第8話:ぶかぶかの制服

「金曜日の夜さ、家に帰るの遅かったよね?一体どうしたのさ?」


 異形の者たちに出迎えられた金曜日から三日後。土日休み明けの月曜日。

 玄関先まで迎えに来た幼馴染み・三慶みよしが心配そうな目で見てくる。


 彼女の家は道路を挟んで向かい側に立っているため、部屋の明かりの有無で純多じゅんたがいるかどうかを判断したようだ。


「『ポリン様防衛隊』に追い駆けられていたんだよ……」


 さすがにそのまま見聞きしたことを話すわけにはいかないので、何とか記憶を絞り出して受け答えると、


「厄介な奴らに目を付けられたもんだな?純多?」


 背後からひょっこり現れた籾時板もみしだいたが口を開く。


「さすがに諦めたと思うが、奴らは執拗に追い駆けてくるからな。純多も次からは気をつけた方がいいぜい」


 またいつものように、三人で横に並びながら高校までの道を歩く。


「……ということは、勇気ゆうきは追われたことがあるのね……。ポリンちゃんに何したのよ?」

やましいことなんて何一つしちゃいないぜい?オレが豊乳について語ってた所を胸の大きいアニメキャラクターの話で割り込んできたから、その話に乗ってただけだよ。そうしたら放課後に『露払いの山口』なる女が現れて、「ポリン様を独り占めするな!!」って釘を刺してきたのさ。ガチな目をしていて、ちょっと怖かったぜい」

「『露払いの山口』?確か俺に忠告してきたのは――」

「『鋼鉄の堀田』か『統率の藤本』のどっちかじゃねぇか?」

「そうそう!『統率の藤本』だ!!」


『ポリン様防衛隊』には三幹部と呼ばれるトップがいる。

 その中でリーダー格となっているのが『鋼鉄の堀田』であり、『露払いの山口』と『統率の藤本』(腰にサイリウムを差した剣道部の男)は同立によるナンバー2となっている。


「そいつにポリンからもらったお菓子を渡せ、って言われてさ、逃げるのに大変だったんだよ」

「そんなことにまで介入してくるの?!その防衛隊とやらのネットワークどうなってるのよ?!」

「憶測だけど、一クラスに一人くらい内通者的なのがいて、四六時中同行を監視して情報伝達してるんじゃねーの?」

「だとしたら、そいつ相当の暇人よね……」


 校門が見えてきた。

 ……のと同時に見知った人物も見えてきた。


「やぁ、おはよう」


 肩にスコップを担いだ風紀委員長・鬼頭きとう鉄破てつはが腰まで伸びた長いポニーテールを揺らす。


「ふふふふ風紀委員長?!オレ今日は何も持ってないぜい?!」

「まだ何も言っていないだろうが。それに、用があるのはお前ではない」


 純多の顔を真っ直ぐ見つめると、


で話したいことがある。放課後に4階の空き教室に一人で来てくれ」


 その一言だけを言い残してきびすを返し、ゆっくりと校舎まで歩いていった。


「びっ!びっくりするじゃねぇか?!またしょっぴかれるかと思ったぜい!冷や冷やさせんなよ風紀委員長!!」

「不要な物は何も持っていないんでしょ?だったらそんなにビビんなくてもいいじゃん?」

「悪いことをしてなくてもパトカーや警察の前を通る時ってドキドキしちまうだろ?あれと同じ原理だぜい!」


(金曜日のこと、か……)


 土日を迎えて一呼吸置いたことで、あの光景は一夜の悪い夢だと思っていた。

 それが現実であるということを実感させるには十分な一言である。



☆★☆★☆



 地武差ちぶさ市立高等学校は4階に1年生の教室、3階に2年生の教室、2階に3年生の教室が並んでいるのだが、廊下の突き当りにある教室は生徒数の増減などの理由によって空き教室になることがあるため、体育の授業の際に更衣室代わりに使われたり、選択科目の移動教室として使われるなど、多目的教室として使用されている。


「はわわ~。ここであってるのかな~?」


 ……純多が声を出したのではない。

 どうやら先客がいたようで、気の弱そうな少女が一人、4階の空き教室の前でそわそわしている。


「なぁ――」

「はわわわわわ~~っ!!」


 心底驚いたのだろう。

 話し掛けた途端、ずぞざざざざ!!!と凄まじい速度で後ろに下がると、背中を突き当たりの壁に付ける。


 あまりにも速かったため後頭部を強打していないか心配になったが、長い髪の毛を頭の後ろで一つ縛りのお団子ポンパドールにしていたため、大事には至らなかったようだ。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいっ!!場所を間違えましたぁ!!」

「まだ何も言っていないだろうが!ちょっと話を聞いてくれ!!」


 人間を警戒するウサギのように縮こまった身体で瞳を潤わせながら、丈が合っていなくてぶかぶかになった制服を着た少女が見上げる。


「俺は風紀委員長の鬼頭先輩に呼ばれてここに来たんだ。もしかして、あんたも鬼頭先輩に呼ばれたのか?」

「はえ……?」


 目尻に涙を浮かべながら、純多の口から出た言葉に反応して呆けたような顔になる少女。


「と、ということは、もしかしてあなたも、ですか?」

「あぁ、そうだ」

「なら、私たちお仲間ですね~」

「仲間?」


 路傍に咲く名もない花が微風そよかぜに揺れるように、少女は静かに微笑んだ。


「鬼頭さんに呼び出されてここに来たということは、私と同じで貧乳フェチの能力者さんなんですよね?これからは同期ですね~」


 えへへ。と何処か呑気に笑う。


 互いに自己紹介をしてから一言二言交わしてみると、彼女(田打円広たうちまひろ)が能力を授かったのがついこの前の土日で、純多よりも一日二日分くらい後輩に当たるのだという。境遇は純多と同じだ。


「ところでだけど、どうしてそんなにぶかぶかの制服を着ているんだ?校則に引っ掛かるだろ?」


 鬼頭が来るまでもう少し時間が掛かりそうなので、間を保たせるために何の気なしに質問する。


「えっと……、制服を買う時に、成長してもサイズが合うように、少し大きめのサイズを買っておけって、おばあちゃんが言ってたから……」

「に、しては大きすぎないか?それ?」


 五月であるため夏服か冬服かを選択できる合服あいふく期間となっているのだが、彼女が着ているのは冬服。手は冬服の袖から指先しか出ておらず、ほとんど隠れてしまっている。スカートの丈は調節できるからいいものの、上着の丈はどうしようもないため、サイズが小さい物をもう一着買う必要がありそうだ。


「そうですよね……、ちょっと大きすぎたかもしれません。でも、この三年間のうちにもっと身長を伸ばしたいなー、と思ってまして。高校生になってから毎日牛乳を飲んでいるんですよ~」


 実は身長が高くなるか否かは遺伝による影響が大きいのだが、このことは黙っておいた方が良さそうだ。陽だまりのようなぽかぽかとした優しさを持つ少女の笑顔を見守っていると、


「遅くなって申し訳ない。今日は日直でな」


 犬をモチーフにしたストラップを付けた鞄を揺らしながら、廊下の角を曲がって鬼頭が姿を現した。


「鬼頭先輩、今日はスコップ持っていないんですね?」

「あれは校門で荷物検査をしているぞ、というアピールをするためのものだからな。別に四六時中持っているわけじゃないぞ?」


 城門を守る騎士よろしく、校門にスコップを突き立てて屹立している生徒がいれば嫌でも目立つのは間違いない。

 何でスコップなんだ?風紀委員数人で「荷物検査実施中」の横断幕かプラカードでも持って立っていればいいのでは?という疑問を胸の奥に押し込めつつ、まだ陽の高い放課後の街並みを三人で歩く。


「俺たちは何処に向かってるんですか?」

「無論。私たちの活動拠点となる場所だ。放課後はこれから毎日通ってもらうから、よく道を覚えておくのだぞ?」

「何処かの貸しオフィスでも使うんでしょうか?」


 組織がどれくらいの規模かは分からないが、『同じ志の者たちが集まる組織』と聞いてイメージしてしまうのはクラブ活動とか委員会の類。生涯学習センターやら貸しオフィスやらを一室一時間数円単位で借りて、楽しく談合するイメージしか浮かばないのだが、


「いいや。私たちの本拠地はちゃんとした建物だ」


 ……どうやらそういうわけでもないらしい。先頭を歩く鬼頭が敷地の前で止まったので、二人も動きを合わせて止まる。

 目の前には少し広めの敷地と、「薙唐津製鉄所」と書かれた看板が屋根の部分に打ち付けられた建物が出現した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る