第18話:初代支部長
「れ、歴史学科って、どんなことを学んでいるんですか?」
高校生にとって大学とはどのようなものなのか非常に興味がある。
一つの長机を四つのロングソファで囲った、通称談話スペースと呼ばれる場所で羊羹と一緒にお茶を堪能しながら、
「織田信長が書いた書物を読んだり、お寺に行ってお地蔵さんを掘り起こして魚拓を取ったり、目を輝かせながら墓石を眺めたり、朝早くに現地集合してお祭りに参加したりするにゃん」
「
「それに、お地蔵さんにするのは魚拓じゃなくて拓本ですよ?」
「ぶーぶー。みんなに分かりやすく魚拓って言っただけなんだにゃん」
「はわわっ……。お地蔵様の魚拓を取るってことは、お地蔵様に墨を塗るんですよね?ば、
「教授が寺の住職から事前に許可を取ったうえでやってるし、お地蔵さんに直接墨を塗ったりなんてしないよん。お地蔵さんの上に軽く水で湿らせた紙を乗せて、その上から墨を付けた筆で塗って拓本を取るんだにゃん。そして、終わったら、ちゃんと元の場所に戻してるにゃん」
「随分とフレンドリーなお寺だな」
「大学教授は全員が先生であると同時に研究者。特に歴史を研究している教授が神社仏閣を訪れるのなんて日常茶飯事だから、教授と住職は既に顔見知りの仲良しさんにゃん」
歴史を研究するのであれば対象となる古文書を解読・閲覧するために、古文書が保存されているお寺や博物館に何度も出向くことになるため、当然と言えば当然か。
説明されて納得する一同。
「同じ文学部なのに僕の日本文学科とは全く別のことをしていますね」
「そ、それでも、何だかいけないことしている気がします……」
「仕方ないわよん。その拓本を提出するまでが講義の内容になっていて、やらないと単位がもらえないから卒業できなくなっちゃうんだにゃん。それとも雑草ちゃんが、みうといけないことをやるにゃん?♡」
「や、やめてください……!く、くすぐったいです~!!」
「うりうりー。ここ?ここが弱点かにゃん?」
「雑草なんかじゃありません」発言以降、「雑草ちゃん」と触爪に
(こんなのでいいのかねぇ……)
殺伐としていてバタバタしているのも嫌だが、のんびり談笑しているだけというのも何か違う気がする。ぶつ切りにされた羊羹をお茶と一緒にしばきながら、ぼんやりとそんなことを考える。
「先ほどから話に加わってないが、どうした?
いつも赤いジャージを身に纏っている
「いや、俺たちさっきからのんびり話しているだけだけど、このままでいいのかなって」
折角の機会だ。
正直に思ってることを述べる。
「ん?まだまだ走り足りないって??だったらもう三周くらい走ってくるか?」
「言ってませんよ?!走るのはもう十分ですって!!」
「勘違いするなよ棟倉。君は、ちゃんと『貧乳派』のメンバーとしての仕事を全うしているじゃないか?」
「??俺が何をしているっていうんです?」
支部に着いてからの今日一日の行動を振り返ってみても、談笑してジョギングして談笑しながら羊羹を召し上がってるだけだ。
一呼吸置くと少女は一言だけ告げる。
「
ことり、と手に持っていた湯呑みを静かに置く。
「人間というのは想像もしていないくらいに、あっさりと死んでしまうものだ。不思議な能力をぶつけ合う私たちのような身の上だと特にな」
ポニーテールを揺らしながら後ろを一瞥する。
距離があるためここからは見えないが、遥か遠くには一人の男の遺影が飾ってある。
「昨日まで生きていたやつの身体が冷たくなって、『今まで生きていたやつ』になってしまうことなんて当たり前のようにあるんだ。……いや、
思わせぶりな濁し方に冴藤が補足する。
「棟倉くんも一度は目にしたことがあるでしょう?あの遺影。彼は『貧乳派』
「っ!!」
無意識のままに息を吸い込む。
「彼――
「ふぅん。あの男、死んでたのかにゃん。マッチョな上に能力も強い、さらに性格も良くて完璧な男だったのにな」
戦場は優しいものから死んでいく、とはよく言ったものだ。
もぐもぐと口の中で羊羹を咀嚼しながら小声で話す触爪。
「私は薙唐津さんが死んだ時に思ったのだよ。「人間って、急いでも急がなくても、死ぬ時は簡単に死んでしまうのだな」って。焦らずにゆっくりやればいいし、みんなが生きていてくれるだけで私は十分だ」
「あの事件があった日から、僕たちは焦らないし、ゆっくりやることにしているんだ。僕たちの上長に当たるA知県支部の支部長とも話し合ったうえで、ちゃんと承認されたやり方だよ」
「言っておくが薙唐津さんのやり方を否定しているわけではないぞ?彼が死ぬまでは、あれはあれで悪くないと私は思っていたし、何より私は組織の中ではずっと、あの人の背中を見ながら動いていたからな」
「『貧乳派』は巨大勢力の一角だから、小さい勢力に頻繁に攻め入られるようなことはそんなにないだろうし、ゆったりやるのもそれはそれでいいんじゃないかしら?……最も、『貧乳派』のような大きな力を持つ組織じゃないとできないことだけどね」
「…………」
薙唐津縁喜という男のことが分からないため、これほどの重い話に純多と田打が入る余地はなかった。
純多はお茶を啜りながら静観に徹し、田打は今にも湯呑を落としてしまいそうなほどに動揺し、その小さな手は小刻みに震えていた。
湯呑みから立ち昇る煙は亡者を死後の世界へと導く線香の煙のようだった。
そんな重苦しい会話と空気が流れたのも束の間、
「まじぃことになった……」
焦った様子で飛び込んできた、警備員のような見た目をした男がソファに尻を沈めると横柄に腕と脚を組む。
「(あの人誰ですか?)」
席を譲るために立ち上がった純多が同じく起立した冴藤に小声で話し掛ける。
「(地武差支部見回り隊の隊長・
外見からすると30代半ばといったところか。身体はしっかりと鍛えられており、比較的厚手である制服の上からでも筋肉の形が見て取れる。
「何が起こったんですか?」
「『豊乳派』の奴らが武力行使に出た。オレたち見回り隊が
「何だとっ!!」
肩を怒らせて飛び出そうとする鬼頭を片手で制しながら、眼鏡の青年は冷静に聞き取りを続ける。
「敵の数は分かりますか?」
「
「二人?」
思わず首を傾げる純多。
こんなに焦るということは、もっと200人くらいの軍勢が攻め入ってきたのかと思ったが、たった二人。それだけの人数相手に、これほどまでに取り乱す必要が何処にあるというのか。
この疑問に対しては一瞬で答えが出される。
「はわわっ!!地震ですか?!」
「敵襲だ!!総員臨戦態勢を取れ!!」
身体全体を揺さぶるような大きな振動と、圧倒的な質量を持った何かを叩きつけたような音が敷地内に響き渡る。
「もう来たのか?!いくら何でも早すぎるだろうがっ!!」
戦闘能力を持たない触爪以外の、純多・鬼頭・冴藤・田打・崖野森の五人が外に出ると、
「おいおい!もうくたばっちまったのか?!随分となよい奴らだな!!」
「いけませんよ。ボール遊びはもっと広い場所でやらないと」
敷地にできたクレーターの真ん中に、血の着いたバスケットボールを持った少年と、軍手を装着した制服の少年が立っていた。
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