第17話:迷子のうさぎさん

「はわわわ~っ。もしかしなくても、これって迷子ってやつですかぁ?!」


 今日は火曜日。

 初めて薙唐津ちからづ製鉄所に案内されたのは昨日で、しかも鬼頭きとうの案内があったが故に辿り着けたことを完全に失念していた。田打たうちは袖を濡らしながら周りを見渡す。


 市立地武差ちぶさ高等学校は市街地にあった山を切り開いて作った学校であるため、周辺地域にあるのは何処か古臭い一軒家か、真新しいが故に浮いている新居のみ。目印になりそうなコンビニやスーパーマーケットなどはなく、古い住宅街特有のくねくねとした歩道のない道が延々と続く。

 

「はわわ……。何処なんですかここ?迷宮か何かですかぁ?」


 家並みは決して低くはなく、一本道であるにもかかわらず不自然なカーブを描いているため先を見通せない。

 高校進学を機に両親の元を離れ、祖母の家から通っている土地勘ゼロの少女には終わりのない迷宮のように感じる。


 絶望しながら錆びたカーブミラーを見上げると、スカートのポケットからはみ出たうさぎの顔を発見する。スマートフォンに付けていたストラップで、いつもぶら下げているものだ。


「……っ!!そうだ、スマホ」


 製鉄所というくらいなのだから、GPS機能を使えば場所を調べることができるはず。

「高校生になったんだから、とりあえず持っておきなさい」と言われて親から渡されただけなため、不慣れな手つきで操作して地図機能を呼び出してみるも、


「あれれ?何で地図に出ないんでしょう??」


 周辺に『薙唐津製鉄所』という名前の施設は見当たらないし、地図内で検索してもヒットしない。製鉄所であるため、完全に地図から削除されてしまっているということか。


「私の調べ方が悪いのでしょうか……?ど、どうしましょう……?この地図を頼りに学校まで戻って、もう一度考え直した方がいいのでしょうか?」


 とは言っても、学校まで戻ったところで製鉄所に辿り着けるわけではないため、問題の解決には至らないのだが。


 住宅街の真ん中で右往左往していると、


「困っているならお友達に電話してみたラ?」

「そ、それが、昨日は慌ただしかったので、連絡先を交換してなくて……、って、はわわ~っ!!」


 声を掛けられた。

 いつの間にか隣に立っていた金髪の少女に時間差で驚く。


「あ、あなたは……?」

「ワタシ、ポリン=セイファスだヨ。エトワあなたは?」

「え、えと。田打円広まひろです」

「じゃあマヒロだネ!」


 あどけない表情を見せながら微笑む。


「もしかして迷子なノ?」

「は、はい。お恥ずかしながら……。ここら辺の土地事情には全然詳しくなくて」

「何処に行こうとしているのかナ?」

「え、えと。製鉄所、です」


『貧乳派』の支部がある秘密基地的な場所なので、馬鹿正直に言うわけにもいかない。

 少しだけ目的地をぼかす。


「製鉄所ネ。規模にもよるけど製鉄所なら敷地面積が大きいはずだから、地図を少し引きで見て広い土地を探してみれば分かるんじゃないかナ?」

「なるほど……。参考になります」


 彼女の方がよっぽど達者だった。

 自分のタブレットの上を踊るように動く他人の指に刹那の時間見惚みとれる。


「ここかナ?この場所からそんなに遠くなさそうだから、一人で行けそうだネ」

「一緒に来てくれないんですか?」

「ワタシが行きたい場所とは方向が違うからネ。……あ、そうダ。日本のことわざで「袖振り合うも他生たしょうの縁」って言うでショ?袖が長いアナタに逢えたのも何かの縁だし、これをあげるヨ!」


 越谷屋こしたにやのロゴが書かれた紙袋からおっぱい饅頭を一つ出すと、手を差し出して渡す。


「そんな……。いいんですか?これ?高そうなお菓子ですけど……?」

「いいヨ。それよりも、ここのおっぱい饅頭大好きだから、ワタシはみんなに広めたいんダ。幸せのお裾分けだヨ。オルボワーじゃあネ!」


 金髪の少女はツインテールを靡かせながら小走りすると、緩やかなカーブの向こうへと姿を消した。


「っと、こんなところでボーっとしている場合じゃありませんね。早く皆さんの所に行かないと。ええと、地図からするとこの道を真っすぐ進んで……」


 スカートのポケットの中にお菓子をしまうと、ポリンとは逆の方向へと進み出した。



☆★☆★☆



「や、やっと到着しましたぁ~。って、はわ?」


 背中を曲げて脱力し、ふらふらと蛇行しながら製鉄所に着くと、何故だかみんながジョギングしていた。


「遅かったじゃないか田打。何か用事でもあったのか?」


 建物の角からジョギングしながら曲がってきた鬼頭がこちらに気づくと、その場で足を止める。


「あの……、迷子になっていました……。私、方向音痴でして…………」

「そういえば、場所もろくに教えていなかったし、連絡先の交換もしていなかったな。それなのに、棟倉むねくらはよく場所が分かったものだな」

「通学路からそれっぽい建物が見えていたので、何となく見当がついていただけですよ」


 後ろの方で話を聞いていたらしい。「やっほー。雑草ちゃん♡」と言いながら触爪ふそうも歩み寄る。


「わ、私は雑草ではありませんっ!」

「雑草の中でも綺麗な花を咲かせるやつとか、花壇に埋まってる花よりも株がおっきくなるやつあるでしょう?!雑草の中でも一際ひときわ存在感の強い雑草って言いたかったんだにゃん?!」


 地面に落ちているドングリを拾ったら穴から虫が出てきたように、気弱だと思っていた田打が「雑草」という単語に反応していきり立つのを見て、おっかなびっくりしながら慌てて言葉を訂正する。


「……何ですか、それ?」

「キング・オブ・雑草にゃん。他の花とは違った存在感を放つ、立派な雑草になるんだぞう」

「それを言うならクイーン・オブ・雑草だと思うんですけど?女性に対して失礼じゃないですかね?」


 最後に支部の副支部長が登場だ。英語が弱い先輩に物申す。


「むぅ。言われてみればそうなのかもしれないにゃん。でもほら、シンプル・イズ・ベストだって英文法的には、シンプル・イズ・・ベストになるはずにゃん。これはこれでありなんじゃ?」

「昨今は看護を看護に言い換えたり、そういうのに敏感な世の中だからな。間を取ってトップ・オブ・雑草にすれば雑草の頂点ってことになるわけだし丁度いいんじゃないか?」


 雑草論争に終止符を打つべく純多じゅんたが調停に入る。


「さすがトップ・オブ・『貧乳派』!!本物が言うと器が違うにゃん♡」

「む……。『貧乳派』のトップは東京にある統括部のトップを務める統括部長様であって、棟倉ではないぞ?」


 言葉が引っ掛かったのか鬼頭が訂正する。


 純多が『『貧乳派』の救世主』であるのは確かなのだが、それはあくまで肩書きであって、『貧乳派』という組織そのもののトップは、世界じゅうの大小様々な『貧乳派』の組織を束ねる機関である統括部の長・統括部長なのだという。


「能力の高さはトップだけど社会的地位はトップじゃない。なかなかややこしいね」

「あー……。こんなところで立ち話もアレだし、談話スペースでお茶でも飲みながら話さない?みう、走りまくって喉カラカラにゃん」

「それもそうだな。よく走ったことだし休憩を挟んでもいい頃合いだろう」


 五人の中で年長者だからか鬼頭は触爪の提案に乗ることが多い。

 鶴の一声ならぬ猫の一声で、ぞろぞろと製鉄所の中へと吸い込まれていった。

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