第21話:性癖抗争の天秤

「随分と派手にやってるにゃん♡」


 鬼頭きとうたちが死闘を繰り広げる一方、触爪ふそう美宇みうは建物の入口から顔だけ覗かせる。


「話が聞こえてきたけど、一番槍と殿しんがりが何とか、って言っていたな」


 同じく残念ながら出られる機会がなさそうな少年・棟倉むねくら純多じゅんたが少し離れた場所から話し掛ける。


「『豊乳派』の一番槍・多理体さわりたいやわらと殿・雨間里うまり大助たいすけ。本気で殺しに来てるにゃん♡」

「そ、そんなにヤバいやつらなのか……?」

「一番槍の意味そのままに敵陣に真っ先に突っ込んで防御を崩し、後援後続が進軍できるように道を整えるポジションだにゃん。下手すると二手目三手目の攻撃を加えるべく、別の部隊が支部の周囲に控えている可能性もあるわねん」


 ゆっくり歩くと誰もいなくなった談話スペースのソファに、どっしりと尻を沈める。


「じ、じゃあ、」

「拙者たちも加勢した方がよいでござろうか?!」


 髭を生やした初老の男性と中年太りの男性が話に加わるが、


「みうたちが行ったところで邪魔になるだけだし、お前たち二人は戦力外にゃん。大人しくみうの手足となって、ジュースでも持って来るのだー。あ、できるならミックスジュースがいいにゃん。ちょうど飲みたい気分だし」


 脚を組んで偉そうにふんぞり返りながら二人を我が物顔でパシる。


 一方の二人も断ればいいのだが、パシられることを逆に快く思っているのか、少し幸せそうな顔をしながら我先にと支部に備え付けらえた冷蔵庫まで走ると、グラスに注いで持ってくる。


「それにしても、あの二人を『貧乳派』に差し向けるなんて珍しいわねぇ」

「そんなに特異なことなのか?」

「大事も大事よ。救世主さんは日が浅いから知らなくても仕方がないか」


 受け取ったジュースのストローに口を付ける。


「本来、『貧乳派』と『豊乳派』は氷炭相容ひょうたんあいいれない仲なんだけど、実は、それほど仲が悪いわけでもないんだにゃん」

「……どういうことだ?」

「簡単よ。それがプラスとマイナスのようにベクトルが違うから、血で血を洗う抗争を繰り返しているんだけどにゃん」


 座るように促されるが、鬼頭たちが戦っているというのに呑気に座ってられない。立ったまま話の続きを静聴する。


「……っていうのはさておき、本当の理由はってことが大きいんだにゃん」

「どちらかが滅びればどちらかがいた場所が空席になり、その空いた場所を狙って、いろんな勢力の対立が激化するってことか」

「そ。だから巨大勢力VS巨大勢力の構図がずっと続いていた方が、お互いに都合がいいんだにゃん」


 性癖で争うこの世界において、最も人口が多い勢力が『豊乳派』、次が『貧乳派』だと言われている。


 逆に言えば、この二つの勢力が世界を分断した性癖争いにおいて常に中心的存在であるが故に、その影に隠れて水面下で暗躍できる少数派たちがいるのも事実なのだ。

 

「その天秤のバランスが崩壊した瞬間、疲弊した状態の勝ち勢力を集団で潰そうと、いろいろな勢力が喧嘩を吹っ掛けてくる可能性が高いのよ。それこそ、何処かで息を潜めている伝説の性癖・ドラゴンカーセックスがこれ見よがしに動き出すかもしれないにゃん」

「だけど『豊乳派』の奴らは、そのバランスを崩壊させるために精鋭部隊を使って俺たちを攻撃してるってことだろ?一体どうしてなんだよ?!」

「そこだにゃん♡」


 グラスの中に入ったジュースの水面みなもを揺らす。


「……ここからは完全にみうの予想だけど、一番考えられる可能性としては、『豊乳派』に強力な後ろ盾が付いた、ってことじゃないかにゃん?『貧乳派』を倒して均衡を崩壊させてもなお、他の全勢力を相手取ることができるほどの力を握った存在をね」

「まさか、『豊乳派』がドラゴンカーセックスと手を組んでいるってことか……?」

自己暗殺性愛オートアサシノフィリア、マトリョ-シかん、スフィンクス姦、鏡越し性愛エクスペクトロフィリア。ドラゴンカーセックスが最強というだけで、それに比肩する最強クラスの性癖はたくさんあるのよ?」


 どれも聞いたことがない純多。性癖の深淵を覗いた気分になる。


「お?誰かが戻ってきたぞい?」


 髭の男の声に振り向くと、一人の少女がふらふらと歩きながらこちらに向かってくるのが見える。制服のスカートのポケットからはみ出たうさぎのぬいぐるみを見れば、誰なのかは容易に判断できた。


「雑草ちゃんじゃん。負傷して戻ってきたのかにゃん?ほら、早く行くにゃん救世主さん。ここは頼れるおとこであるところを見せてやれにゃん」

「自分からは動かないんですね……」


 ぱっと見の外見では血液の付着・負傷・衣服の破れなどは見受けられないが、お互いに組織に入って数日しか経っていない身だ。功労をねぎらうべく駆け寄る。


「よぉ田打たうち。よく頑張ったな」


 顔は俯き前髪で目が隠れ、息も荒い。

 さらに汗を流しているうえに顔も紅潮していた。相当大変だったのだろう。


「俺たちは日が浅い。後は先輩たちに任せて俺たちは時間を掛けて強くなっていけばいいんだよ」

「む、棟倉くん……」

「おっと、」


 今は『『貧乳派』の救世主』としての力を宿していないため、ふらりと倒れそうになる田打の両肩を掴んで正面から支える。


「大丈夫か?歩けるか?」

「ありがとう棟倉くん……。あっ、あぁあああっっ!!!」

「どうした田打?!!」


 不自然に震えた少女の顔色を窺うために目線を合わせると、こちらまで掛かるほどの荒い吐息を漏らす。


「棟倉くん。私、もう抑えられないの……」


 その両手が優しく純多の頬を抑える。まるで高熱にうなされているかのような熱量を持つ、細く白い指だった。


「何が抑えられないんだ?俺にできることであれば何でも――」


 風邪か?熱か。

 それとも何かの病気か?


 力になってやるべく少女から情報を聞き出そうとした直後だった。


「んっ」


 目の前にあった少女の顔との距離が突如としてゼロとなり、二つの唇が重なる。

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