第6話:直会之儀

 ククリと純多じゅんたが相対して座り、片手におっぱい饅頭を握る。


「本当に饅頭を食べるだけでいいんだな?」

「最初の一口はタイミングを合わせねばならんのと、食べきらなければならんこと以外は、これと言って制約はない。自分のペースで食べるがよいぞ。それでは、」


 少女が包の上に開けられた饅頭を両の掌の上に乗せて胸の前に掲げたので、見様見真似で動きを合わせる。


「「いただきます」」


 軽く頭を下げながら透き通った清流のような穏やかな声で告げると、右手に持ち替えて艶やかで柔らかそうな唇へと運ぶ。そのあまりにも神聖な所作に見惚みとれたまま動かなくなりそうだった純多だったが、我に返って慌てておっぱい饅頭を口の中に入れる。


 むにゅり。


 口の中に三分の一ほどが入った饅頭は歯で噛み千切られて裁断され、切れ目から垂れたカスタードクリームが舌の上へと到達した。その冷たさと甘さに刺激されて味蕾みらいが一斉に花開き、喜びの信号を脳へと伝達する。


「……お、美味しいっ!」

「じゃろう?特に越谷屋こしたにやのおっぱい饅頭は格別美味しいのじゃ」


 ほころびた一輪の花のように破顔した少女が腰まで伸びた銀色の髪を揺らす。


「妾が好むのも分かるじゃろ?」


 一口。

 また一口。


 右手が饅頭を口に運ぶ動きはとどまることはなく、怒涛の勢いで咀嚼されて胃袋へと滑り込んでいく。


「おいおい、いくら何でもがっつき過ぎではないか……。そんなに美味しかったのかの?」


 苦笑するような少女の声を聞きながら最後の一欠片を飲み込むと、この触感をまだまだ味わいたいと舌が娯楽を求め、同時に名残惜しさが押し寄せてくる。


「美味かった……っ!こんなに美味いものを食べたのは久々だよ!」

「はっはっは。童もお主ほど美味しそうに食べる者を見たのは久方ぶりじゃ」


 ぺろり。

 何処か妖艶な仕草で指に付いたイラ粉を舐める妖艶な雰囲気の少女。


「……さて、どうじゃ?身体の内から何かが沸き上がって来ないかの?」

「お、おぉおお?」


 饅頭そのものは冷たいものだったはずなのに、鍋料理でも食べたかのように頭から爪先まで身体全体が熱くなる。今すぐにでも服を脱いで半裸になってしまいたいほどだ。


「さぁ。お主の性癖は何かの?」


 直会之儀なおらいのぎを終えたということは即ち、自身の性癖をベースとした異能力を発現することとなる。


 巨大娘を召喚するか。

 ロボ娘を召喚するか。

 動物の姿に変身するか。

 巨大な虫を使役できるようになるか。

 それとも、伝説と謳われる性癖・『ドラゴンカーセックス』の能力者となるか。


 目の前の少年に起こる変化を逃すまいと、ククリが期待の眼差しを向ける。


 が、


「……あれ?」


 身体の中の血液が熱くほとばしるだけで、手を目の前に翳しても、上下に振り降ろしても何も変化は起きず、何かが召喚される気配はない。


「む……?おかしいのう?」

「何も起きない……、ぞ……?」


 試しにその場で跳躍してみるが身体能力が変わったわけでもない。


「うーむ……。攻撃を受ければ受けるほど力が強くなる被虐性愛マゾヒズム

の能力のように、ぱっと見で判断できない能力もあるからのう。別に珍しいことではないが少々気になるのう」

「俺はMじゃねぇよ?!だから、その馬上鞭しまってくれないかな?!」

「なんだ、違うのかの」


 唇を尖らせながらカミサマパワーで呼び出したと思しき馬上鞭を仕舞う。


「お主の性的嗜好は何じゃ?言うてみ?」

「ひ……、貧乳好きだ……」


 隠し通しても仕方がない。

 顔を背けながら小声で答えたのだが、


「なるほど、貧乳フェチか。つまりお主は『貧乳派』になるわけじゃな」


 頭頂部のケモミミは伊達ではないらしい。レーダーのように屹立した耳でしっかりと音をキャッチしていた。


「対となるフェチズムである『豊乳派』の次くらいに人数の多い勢力じゃな。だとしたら、」


 しゃらしゃら――。


 風がそよいで木が揺れるかのように神楽鈴が鳴る。

 すると、


「これを消し去ることは造作もないはずじゃ!!」


 ざざざざざざ!!!


 天井から大量の砂が降り注ぎ、畳の上に小山を作る。


「『貧乳派』の能力は『触れた物体を減らす能力』じゃ。お主の『ない』を愛し、豊かで大きい胸から余分な肉をこそぎたいという願望は異能力へと変換され、この砂山すらも掘削・削除できるはずじゃ!!」


 そんなことが可能なのか。

 いや、今ならできる気がする!

 全身からみなぎる力を使えば確実にできるっ!!


 右の掌を開閉させると部屋に出現した砂山を見据える。


「さぁ行け!砂山を消し去るのじゃ!!」

「うおおぉおおおーーーーーっ!!!」


 触れるだけでいいのならこれほど力む必要はないのだが、力の限りを思いっ切りぶつけたい。

 右の拳を握り占めると、全体重を乗せて砂浜に突っ込む。


 突き出された右拳が触れた砂の小山は形を崩壊させ、舞い上がった粉塵がきらきらと輝きながら消える。


 ――ようなことはなく、ずぼずぼと身体を埋めて突っ込んだうえに、衝撃によってバランスを崩した砂山が雪崩となって頭上から降り注いだだけだった。


「…………言っていた話と全然違うんだけど?」


 ざー、という砂山が崩れる音と砂の壁に遮られ、くぐもった声を放つ純多。


「おかしいのう……。お主が本当に『貧乳派』であるならば、この砂山すらも消し去る能力を持っているはずなんじゃが?」


 身体を捩って砂山から脱出する間、少女はずっと考えるような仕草を見せる。

 そして、ある一つの結論が出たようだ。


「なぁお主。

「はぁ?俺は何よりも貧乳を愛している、ぞ……?」


 言われて話の意図を汲み取る。


 ククリは『貧乳派』ではなく、小児性愛ニンフォフィリア(主として4~11歳を性対象とする)や少女性愛ペドフィリア(主として11~13歳を性対象とする)の可能性もあるのではないかと言いたいのだろう。


「お主が、いわゆる『ロリコン』である可能性も考えられる。だとしたら『好みの少女の幻覚を作り出せる能力』じゃ。ほれ、やってみい」


 残念ながら否定ができない。


「むむむむむむ…………」


 眉間にしわを寄せながら精一杯の力を開放してみるが、少女の虚像は出現しそうにない。


「うーむ。見当がつかぬな……。他に考えられる可能性としては、既に異能力を持っているか、妾との直会之儀が失敗しているかじゃな」

「凄い身体が温まっているから失敗はしてないだろうな。饅頭を食べただけじゃこんなに身体が熱くならないだろ?」

「なるほどのう。となるとお手上げじゃな。お主の能力がまるで分からん」


 細くて白い腕と綺麗な腋を袖から覗かせながら、少女は可愛らしく両腕を挙げる。

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