第11話:黒い猫

「すまないな。君たちには無理に前線に立たなくていいとは言ったけど、『貧乳派』の規則で、ここに入ったばかりの新米には最低一回は前線に立ってもらうことになっている。三現主義よろしく、場で物を見て、実を知ってもらわなければ、戦えるかどうかなど判断できないからな」


 いろいろと説明しておきたいことがあるのだろう。夕焼けに赤く照らされた道を気持ち速めに走りながら鬼頭きとうが口を開く。


「事務職や支部の防衛をするにも、敵情や私たちの事情にうとくては何もできないだろう?棟倉むねくら田打たうちには申し訳ないが、今回の討伐作戦に付き合ってもらいたい」


 少し後ろを歩く気弱な少女を一瞥する。


 まるで絞首台に向かう死刑囚のように顔は真っ白になり、うつむいたことで垂れた前髪が表情を隠す。


「……それで、今回戦う相手は誰なんですか?」

「随分積極的だな。いいことだが」

「俺だってやりたくないですよ。でも、この能力を授かったからには戦うしかないんですよね?」

「棟倉は能力が分からないとか言っていたな?」

「はい」


 おっぱい饅頭を食べているため今も身体の奥底から湧水ゆうすいのように力が湧き出るが、能力の発現には至っていない。


「少し立ち聞きさせてもらっていたが、こうなると『『貧乳派』の救世主』に違いないな。能力が発動しないのにも納得がいく」

「『『貧乳派』の救世主』……?」


 少しでも気を紛らわせたいのか田打が話に加わる。


「あぁ。私は攻撃特化の武器を生成でき、田打は防御特化の盾を生成できるだろう?ククリから能力をもらった貧乳フェチの人間ならば誰でもできることだ。だが『『貧乳派』の救世主』にはそれができないらしい」

「『救世主』の名前が効いて呆れるな。それで、どの辺りが救世主なんでしょうか?」


 自分への皮肉も兼ねて、吐いて捨てるように言う。


……あくまで伝説によるものだから、本当かどうか真偽は定かではないけどな」

「…………」


 そんなことが可能なのか。

 開いた自分の掌を見る。


 だとしたら、この国――いや、この世界にいる全ての女性のバストサイズを意のままに小さくすることができるではないか。


「万が一のことを考えて、おっぱい饅頭を食べているのであれば、今後私や他のメンバーには触れないで欲しい。同じ『貧乳派』同士に効果があるかは分からないが、能力を消されてしまっては困るからな。憶測の範疇を出ないから断言はできないけど、君が『『貧乳派』の救世主』と見てほぼ間違いないだろう」

「ふーん。いいこと聞いちゃったにゃん♡あなたが『『貧乳派』の救世主』さんですって?」


 艶めかしい猫撫で声がした。


 音源を辿ってみると、すぐ近くにあった空き地の塀の上に一人の女性の姿があった。


「これはラッキーだにゃん」


 女性は普通の人よりも大きめの胸元を強調し、全身をバニースーツのような黒っぽい服装で覆っている。

 これだけならただのコスプレイヤーかバニーガールに見えなくもないが、一対の尖った耳はレーダーのように頭頂に生え、背後では蛇のように長い尻尾が揺れている。耳と尻尾はどう見ても作り物には見えない。


「どういうことだ?」

「うふふっ」


 二者を庇うように手を拡げて鬼頭が立つすぐ前に軽い身のこなしで着地する。


「『『貧乳派』の救世主』っていう大層な肩書きを持っているということは、『貧乳派』のエースなんでしょ?だったら、ここでエースを潰しちゃえば、みうたち『どちらでもない派』が勝ったも同然だにゃん♡」


 がきんっ!!


 鬼頭が能力で素早く生成したスコップと長く伸びた女性の爪が衝突して火花を散らす。


「なかなかいい反応をするわねぇん」


 拮抗した女性は滑るように足を運ばせると、後ろに歩きながら距離を取る。


「『貧乳派』の仲間を襲ったのはお前か?」

「そうだにゃん。あいつらが、みうのテリトリーに勝手に入ってきたから迎撃したまでよん。寧ろ悪いのはそっちだにゃん?」


 後で分かったが「みう」というのは彼女の名前のことらしい。巨大なスコップの柄を握り締めたまま黒猫のような見た目の女性を睨む。


「その姿――動物擬態性愛スードゥズーフィリアだな?」

「ご名答。正解者には動物擬態性愛スードゥズーフィリアの持つ能力の強さを教えてあげるにゃん。……身体でね♡」


 両手の爪を構えて前屈みになると、胸元で柔らかそうな二つの果実が動きに合わせて揺れる。


「悪いが二人には指一本触れさせんっ!!」


 急所に的確に差し込まれてくる刃のような爪を、あるいは真正面から受け止め、あるいはギリギリのところでなす。


「……やるわね。相当の手練れってところかしらん?」

「伊達に地武差ちぶさ支部の長をやってないさ」

「なるほど。どおりでお強いわけだにゃん♡」


 のんびりお茶でも飲みながらしている会話のように聞こえるかもしれないが、現在進行形で命のやり取りが行われている。純多は加勢することができずに歯痒い思いのまま、二人が繰り広げる激戦に目を離せない。


「は、はわわわ……」


 それは隣の少女も同じなようだ。余った袖で口を覆ったまま今にも失神しそうになっている。


「あなたも大変よねぇ。あそこのかわいらしい娘は非戦闘要員なんでしょ?あの娘を庇いながら戦うのは大変そうだにゃん」

「田打は私が無理して呼んだんだから、邪魔などとは思っていないが?今回の戦いを見学させてやろうと思ってな」

「ふぅーん。気が強いわねあなた。つまり、みうに勝つ気満々で来たってことかにゃん?だったら、」


 女性は数歩後ろに下がると、


「その発言を後悔させてあげようかにゃ~ん♡」


 両手を地面に付いて四つん這いになる。


 時刻は夕暮れ。太陽が傾き始めた頃。

 黒猫女性の背中から眩しい夕日が姿を現し、鬼頭は反射的に腕を挙げて視界に影を作ってしまう。


「ぐぬうっ!!」


 黄昏時、という言葉がある。

かれ時」を語源とし、目の前にいる者が誰か分からなくなるほどに斜陽が眩しく射し込む時間を指す言葉だ。


 ほんの一瞬でも視界が潰れるのは命取りだと分かっていたのに目を閉じてしまった。

 反射的とはいえ自分のミスに後悔し、致命傷となりうる一撃を覚悟したが、


「…………??」


 目の前に黒猫の女性の姿はない。


 逃げたか?

 いや、この好機に逃げる理由などない。


 目潰しをして隙を作ったにもかかわらず、急所を狙った攻撃を仕掛けて来ない。


 ならば狙いは鬼頭ではなく、非戦闘状態にあった二人――。


「まさかっ!!」


 急いで仲間たちが見守っている場所へと振り向くが、その最悪の予想は的中してしまった。


「そのまさかだにゃん♡」

「う、うぅう…………」


 黒猫の少女が持つ鋭い爪が、真っ白な顔をした田打の首筋に宛てられる。

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