第20話:不文律のタブー
「は、はわぁ……」
「お疲れ。と言いたいけど、まだ気は抜いてはいけないね」
眼鏡のブリッジを指で持ち上げながら
「今から
「あの……。私……、支部に戻ってもいいでしょうか?なんだか身体じゅうの力が抜けちゃいましてぇ…………」
少女の様子を
能力の使い方に慣れていないために全力を出し切ったのか、肩で荒い息をし、顔は紅潮していた。
(慣れてないうちは仕方がないか)
首筋を伝った汗が少女の白い肌を艶めかしく濡らす。膝は少しだけ笑っているように見えるし、これ以上戦闘を継続させるのは酷だろう。
「分かった。離脱したことは僕が伝えておくよ。
「あ、ありがとうございます」
少女は一礼すると、ゆっくりとした足取りで背中を向けて歩み出した。
相手が花も恥じらう乙女が相手なので言い出せなかったが、下腹部を押さえているようにも見えた。腹痛でも起こしたのだろうか。
☆★☆★☆
「どう思う?」
「どう思うも何も、あの数が相手となるとオレたち二人で押さえるのはキツいな!」
落石のように山の上から転がってくる巨大バスケットボールの群れを見ながら鬼頭と
「だが、それは防ぎ切ろうとすれば、の話だがな」
「というと?」
「
「なるほど。違いないな」
やることは決まった。
ならば、うかうかしている暇はない。
ポニーテールの支部長がアスファルトの捲れた駐車場にスコップを刺すと、刺した場所を中心に隠れていた落とし穴が出現したかのように地面が掘削される。
「どうしたどうしたぁ?!文字通り墓穴を掘ることにしたのかあ?!!」
空から嘲笑が聞こえてくるが構っている余裕はない。
「今度はオレの番だっ!!」
二人を生き埋めにせんと
「ふんっ!!」
穴を塞ぐように鉄板を展開。暗くなった頭上からゴロゴロと大きい物体が通り過ぎる音が聞こえる。
「……で、どうすんだこれから?やり過ごしたことにはやり過ごしたけど、鉄板の隙間から顔を覗かせた瞬間に首がすっぱり、とかだったら嫌だぜ?」
「鉄板をどかした瞬間に生き埋め、っていうのも恐いな」
大量のボールを何とかやり過ごすことができたものの、鉄板に阻まれた状態では相手の動向が何一つ分からない。
「かと言って、こっから出ないわけにもいかねぇだろ?」
「まずは生き埋まらないようにするのが先決だな」
籠城するにしても鉄板でみっちりと密閉してしまったため、このまま居座り続けていれば酸欠になってしまう。次の手はどう出るかを考えていたところで、
「あー……、もしもし?その必要はねーぜお二人さんよ」
ごんごんと鉄板を叩く音と『豊乳派』の一番槍・
「これ以上戦っても決着がつきそうにないからな。一旦退くことになったんだよ!命拾いしたなてめぇら!!」
「随分と律儀だな。引きたければ勝手に引けばいいのに」
こちらを
それとも本当に和議を求めているのか。
相手の反応を待つと男の声が続く。
「一言物申したいことがあってな。今回俺様がてめぇらを襲ったのもそれが理由だ。不意打ちなんてしねぇから、さっさと出てこい!」
「そう言って、のこのこ出てくる馬鹿がいるか?」
「そっちこそ大切な仲間のこと忘れてんじゃねぇの?!てめぇらの相手をしているうちに支部の中から雑魚共がわらわら出てきやがったんだよ!!さすがの俺様でもあれだけの数は捌き切れねぇから、ここいらで出直すことにしたぜ!!だから、とっとと出てきやがれ!!」
「……」
敵の提案を飲むのは腑に落ちないが、能力で編み出された鉄板を消して穴からモグラのように顔を覗かせる。
どうやら攻撃を防ぎ切った冴藤が支部へと戻り、反転攻勢へと出るべくメンバーたちを率いてくれたようだ。建物の前には能力で生成したと思われる
「な?見ただろ?無計画にあそこに突っ込むほど俺様もバカじゃねぇからな!!ここは賢く退散ってわけだ!!んじゃ、最後に一つ言いたいことがあるから、俺様の言うことをよく聞け!!」
穴の縁にしゃがんでこちらを見下ろす多理体と目線が合う。
「
「……何のことだ?」
「こんな卑劣な手を使うのは貴女たちくらいしかいませんからね。
隣に立つ
「じゃあな!もう一回てめぇらと戦うことにならないように祈ってるぜ!!」
それ以上は何も語ることはなく、だむだむとボールを突いて背中を向けるが、
「仲間を殺されて易々と帰すと思うか?」
穴から這い出てスコップを剣のように向けると、その先端を怨敵へと向ける。
「死んだ仲間の無念は、ここで清算させてもらおう!」
「……だとよ
「僕には
バスケのユニフォームを着た少年が走る中、眼鏡の少年はスコップを構えて宿敵と相対する。
「随分と頭に血が上っているようですね。怒るのは身体に良くないですよ?」
「心配どうも。さっさとそこを退いてくれないか?」
「できるわけないじゃないですか?」
はぁ、と溜め息を吐く。
「そうか。なら、君を倒せばいいんだな?」
「できれば、ですけどね」
スコップとスコップ。
互いに同じ武器を持つが、全く方向の違う能力の二人が向かい合う。
「はあっ!!」
真っ直ぐに駆けたのは鬼頭。
単純かつ素早く踏み込み、少年を突こうと試みる。
「やれやれ。僕には戦う意欲がないことを知っていただきたいものだ」
対して少年はスコップを使い、じゃらじゃらと音を鳴らしながら銀色に光る小さな玉を何個も空へと投げ上げた。
その銀色の玉の正体は、何の変哲もないごく普通のパチンコ玉だった。
銀色の玉は宵闇に染まり始めた空の光を反射すると、黒っぽい光を放つ。
直後、
「ぐううっ!!」
巨大鉄球へと変化して進路を阻むように落下。重々しい地響きを轟かせながら砂埃を飛ばす。
「僕たちが大きくできるのがバスケットボールだけだと一言でも言いましたっけ?この通り、触れた物体は何でも大きくすることができるんですよ。それでは、ここでお
鉄球の向こうから少年の声と遠ざかる気配が聞こえる。
「くそっ!!」
同じ要領で鉄球を小さくすれば追い駆けることは造作もないが、このような手品を使われては何処にトラップが仕掛けられているか分からないため、迂闊に追走するのは危険だ。
力任せにスコップの腹で鉄球を叩くと、巨大鉄球は元のサイズに戻った。
☆★☆★☆
「崖野森よ。『一番槍』が、おっぱい饅頭に変なものがどうとか、って言っていたな。何か知っているか?」
「さっっぱりだな!そもそもの話、おっぱい饅頭に毒物を入れるのは
不文律とは、性癖と性癖の戦争において取り決められた暗黙の了解のことだ。
「聖壁公園の周辺を戦闘禁止区域として定め、その周辺で争ってはいけない」、「おっぱい饅頭を製造する工場の破壊や買い占めを行ってはならない」、などの規則があるが、そのうちの一つに「おっぱい饅頭に毒物を仕込んではならず、また、毒殺に用いてはならない」というものがある。
これらの規則をいつ、そして誰が決めたのかまでは分からないのだが、全員が全員これらのルールを守った方が互いに無駄な敵を作らなくて済むから効率的である、と考えており、能力者たちはこれらのルールを遵守している。
「僕も全く見当がつきませんね。つまり僕ら『貧乳派』には、おっぱい饅頭に毒物か何かを混入させた嫌疑が掛かっている、と」
こちらに小走りで駆けてきた冴藤と合流し、三人で意見を交わす。
一都道府県の一市町村にある一部署に過ぎないため、組織の行動全てを把握しているわけではないし、中には好戦的で暴徒化一歩手前まで来ている支部もあるという。
しかし、おっぱい饅頭に何かを混入させる行為を何処かの部署が行った事実があるとするならば、その件に関して上長や統括部からの注意喚起があってもおかしくないはずだ。
上層部は今回の混入事件について把握しているのだろうか。
それとも、あらましは把握しているけど事実確認を調査中で、情報開示に慎重になっているのだろうか。
「まぁいい。とりあえず支部に戻って会議に掛けてみよう。……ん?田打は何処に行った?」
「かなり疲弊していたので先に戻しました。能力を使った戦闘は彼女にとって初めてだったわけですし、無理もないでしょう」
「そうか……。慣れないうちは大変だな。それにしても、」
製鉄所に背中を向けて惨状を見る。
巨大バスケットボールによって穿たれたクレータ。
アスファルトを砕きながら隆起した地面。
道を塞ぐように不規則にならんだ巨大パチンコ玉。
襲撃によって大破して転がる構成員たちの車。
そして、鬼頭が攻撃を回避するために掘った、人がすっぽり入れる程度の直径がある大穴。
「どうしようかなこれ……。直すのにどれくらいの費用と時間が掛かるのだ?」
『貧乳派』の人間も『豊乳派』の人間も。
地面をボコボコにすることはできても、それを戻すことはできないのだ。
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