第5話:性的嗜好

直会なおらい之儀のぎじゃよ。妾とお主で饅頭を食べるのじゃ」


 包み紙から慣れた手つきでおっぱい饅頭を外しながら、銀髪ケモ耳巫女装束のロリ(10歳前後の見た目)が口を開く。


「本当は神社などでのお祭りの後に、御神酒おみきや神前に供えた物を、祭りの関係者たちが集まって飲み食いすることを指すのじゃが、直会そのものの意味は、神と人間が同じ空間で共飲共食きょういんきょうしょくをすることで、神と人間が一体となること。言葉の使い方としては間違っていないじゃろう?」

「神様?それって、あのマラのことか?」

「それではなく、ほれ、ここにいるじゃろう?ここに?」


 にこにこ笑顔を浮かべながら空いた方の手で自らを指す。


「妾の名前はククリ。この聖壁せいへき大社を切り盛りする神様じゃ!」

「はぁ」

「む、妾の言ったことを信じておらぬな?」


 柳眉りゅうびを逆立てる。


 突然背後に現れ、神楽鈴かぐらすずを使って異空間へいざなうところを見聞き経験したものの、現役バリバリの神様です!と本人の口から出ると一気に胡散臭くなる。

 現実味のない状況でそのようなことを言われたところで、絵空事のようにしか聞こえなかった。


「まぁよい。お主も能力を授かれば分かるじゃろう。妾が神様だと言うことがな!!」

「能力?」

「本当に何も知らないんじゃなお主……」

「だから、偶然迷い込んだだけなんだってば!!」


 やれやれと肩を竦めながら胡坐あぐらを掻く。


それ以外でも各地で異能を持った者たちが争っているのを、お主は見聞きしたことがないかの?」


 巨大娘とロボ娘の対決。

 月曜日に白昼堂々街中で勃発し、高校が三日間休校となるきっかけを作った非常に新しい記憶だ。


 能力者たちの抗争による建造物の損壊・負傷者・死者などがニュースで挙げられることがあるため、自分が知らないアンダーグラウンドな世界でそのような闘争があることは知っていたが、あそこまで大規模なものは稀である。


「能力者同士の戦いってのは何となく分かっていたけど、あの二人は何だったんだ?」

「中立の立場である妾があまり詳しい事情を話してはいけないのだが、巨大娘は巨人性愛マクロフィリア・ロボ娘は機械性愛メカフィリアという性癖の者が持つ能力によって召喚された存在じゃ。お主が知らないだけで、この世界の水面下では様々な性癖を持った者たちが異能力を使って戦ってるんじゃよ」


 巨人性愛マクロフィリアとは、巨大(明らかに人間ではないサイズを指す)な女性に対しての性的嗜好を指す。2m程度の女性に対する性的嗜好はトール・フェチズムと呼ばれ区別される。


 機械性愛メカフィリアとは、アンドロイド・人造人間などの機械で作られた人間に対しての性的嗜好を指す。女の子が機械やアーマーを装着して戦うメカ娘とは『機械そのものか否か』と『機械を装着した人間か否か』で区別される。


「お主にはこの戦いに参加してもらうことになる。覚悟はできているかの?」


 手を床について四つん這いになると、値踏みをするように下から顔を覗き込む。


「か、覚悟、と、言っても……っ!!」


 四つん這いになった少女の胸元の上衣が緩み、人間のものとは思えないほどに白くて綺麗な肌――そして、小さな二つの膨らみが眼前に迫り、男であるが故に自然と視線が吸い寄せられてしまう。


「俺は異能力とやらが欲しくて来たんじゃなくて、偶然ここに連れてこられただけなんだって!疲れたし能力云々よりも、さっさと帰して欲しいんだけど?!」

「いいや、お主には何が何でも異能力が使えるようになってもらう。何故なら……」


 人には座れと促した癖に、すっと立ち上がって仁王立ち。今度は上から純多じゅんたの頭を見下ろす。


「妾たちの事情を知ってしまったのだからな!!」

「自分で喋ったんじゃねぇか!!帰らせてもらうぞ!!」


 こんな茶番になど付き合ってられない。

 勢い良く立ち上がりどかどかと歩いて出口に向かおうとするが、


「逃がさぬぞ?」


 ぴしゃりと直前でふすまが閉まる。


「ぬぐぐぐ……。ちっとも開かねぇ?!」

「ここは神である妾の本拠地じゃぞ?一介の人間如きが逃れられると思うなよ?」


 背後に立つ巫女装束の少女の銀色の髪が不自然に動き、琥珀色の瞳が怪しい輝きを放つ。

 背後にいる少女が『何か』へと変貌する片鱗を見せたのを直観で悟り、総毛立つほどの悪寒が走った。


「偶然とはいえ、お主は『こちらの世界』に来てしまったのじゃ。諦めて妾と直会之儀をするが良い」


 このままでは本気で殺されかねない。

 思わぬ形でククリの神性を思い知った純多は床に投げ出されたおっぱい饅頭を拾い上げると、大人しく少女の正面に座る。


「よし。心構えができたようじゃな?」

「帰してくれる気がないならやるしかないだろうが。……と言っても、危ないことじゃないんだろ?」

「あぁ。妾とおっぱい饅頭を食べて、お主が異能力に目醒める。たったそれだけじゃ」

「たったそれだけ、って……」


 少女自らが言っていたではないか。巨人とロボ娘は異能力によるものだと。

 ここで直会之儀を済ませれば、あの巨人やロボ娘を召喚できるような異能力を手に入れることになるというのに、「それだけ」で済ませるとはどういうことか。


 あるいは、その巨人やロボ娘すらも「それだけ」で済ませてしまえるような超常的な力が他にもあるということなのか。


「異能力はおっぱい饅頭を食べてから一定時間の間だけ発動する。能力を使うのが嫌ならば、饅頭を食べなければいいだけのことじゃ」


 常に発動しっぱなし、というわけではなく、能力の発動のするしないに選択の余地があるということか。内心で胸を撫で下ろす。


「そんで、その能力とやらはどうやって決まるんだ?」

「簡単じゃよ。


 ククリの声を耳に入れ、嫌な汗が一筋流れる。


「性的嗜好、ということは……」

「フェチズムと言ったほうが分かりやすいかの?有名で分かりやすいものだと、巨乳好き・貧乳好き・美乳好き・ロリコン・熟女好き、とかじゃな」

「あの……、ちょっといいか?」

「なんじゃ。まだ未練があるのかの?」

「性的嗜好を元にした能力が発現するということは、あんたに俺の性癖がバレちゃうことになるよな?」

「あははははははっ!!!」


 ククリは後ろに倒れると、腹を抱えて笑う。


「お主はこれから能力を使って戦う身じゃぞ?!そんなことを恥じていてどうするのじゃ?!能力を使うたびに「恥ずかしいっ!!」って言いながら赤面するのかの?!!」

「あれ?!自分の性癖を明かすことって恥ずかしいことだと思っていたけど、もしかして俺の方が間違ってるのこの感覚?!!」

「そりゃそうじゃ!ここに来るような輩は、自らの性癖をにしき御旗みはたとして掲げ、他の性癖を持つ者たちを駆逐するために能力を手に入れたいと思っているような奴ばかりだからのう!!」


 能力とはそんなにヤバいものなのか、とも思ったが、10メートルを優に超える巨大娘も、アンドロイドっぽい見た目・機械音声(女性)・手指からマシンガンを放ちながら飛び回るロボ娘も安心安全なはずがない。戦闘風景は何処かファンタジーでチグハグだが、彼らは自身の性癖を他人に押し付けるために本気で殺し合っているのだ。


「さて、腹を括れ少年よ。直会之儀を始めるぞ」


 襖は固く閉められて開きそうな雰囲気はないし、そもそもの話、ここは異空間なのだからククリの力を借りない限り、元の世界に帰る手立てはない。

 直会之儀とやらを行って異能力に目醒めるしか選択肢はないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る