第19話:一番槍と殿
性癖をモチーフとした異能力を目の前にすれば、数による軍勢の差など関係ないということを。
そのたった二人が強力な能力を持った能力者であり、こちらの勢力を壊滅させるために派遣されたエースであるということを。
「『貧乳派』の支部っていうくらいだから、もっと堅牢な造りかと思ったが、こんな寂れた工場に扮していたとはな!」
「工場と言うよりは作業所と言ったところでしょうか。ま、どうせ僕たちが潰すので、どちらでも変わりませんが」
まるで隕石でも落ちたかのようにドーム状に凹んだアスファルトの真ん中に、二人の少年が立っている。
一人はバスケの選手のようなコスチュームに身を包み、手には血の着いたバスケットボール、肩には部分部分が赤くなった白地のタオルを掛けていた。血液がべっとり付着したボールを除けば、バスケの試合中に抜け出してきた、と言われれば何も違和感のない姿だ。
もう一人は純多たちが通う高校とは別の制服を着た眼鏡の少年だ。手には白い軍手を装着してスコップを持ち、腰には同じく部分部分が赤くなった白地の手ぬぐいを提げている。
二者のタオルが白と赤のデザインなのか、それとも純白のタオルが血を吸って赤くなったものなのかは知らない方が良さそうだ。
「……敷地の外で見張っていたオレの部下がいたはずなんだが、そいつらはどうした?」
クレーターの上に立つ二人の男は、どう見ても味方が放つ雰囲気ではない。おっぱい饅頭を齧りながら
「ん?あれ見張りだったのか?……まぁいいや。このバスケットボールを見れば分かるだろ?
ぎりりっ。
「さて、そこの見回り隊の隊長さん、……だっけか?俺様が来たということは、これから何が起こるか分かるよなぁ?」
「……知らねぇな」
「まぁたまた!!
人差し指を立てると、その先端でくるくるとボールを回す。
「俺様もいろんな名前で呼ばれるから、分かんなくても無理ないかも知れねぇけどさ!……そうだなぁ、『『豊乳派』の一番槍』って言ったら、ちっとはヤバさが分かるか?」
指を引っ込めて回転するバスケットボールを離すと地面にバウンドさせる。
「そして、その『一番槍』と言われる俺様が敵陣に乗り込み、敵陣営の見張りをぶっ殺してここまで来ました!!っと。……ここまで丁寧な説明をすれば、後は赤ちゃんでも分かるよなあ?!」
横回転するボールは不規則に曲がりながら天高く空中へと跳ね上がると、
「そんじゃ、手っ取り早く始めまーす!……さっさと潰れちまいな!!」
一気に巨大化して脅威的な質量を持つ塊と化す。
その急激すぎる膨らみ方と大きさは空気を入れられた風船のようだが、こちらを殺すつもりで来た人間がそんな生易しいものを頭上から落とすはずがない。
「
「分かっています!」
複数の人間を同時に肉塊にできるほどの巨大バスケットボールを鬼頭はスコップのヘッド部分で、冴藤は生成した
「ふんっ。さすがオンボロ支部のトップと言ったところだなぁ!!」
「素早く的確な対応ですね。敵ながら見事、と花を送っておきましょう」
『貧乳派』の者たちが持つ『触れた物体を減らす能力』によって元のサイズに戻ったボールが『一番槍』の足元へと転がっていく。
「鬼頭さんっ!」
「残念だが
「……分かりました」
「
「わ、私も戦います!」
金髪の少女から貰った
「もう雑草なんて呼ばれたくありません。……いや、呼ばせません!!」
饅頭を噛むその力強さに強い意思が籠められているのを汲み取った鬼頭は静かに頷くと、
「じゃあ、こちらは崖野森も合わせて四人。数では有利だな」
「おいおい。なーにいきなり話し合っちゃってんの?どうせなら俺様も話に加えてくれればいいのに」
だむだむとボールを突きながら恨めしそうに眺める『一番槍』。
「相手は何人で僕たちの相手をするか相談しているみたいです。残念ながら僕たちは話に参加できませんよ?」
「あのさ、オレが言うのも何だけど、あんたは戦わねぇのか?」
先ほどからスコップを構えたまま様子を窺っている眼鏡の少年に崖野森が怪訝な表情を向ける。
「僕ですか?戦うことには戦いますが、僕は
「じゃあ
「まぁ、そういうことになりますね。自分で言うのも何ですが」
軍手に包まれた指で頬を軽く掻きながら受け答える。
兵法において、一番槍は君主から最も信頼が厚く勇気がある者・殿は武力の高い者が務める役職である。
つまり、この眼鏡の少年には敵の追撃から身を守りつつ、そのまま逃げ切れるだけの技量があることになる。
「あーっ……。そろそろいいか?身体を動かさないと退屈すぎて死んじまいそうなんだが?というか、気持ちよく戦っている最中に俺様の断りもなく中断してるんだぜ?お前ら?自覚あるか?」
身体の脇で暇そうにボールを突いてはいるものの、その瞳は小動物を狙う猛禽類のように鋭い。
「んじゃ。素敵なショーの再開っと。さっさと潰れちまいな!!」
今度はオーバーハンドで空中に投げ上げると、夕焼けの空の上に二つ目の太陽が現れたかのように制止する。
そして、
「冴藤、田打!!二人で抑えられそうか?!」
肥大化したボールはアスファルトに影を落としながら、ゆっくりと地面に向かって落下する。
「はわっ!!私にできるでしょうか?!」
「大丈夫。足りない分は僕がカバーするから、二人はそのまま行って!!」
「頑張れよ嬢ちゃん!!」
パワーの差と人数では、こちらが勝っている。
ならば、高火力で一気に叩き込むだけだ。
見回り隊隊長と
が、
「やれやれ多理体君。脇ががら空きですよ?そんなことでは一気に畳みかけられてしまうではありませんか?」
眼鏡の少年がスコップをアスファルトに一突きすると、まるで地底から巨大なモグラがせり出そうとしているかのように『豊乳派』の二人が立っていた地点を中心として地面が隆起し、急な地形の変化に耐えられなくなったアスファルトが破片となって宙を舞う。
「なっ……!!」
「驚きました?僕たち『豊乳派』の『触れた物体を増やす能力』を使えば、こんな回避だってできるんですよ?『貧乳派』のあなたたちなら、とっくに知っていると思いますがね」
天高く聳え立つ山の
「……さて、ここからは単純な物理の問題です。僕が得意とする物体の隆起と多理体君が得意とするボールを巨大化する技。この二つを兼ね揃えたらボールはどうなるでしょうか?さぁ、やりたまえ多理体君!」
「おいおい。俺様の方が年上なんだぜ?」
上を見上げていたからすぐに気づけた。
ゴロゴロと雷が落ちたかのような音を鳴らしながら大量の巨大バスケットボールが隆起した坂を転がる。
「っ!!」
「こいつはヤベぇな……」
多理体の能力はバスケットボールを巨大化させる能力ではなく、
一つ一つの直径が成人男性よりも遥かに大きい大量のボールが、次々と頭上から降り注ぐ。
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