第9話:薙唐津製鉄所
「き、雉……?」
「
漢字を読みあぐねている
「製鉄所?ということは、『貧乳派』の皆さんは製鉄業をしているんでしょうか?私、製鉄なんてやったことないですよう……」
「使われなくなった製鉄所を改装して作ったというだけで、中身は全くの別物だ。どうだ?見事にカモフラージュできているだろう?これなら私たち『貧乳派』の本拠地だとは誰も思うまい」
ロングポニーの少女に引率されながら敷地の中を見渡す。
運搬用のトラックなどを止めるのに使う駐車場には同じ『貧乳派』の面々が乗り付けた自動車が停められていて、ほぼ満車になっている。
中には軽トラやワゴン車などの工事関係者が使うような車も何台か見受けられ、「この製鉄所は現在でも使われています」感を醸し出していた。
トラックなどの搬出入用の巨大シャッターが閉められた入り口を回り込んで横から建物の中に入ると、鬼頭の言葉通り中身は全くの別物になっていた。
鉄を溶解・錬成するような機械や装置は全て取り払われ、ソファが整然と並べらえたスペースや事務用と思われるデスクが並べられたスペースがあり、その内装は小洒落たオフィスに近い。
オフィスっぽくない部分と言えば、アニメやジュニアアイドルのポスターなどが壁に貼られている点や、マンガ本と思しき本や雑誌が本棚に並べられたスペースがある部分だろうか。
「ようこそ『貧乳派』
「冴藤は大学生だから高校には入れないわけだし、仕方のないことじゃないか」
深々と頭を下げる眼鏡の青年・
「さて、こんな
ごそごそと引き出しの中を探ると、『『貧乳派』地武差支部長・鬼頭
「私の名前は鬼頭鉄破。
「ええ~~っ!!」
隣に立つ田打が何処か間の抜けた声を出す。
「『貧乳派』の代表って鬼頭先輩なんですか?!もっとゴツい感じの男の人がやっているのかと思ってましたぁ!!」
『貧乳が好きな人物=男性』という偏見によるものだが、これには純多も同感だった。
道中で鬼頭から聞いた話によると、『貧乳派』だけではなく、どの組織においても階級や能力の強さは『そのフェチズムや性的嗜好に対して、どれくらいの執着や愛情があるか』が大きく関わるらしい。
つまり、鬼頭が来たことで襟を正したが、慎ましい胸の大きさをしたジュニアアイドルのポスターの胸の部分に頬ずりしていた中年太りの男性や、中学生くらいの見た目をしたアニメキャラクターの抱き枕に顔を埋めていた立派な顎髭の初老男性よりも、鬼頭の方が貧乳に対する考え方や愛情は上ということになる。
「確かに、ここの代表はゴツい男がやっていたさ。
鬼頭が座り心地の良さそうな椅子を半回転させて後ろを向くと、そこにはフレームの中で白い歯を見せて笑う筋骨隆々の男の写真と、一本のウォー=ハンマーが飾られていた。
「……やめようか。ここにお前たちを呼んだのは、しんみりした話をするためじゃないからな」
席を真っ直ぐに戻し、机に両肘を突いて純多と田打に視線を向ける。
「お前たちに話をしておきたいことが二つある。少し長い話になるかもしれないが静かに聞いていて欲しい」
人差し指を天に向ける。
「一つは我々の目的についてだ。……ククリから軽く説明を受けているはずだから、分かっているとは思うがな」
「他の性癖を持つ勢力の駆逐と淘汰、ですか」
「そうだ」
凛とした声の女性が首を静かに縦に動かす。
「特に、この地武差市は『貧乳派』と『豊乳派』の激戦区となっていてな。我々は一刻も早く『豊乳派』の拠点を撃滅して、他の勢力を潰さなければならんのだ」
「しかし、『豊乳派』はフェチズムの中で最も人口が多いと言われている巨大勢力。この都市にある拠点も、残念ながら我々の支部と同じで活動拠点の一つに過ぎないから、そこを叩いた所で氷山の一角を削っただけに過ぎないんだ。だから、この都市の『豊乳派』支部を潰しても、彼らが全滅するわけではないんだけどね」
鬼頭の脇へと移動した冴藤が補足する。
「そして『豊乳派』の脅威を退けたとしても、次は『どちらでもない派』の諸勢力たちとの戦いが待っている。敵は『豊乳派』だけではないからな」
思い出されるのは
どのような性癖かある程度見当がつく者もいれば、何をベースとした性癖なのか全く判別が付かない者もいた。
「それに、」
一度言葉を切って背後の遺影を一瞥すると、強い力の籠った声を発する。
「これは『豊乳派』の奴らと戦って天国へと旅立った同朋たちへの弔い合戦でもあるからな。心して懸かって欲しい」
「あ、あのう……。その、他の勢力を駆逐するっていうのは、具体的に何をするのでしょうか……?」
田打が控えめに手を挙げながら質問を口にした。
「無論、異能力を使った武力行使による侵略だ。そのために我々はククリから能力を授かったのではないか?」
「た、戦うんですか?!私がっ?!!」
「当然だ。だから君たちは今日から、同じ志を持ち同じ
鬼頭は笑顔を見せているが、蚊すらも殺したことがなさそうな純粋無垢な少女の反応は対照的だ。みるみる顔色が悪くなっていく。
「そ、そんなっ!私、誰かをこ、殺すことなんて……っ!!」
「だろうな。君はそんな残酷なことができるような性格ではないと思っていたよ」
鬼頭は椅子から立ち上がると震える少女を優しく抱き寄せる。
「ならば無理に戦場に出る必要などないさ。この支部の防衛や事務仕事だってあるんだから、自分ができる仕事を見つけてくれればそれでいい」
母親が、泣いている子供を諭すような甘美な声色で言葉を紡ぐ。
「君の能力で生成できる盾では、どのみち誰かを
「うっ……、ひくっ……っ!!」
『能力を手に入れる』ということが、彼女にとっては荷が重過ぎたのだろう。
少女の綺麗な瞳から大粒の涙が零れる。
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