第7話:異形の者たち

「とにかく、お主の言う事を信じるのであれば、お主は貧乳フェチで間違いないじゃろう。『貧乳派』の者たちを呼んで出迎えてもらおうかの。……そうじゃ!折角なら、お主にこちらの『世界』を分かってもらうために、いろいろな者に連絡を取って、もっと盛大に門出を祝わせるとするか」


 しゃらん、と神楽鈴を鳴らすと、目の前に黒電話が出現する。


「いろいろな者っていうのは誰のことだ?」

「いろいろな派閥の要人じゃよ。大きな分類としては『貧乳派』・『豊乳派』・『どちらでもない派』の三つじゃが、そのうちの『どちらでもない派』は軽く数えただけでも100以上の性癖・派閥に分岐するからのう。それだけ派閥や勢力もたくさんあるんじゃよ」


 じーこじーことダイヤルを捻る指の動きを追いながら純多じゅんたは口を開く。


「もっとこう、カミサマパワーみたいなものを使ってテレパシーとか夢枕みたいな方法でやるのかと思ったら、随分と古典的なんだな」

「いんや。カミサマパワーを使って、とやらに連絡しとるよ。ほれ、電話回線がつながっていないじゃろ?」


 今時何処にも置かれていない古めかしい電話をよく見てみると、あるのは受話器と本体部分だけで、何処かにコードや回線が繋がっている気配はない。


「……何か地味」

「妾は昔から黒電話を使っておったからな。お主のような若造は見たことも触ったこともないじゃろ?」


 カミサマパワーの内容について悪態を吐いたのだが、黒電話についての評価だと思ったらしい。何処か勝ち誇ったような顔をしながら電話を続けているので訂正しないで黙っておく。


「さて、これで全員分の連絡が終わったぞ。後はお主を帰すだけじゃな」


 元来た道(と言っても、階段を上って境内を少し歩いただけだが)を戻る道すがら、巫女装束をした銀髪の少女に疑問を投げ掛ける。


「いろんな派閥の奴らを集合させた、って言ってたよな?『貧乳派』・『豊乳派』・『どちらでもない派』の三つの勢力がそれぞれ敵同士なわけだから、一か所に集まったら聖壁せいへき公園を中心にして大戦争が勃発したりしないのか?」

「聖壁公園とその周辺の地域は戦闘禁止区域に指定されておるからな。そのようなことは起こらんわい。安心せい」

「それって律儀に守られているルールなんだよな?ルールを決めるだけ決めて形骸化しているようじゃ意味ねぇぞ?」

「勿論じゃ。逆に言えば、それだけルールというものは他人を縛るのに効果があるものなんじゃよ」


 例えば、『貧乳派』と『豊乳派』という対の勢力がある。


 このどちらかが『聖壁公園で戦ってはいけない』というルールを破った瞬間、『貧乳派』と『豊乳派』の戦いから、『ルールを守っている者』と『ルールを破った者』の戦いへと線引きが変わる。そうなった時どちらの構図の方が敵が少なくなるかなど言うまでもない。


 そんな話をしているうちに石が円形に敷き詰められた小広間に到達する。


「それでは元の世界へとお主を帰すぞ。……っと、そういえばお主の名前をまだ聞いていなかったのう。名前は何と申す?」


 木の実がるように鈴が付いた神楽鈴を右手に持ちながら、銀色の髪を揺らして問う。


棟倉むねくら純多だ。機会があったらまた来るよ」

「純多か。いい名前じゃな」


 しゃらん――。


 流麗で短い音を鳴らすと少年は一瞬にして現世うつしよへと転移した。


「それにしても、とんでもない能力が目醒めてしまったものじゃな」


 一人取り残されたククリは独りちる。

 お手上げとは言ったが、実は、思い当たる事例がたった一つだけある。


「これは一波乱、――いや、大きな波乱を巻き起こす台風の目になるかもしれないのう」


 人間が誰もいなくなった大樹海の樹々が静かに揺れる。



☆★☆★☆



「おっ、来たようだな」


 戻った後の聖壁公園は、まるで品評会のようだった。

 興味の色を含んだ視線が一斉に一人の少年に向けられる。


 しかし、その視線の持ち主たちが、あまりにも個性的過ぎた。

 これから述べられるのは、その異形いぎょうの姿をした者たちの一部である。


「あれが今回能力を授かったという少年か」


 と、口にしたのは、布類で口元を隠して手中で刃物を弄ぶ少女。

 くノ一か暗殺者か、いずれにせよ普通の職業ではないのが見て取れる。


「何ともククリでも自分の能力が割り出せなかったそうじゃないか。


 と、少女に語り掛けたのは、トレンチコートに身を包んだ初老の男性。

 男性の脇には半袖にデニムのショートパンツの少女が静かに立っている。


「見るからに鍛えてなさそうだな。あたしのタイプではないね」

「ふんっ。あんなもやしみたいなやつ、オレなら簡単に絞め殺せそうだな」

「やぁん。かっこいいわ♡この口の動きに合わせて動く大胸筋♡」


 と、ぼやくように言ったのは、ホットパンツにラフなトップス・髪の毛を後頭部でお団子ポンパドールに縛った女性。

 筋骨隆々の半裸の男性が持つ厚い胸板を指でなぞりながら、こちらの様子を窺っている。


「じゃあ燃やしていいか?!凄ぇよく燃えそうだぜあいつ!!」


 と、こちらを指しながら受け答えたのは、白い学ランに白い鉢巻き・燃える炎のように赤い髪を逆立てた少年。

 周囲には煌々こうこうと灯る火の玉が浮かび、日が落ちて光源のない公園を仄明ほのあかるく照らす。


「そう早まるでない。顔色から察するに健康状態が良さそうではないか?少し血を吸ってからでも遅くはなかろう?実に美味そうだ……」


 と、舌なめずりをしながら制止したのは、白衣を纏った医者風の男。

 血色の悪い顔色をしており、口角には鋭く尖った牙が光る。


「いいや、あれはいい死体になりそうだよ?どう思う?ジェノワちゃん?」

「ジェノワ、あの人と遊びたい……」


 と、暖かい微笑みを浮かべながら言ったのは、全身黒を基調とした法衣で覆った神父のような出で立ちの男。

 隣では同じく黒を基調としたゴスロリに身を包んだ銀髪の少女が眠そうに目を擦る。


「やぁ。君が今回新しく能力を授かったという子だね?」


 その中の一人。

 東屋あずまやを囲むように集結した集団から代表するかのように、何処にでもいそうな見た目をした青年が一歩だけ前に出て話し掛ける。


「僕の名前は冴藤良也さえふじりょうや。ククリ様から聞いた話では、君は貧乳フェチなんだよね?それなら『貧乳派』地武差ちぶさ支部の補佐役である僕と一緒に来てもらおうか」


 年齢は大学生くらいだろうか。髪は長すぎず短すぎない塩梅に整えられ、眼鏡を掛けたその面立ちからは、真面目な好青年といった印象を感じ取れる。


「ククリ様からある程度説明を受けていると思うけど、ここにいる者たちは僕たちにとって敵にも味方にもなる輩だ。迂闊に喧嘩を売ってはいけないし、買ってもいけないよ?」


「ここは戦闘禁止区画だから、誰も吹っ掛けてこないはずだけどね」と苦笑する。


「な、なんでここにいる人たちは、異能力を開放しているんでありましょうか?」


『支部の補佐役』という言葉から目上の人物だと察して最低限の丁寧語を使うも、目を疑うような現実味のない光景に動揺していたのと、あまりにも咄嗟であったためにおかしな言葉遣いになる。


「簡単さ。


 中には狼の姿になっている者など、明らかに人間の姿から逸脱している者たちもいるが、そんな能力者たちに顔色一つ変えることなく脇を通り過ぎながら、眼鏡を掛けた青年は口を開く。


「能力者たちの間では不文律ふぶんりつによって戦闘禁止区域に指定されているけど、いつ誰から背中を狙われたって文句は言えないのが戦争だからね」


 冴藤の背中を追って歩きながら姿も形も違うシルエットが集う公園を後にする。


「その不文律が突然破られて、この聖壁公園の周囲一帯が血の海に沈むかもしれない。――そんな最悪のケースを考えながら、彼・彼女らは行動しているというわけだよ。どうやら今回も戦乱が起きることなく、僕たちにとっての神不可侵なるの役割を持った公園として機能したみたいだけどね」


 二人が去っていくのを静かに見守る異形の集団たちから無数の眼が光るが、誰一人としてこちらを追ってくる様子はない。彼・彼女らは本当に新参者である純多の顔を一目見に来ただけだったようだ。


「随分と多くの能力者が集まっていますよね?そんなリスクを冒してまでここまで来る必要はないんじゃないですか?」

「彼・彼女らが集まったのには大きな理由があるんだよ。それは、」

「それは」

 

「貧乳派の……、救世主……?」

「それについて詳しく話してあげたいんだけど――」


 言葉を切って眼鏡の青年が足を止める。

 歩調を合わせて純多も足を止めると、目の前には地武差市立高等学校の正門があった。


「君もいろいろあって疲れてるでしょ?時間も遅いことだし、詳細は支部長を通して後日話すとしようか。今日はゆっくり休んでよ」

「あ、ありがとうございます」

「じゃ、僕はこれで。君が何処に住んでいるのかは知らないけど、ここまで来たなら帰れるよね?」

「あのっ!」


 暗闇の中に消えようとする眼鏡の少年の背中に疑問を投げ掛ける。


「何で俺がこの学校の生徒だと知ってて、しかも、この学校の場所を知っていたんですか?」


 青年は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、優しい声音で言葉を投げ返す。


「僕が所属する地武差支部の支部長がここに通っているからだよ。それに、僕はここの卒業生でね。君の先輩に当たるわけさ」


 そう言い残すと街頭がまばらに輝く闇の中へ溶けるように消えていった。

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