場所にある人気のない公園のベンチに二人で並んで腰を降ろす。
「単刀直入に聞くぜい。おっぱい饅頭に媚薬を仕込んだのは、お前ら『貧乳派』の仕業か?」
媚薬。
そして、その件で『貧乳派』に恨みを持つ組織。
籾時板は『豊乳派』の構成員ということか。
「鬼頭さん、――支部長も心当たりがないって言っていたから、少なくとも俺たちの支部じゃねぇよ。……他の組織や末端が勝手にやっているんだったら、さすがに知らんけどな」
「嘘じゃねぇんだよな?」
「こんな状況で嘘を吐けるような度胸は俺にはねぇよ。支部長も支部長補佐も、そして見回り隊長も俺も知らなかったんだ。少なくとも地武差支部には知ってるやつはいないと思うぞ?」
「そうか」
隣に座る男が嘘を吐いているかどうかは、一番付き合いの長い自分だからこそよく分かっている。素気なく答えると純多の意見を呑み込む。
「俺からも質問していいか?」
何も言葉を発しないということは肯定と取ってもいいだろう。話を続ける。
「昨日、俺たちの仲間が食べたおっぱい饅頭にも媚薬が仕込まれていたんだ。俺たちを疑っておいて、結局は『豊乳派』の仕業でした、なんて展開はないだろうな?」
「なんだと……?」
驚きを隠せない表情で純多を見つめる。
「それは本当なのか?!」
「俺の同期の
「『貧乳派』に恨みを持った輩が私怨で報復に出ることはあるかもしれんが、その情報は初めて聞いたぜい」
隣に座る男が動揺しているか否かは、一番付き合いの長い自分だからこそよく分かっている。
「つまり、『貧乳派』も『豊乳派』も同じように媚薬が盛られた饅頭を口にした、ってわけか。どちらも互いのことを認識していないってことは、第三者による可能性が濃厚だぜい」
「田打が食ったおっぱい饅頭は
「そこは隠さなくてもいいぜい?
「血生臭い戦いになるよりはましだろ?」
「違いない。話を戻すぜい」
公園に灯る明かりには蛾やカナブンのような虫が集まり、不気味な羽音を立てながら飛び回る。
「オレたちも越谷屋の饅頭が怪しいと思って何個か購入して調査しているところだぜい。っつっても、誰がどういう理由で混入させているか、っていう肝心なところは分からないけどな」
ここまで分かっていることは一つ。
饅頭に媚薬を混入させたのが『貧乳派』・『豊乳派』の誰でもないということだ。
ならば、何者かが媚薬の入った饅頭を販売していることになるのだが、自身のブランドに誇りを持っている老舗和菓子店が、そのようなことをやるとは考えられない。
「越谷屋の店員に黒幕がいて、そいつが媚薬入りの饅頭を販売しているという可能性は?」
「越谷屋は高級和菓子店だぜい?オレたちのように毎日おっぱい饅頭を購入するような輩は、コンビニとかで売っている安物で十分だよ。わざわざ高級な饅頭を買う意味もないし、もっと複数人を狙うんだったらコンビニとかスーパーの方が効率が良くないか?」
性癖を能力にして戦う者たちにとって、毎日のように消費するおっぱい饅頭は、質が高くて値段が高いものよりも低クオリティで大量に買えるものの方が好まれる。越谷屋で狙ってテロを起こそうとするのであれば、最悪の場合、全く関係のない一般人に媚薬入りの饅頭を売ってしまうリスクもあるだろう。
「じゃあ考えられる可能性としては、誰かが越谷屋の饅頭に媚薬を入れてから配っているってことか?しかも、俺たちが『貧乳派』・『豊乳派』と分かっていて手渡しで」
「越谷屋の饅頭を無償で配ってくるような成人君主、いるわけが――」
言い掛けて『豊乳派』の諜報員は息を吸い込む。
「……いるじゃねぇか。オレたちに選択的におっぱい饅頭を配っていたやつが」
言われて純多も同時に気づく。
越谷屋のおっぱい饅頭を常に所持していて。
その饅頭を他人に配っていて。
媚薬を混入させる時間的余裕と知識を持つ人物が。
それは――、
「「
セイファス薬品の社長の娘でありクラスメイトのフランス人・ポリンだ。
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