第24話:呉越同舟の食卓

「全く……。どうして僕が買い出しに行かなきゃならないんでしょうか?」

「決まってるでしょ?他のメンバーは手が空いていないからにゃん」


 ぶつぶつと小言を呟きながら眼鏡の大学生が道を歩く。


「ワンコ女は先日『豊乳派』の連中に殺されたメンバーたちの追悼、救世主さんは実質無能力、雑草ちゃんは昨日の件もあって体調に配慮して待機。暇な奴はお前しかいないにゃん」

「で、その実質無能力にカテゴライズされる触爪ふそうさんが、どうしてついてきたんでしょう?」

「暇だからにゃん♡」


 尻尾もネコミミもなくなったのに何故か黒猫っぽい、と視認させる不思議な服装の女子大生(訳あって貧乳になった)が隣を歩く。


「暇だからって……。他の勢力との交戦になったら僕が戦わなきゃいけないんですよ?」

「今や古すぎて化石と言っても過言ではない、守ってもらう系ヒロイン路線を目指しているみうにはぴったりだにゃん」

「自分で言いますかそれを……」


 太陽が傾きかけた晴天の中で市街地を歩き、遂に目的地に到達した。


「ここが越谷屋こしたにやか。僕みたいな庶民には用がない店ですね」


 何処か茶屋のような外見と雰囲気を持つ店舗の入口の上には、墨っぽいタッチで手書きされたようなレイアウトで「屋谷越」と書かれた木目調の看板がある。


「老舗茶屋っぽい外見なのに入口は自動ドアなんですね……」

「あくまで高級志向のお菓子を売っているチェーン店だから、それっぽい雰囲気が出てればそれだけでいいんだにゃん。さぁ、食玩を買いまくるにゃん。できるなら少しえっちなフィギュアがついてるやつ!」

「自分で高級志向のお菓子を売っているお店って言いましたよね?!食玩はないと思いますよ?!」

「ちぇーっ。残念だにゃん」

「先に言っておきますが、これは鬼頭きとうさんから支給された支部の資金なので無駄遣いはできませんからね?食玩があっても買いませんよ?」

「……「お母さん」って呼んでやろうかしら?」

「「幼女」って呼びますよ?」


 目的を完全に忘れている猫と並びながら入店する。


「いらっしゃいませ!」


 自動ドアを潜った先はレジになっており、ガラス張りになったレジのショーケースには高そうな和菓子がいくつも並ぶ。


(商品を購入せずに媚薬を混入させるのは、関係者以外無理そうですね)


 そのうちの一つであるおっぱい饅頭も例外なくショーウィンドウの向こう側に並んでいるため、第三者が手を加えるのは不可能だろう。


(首謀者が一度購入してから混入させていることになると、田打さんの交友関係を調べるのが早そうですね)


 製造者側が混入させた可能性もあるが、越谷屋は品質の高さを売りにする老舗高級和菓子店。自らのブランドに泥を塗るような行為をわざわざするとは考えにくいため、関係者が混入させたというよりは、既に購入された饅頭に後から入れ込まれたと考えるのが自然だ。


「どちらにするかお決まりでしょうか?」


 首を上げるとレジの向こうにいる女性店員と視線が合う。冴藤がジッとおっぱい饅頭を見つめているのを確認して購買意欲があると思ったのだろう。


「あ。ええと。このおっぱい饅頭を10個ほどいただけないでしょうか?」


 本当は全て買い占めて調査するのが一番なのだが、「買い占めをしてはいけない」という不文律ふぶんりつを破ることによって他の勢力を敵に回すことだけは避けたい。仕方がないので10個ほどを購入して、その中の饅頭に混入していないかどうかを確認する。


「ついでに、この猫さんのお顔の練り切りも一つ欲しいにゃん♡」

「お買い上げありがとうございます!」


 即座に訂正しようとしたが、お姉さんが練り切りを取る手の方が速かった。心の中で歯を食い縛りながら代金を払い、紙袋に購入した商品を詰めてもらう。


「……無駄遣いはダメだと言ったはずですが?」

「みうが食べたくて買ったんだから無駄じゃないにゃん」

「支部の資金を横領して私利私欲のために関係のないものを購入することを無駄遣いと言うんですよ!」

「分かった!分かったから、そんな恐い顔で早口で言わないでよ!恐いにゃん!!」


 何はともあれ目的は達成した。

 紙袋を両手で持ったまま帰ろうとすると、


「よぉ。副支部長さんだっけ?あんたも調査しに来たってところか?」

「厳密に言うのであれば支部長補佐役ですね。『豊乳派』とは組織構造が違うので、どれくらいの立場なのかは分かりかねますが」


 イートインスペースから聞き覚えのある声を捉えて脚の動きを止める。


「俺様たちも実地調査をしに来たってわけだぜ!一緒に食うか?」

「全く。関係ないものを買うなとあれほど言ったのに……」


 椅子に座ったまま能天気に手を振る多理体さわりたいやわらと、溜め息を吐きながら横目で睨む雨間里うまり大助たいすけだった。机の上には同じデザインの紙袋が置かれ、多理体の手には食べ掛けの練り切りが握られている。


「……僕たちのことを待ち伏せしていたんですか?」


 バスケ選手のユニフォームに身を包んだ少年と学生服の少年の二人組。

 はたから見れば部活帰りに買い食いをする男子高校生にしか見えないが、その実は地武差ちぶさ市に拠点を置く『豊乳派』において、エース級の実力を持つ猛者だ。


「ドンパチがお望みならいつでも受けて立つが、今回ばかりは本当に偶然でな!てめぇらと戦う気なんざねぇよ!!」

「媚薬を饅頭に混入させるにはどうしたらいいか。それを確認しようと思いましてね。ちなみにですが、ここは聖壁せいへき公園からも近く、戦闘禁止エリアに設定されているので、僕たちに手を出したらそちらの過失ですよ?お忘れずに」


 不文律を翳しながら店員に聞こえない程度のトーンで話す。


 向こう側に戦う意志がないというのであれば、こちらも火に油を注ぐ理由はない。触爪を連れて黙って店の外に出ようとするが、


「その練り切りも美味しそうだにゃん。みうは猫さんの練り切りだよん」


 がたごとと椅子を鳴らしながら性格そのものまで猫に近い女性が躊躇なく多理体の隣に座る。


「おっ。てめぇも練り切りにしたのか!栗羊羹とかも美味しそうだったけど、やっぱ練り切りって目を惹かれるんだよな!」

「しかも支部のお金をちょろまかして買ってやったにゃん♡人のお金で食べるスイーツは格別よん」

「はっはっは!俺様もどさくさ紛れに買っちまったぜ!!母さんの買い物カゴに、こっそり食玩のお菓子を入れるみたいで超スリリングだよな?!」


 もぐもぐと高級練り切りを口の中へと運ぶ触爪と意気投合する多理体。


「「これが自分より年上とは……」」


 台詞から溜め息のタイミングまで全く同じだった。

 眼鏡の少年と大学生は同時に溜め息を吐くと互いに顔を見合わせる。


 本当にこいつらが犯人なのか?

 と、お互いに疑問を浮かべるほどに和やかな時間が店の中で流れるのだった。


『貧乳派』と『豊乳派』。


 敵対する二つの勢力なのは確かだが、それ以前に普通の人間であり、高校生であり、大学生だ。

 性癖によって世界が分断されていなければ、それぞれがそれぞれに、もっと平和な日常を過ごしていたのかもしれない。


 そう心の隅で思いながら冴藤は触爪が食べ終わるのを待つのだった。


 呉越同舟の食卓で――。

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