第15話:三人の食事事情

「ちちちちちち違うんだこれは?!決して胸を揉んだ気になりたかったわけじゃなくてだな?!!」

「分かりますヨおっぱいを再現したい気持チ。ワタシだって勇者が使っている伝説の剣を段ボールで再現しようとした事がありますからネ」


 ……あれ?引かれると思ったら共感された?

 意外な反応に呆気に取られる純多じゅんた籾時板もみしだいた


「で、おっぱい饅頭は美味しかったですカ?」

「あ……、あぁ、越谷屋こしたにやのやつとか言ってたっけ?銘菓って言われているだけあって、めちゃくちゃ美味しかったよ!」

「ジュンタが気に入ってくれたなら良かったデース。ワタシ、あそこのおっぱい饅頭大好きで、よく買うんですヨ。もっとあるから、欲しいなら好きなだけあげるネ」


 どさどさどさ。

 純多の机に大量の饅頭が降り注ぐ。


「……高級とか言ってなかったっけこのお菓子?実はそれほど高いものでもなかったり?」

「ノン。一個300円くらいする、ちゃんと高級な饅頭だヨ」

「さっ?!300円?!!」

「あの紅葉こうよう饅頭でも単価は150円くらいだぜい?高級和菓子の世界ってのは恐ろしいな」


 ククリから銘菓とは聞いていたが、まさかこれほどまでに高級なものだったとは。

 自分が食べているものの価値を改めて知ってしまい、逆に無碍に口にできなくなってしまう。


「その越谷屋の高級饅頭がこんなにあるなんて凄いことだぜい。実はポリンちゃんは超金持ちの家のお嬢様だったり?」

「えへへ……。セイファス薬品っていう会社の社長ってだけで、全然凄くないヨ」

「『社長』って肩書きだけで、俺は凄いと感じちゃうんだけどなぁ」

「凄いと感じる、どころか凄いんだぜい?今度、風邪薬でも買う機会があるなら箱の裏を見てみろよ。三つに一つくらいは「セイファス薬品」って書いてあるぜい?それだけ大手薬品会社の社長さんの娘ってことなら、この高級和菓子の山も納得できるな」

「何だか照れるヨ……。ユウキも好きなだけ饅頭持って行ってネ」

「おっ、じゃあお言葉に甘えて遠慮なくもらっていくぜい」


 純多も何個かもらおうかと思ったが、これほどの高級和菓子を能力発動のためだけに使ってしまうのは勿体ない。

 丁重にお断りしてから何事もなかったかのようにフルーツゼリーとプリンを正位置に戻すと、三人での昼食が始まる。


「またカマンベールチーズ食べてる……。好きというより、もはや生活必需品みたいな感じになってるな」

「これデスカ?フロンセイズフランス人には必須アイテムデスヨ。生活必需品って表現もあながち間違ってないかモ?」


 ぺろりと直方体の形をしたチーズのラベルを剥ぐ。


フロンセイズフランス人には、バゲットフランスパンを食べる時にチーズを一緒に食べる人が多いネ。ワタシも、お母さんも、そして、おばあちゃんもバゲットフランスパンと一緒にチーズを食べるんダ」

「だからって毎回カマンベールチーズである必要はないだろ?ほら、モッツアレラとかゴルゴンゾーラ、だっけ?チーズにもいろいろな種類があるんだし、たまには別のチーズにしてもいいんじゃねぇの?」

「ノンノン。そういうわけにはいかないヨ」


 人差し指を立ててゆっくりと左右に振る。フランス圏では否定を表すジェスチャーだ。


「フランスは地域や村の数だけチーズの種類がある、って言われるくらいのチーズ大国なんだヨ。完全に再現されているわけじゃないけど、カマンベールチーズはワタシが故郷で食べていたチーズの味に似ているネ」

「お袋の味ってやつか。オレも純多も実家暮らしだから、そのノスタルジックな気持ちは共感できないけどな」

「お袋の味……。いい日本語だネ」


 本当はチーズにフランスパンがベストの組み合わせなのだが、売っている店があまりないため、代わりに惣菜パンを食べるのだという。


「あれ?でも日本とフランスじゃ食べ方が違うよな?別々で食べるんだったら、わざわざ一緒にする必要もないんじゃないか?」


 海外から出たことがないため、つい日本の食文化を当然のように考えてしまいがちだが、和食は食品の味と味を口の中で合わせることを前提とした料理なのに対し、フランス料理は一品一品を個別に嗜むことを前提とした一品料理だったはず。


 市販のカマンベールチーズは、パンに塗ることを想定した味付けになっていないため、チーズと惣菜パンをバラバラに食べることになる。だから、パンとチーズを毎回合わせる必要はないのでは?と言いたかったが、


「純多……。ポリンちゃんは、お前だけには言われたくないと思っているぜい」


 むすっとしたポリンの表情で気づく。


「だったらジュンタだって毎日カレーパンを食べる必要はないよネ?!何なノ?!カレーパンを食べないと死んじゃう病気にでもかかってるノ?!」

「いいや、これは違う!俺はカレーパンが好きなのではなくて、カレーが好きなのだ!そこだけは勘違いしないで欲しいっ!!」

「でもワタシ、ジュンタがコンビニで売っているカレーを食べてるところを見たことないヨ?」


 そもそもの話、カレーが好きなのであればコンビニで買ってカレーを食べればいいはずなのに、どうしてカレーパンを咀嚼しているのか。その部分をつついてみる。


「甘いな!!いや、辛いなと言った方が正しいか?!近所のコンビニのカレーは全て制覇しているから、後はパンのメーカーが作ったカレーパンによるカレー味の違いを堪能するしかないのだよ!!」

「そういえば新学期始まって間もなくは、「給食がなくなったことで遂に昼休憩にコンビニのカレーが食べられる!!」とか言って感涙してたな。これもオレには分からん感覚だぜい」


 購買で買った焼きそばパンを齧りながら肩をすくめる。


「……そういうユウキも、よく焼きそばパン食べてるよネ?」

「あん?美味しいだろ焼きそばパン。炭水化物と炭水化物を融合させて、ここまで美味しく仕上げられるのなんて、まさに奇跡の産物だぜい?」


 言われてみれば、炭水化物に炭水化物を組み合わせて美味いもの、と言われてもラーメンのサイドメニューにつく白飯くらいしか思いつかない。意外と珍しい組み合わせなのかもしれない。


「大豆でできた汁(味噌汁)に大豆でできた具材(豆腐)を入れたものとか、大豆でできた固形物(豆腐)に大豆の調味料(醤油)をかけたものとか、大豆同士の組み合わせは結構あるのに不思議だな」

「納豆に醤油も大豆に大豆デース!」


 何だか少しささくれ立った空気が元に戻ったところで、与太話をしながらの楽しい昼食が再開した。



☆★☆★☆



「なかかなやるな、あのカレーパン」


 カレーパンの中には中辛を謳っているのに、そんなに辛くないものもあるのだが、昼に食べたカレーパンは中辛の文句に引けを取らない辛さだった。廊下の窓から吹き込む清風で身体を冷やしてから教室の中に戻ると、


「よぉ、ポリン。花粉症か何かか?」


 座席でカプセル錠を飲んでいるポリンを見掛け、ふと話し掛ける。


「これデスカ?ワタシ、生まれつき身体が強くないので、この薬を飲んでいるのデース」

「それもお母さんが勤めているっていう会社の製品なのか?」

ウィうんママンお母さんが作ったものデース」


 個々にパッキングされた薬を見せる。半分が白・半分が赤の細長いカプセルであること以外は特筆するような特徴はなく、市販の風邪薬のようにも見える。


「それを飲むとどうなるんだ?」

「身体が強くなりマース!」

「随分とざっくりしているな……。ほら、解熱作用とか、食欲増進とか。いろいろあるだろ?」

「ええと……、ワタシにもよくわからないけど、とにかく身体が強くなるそうデース。そうママンお母さんが言ってましたヨ?」

「???」


 スッポンとか青汁とか高麗人参とかシジミみたいな、どちらかと言うと健康食品とかサプリメントに近いのだろうか。


 悶々とした気持ちのまま座席に着くと昼休憩終了のチャイムが鳴った。

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