第4話:聖壁公園の秘密

 ここは何処なのだろう?

 純多じゅんたは周りを見渡す。


 何とか振り切ることに成功したものの、逃げるのに夢中になるあまり、知らない場所に迷い込んでしまった。しきりに首を動かすも、ここが何処なのかを判断する材料が見つからない。


「参ったな……」


 純多が通う高校は家から歩いて片道2kmと少し遠く、高校周辺の土地事情が分からない。疲れたことによる心労か、路肩に並ぶ同じような見た目をした一軒家が東西に向かって延々と続いているように錯覚する。


 腹が減ったし喉も乾いた。


 少し歩くと公園があったので、膝の高さくらいまで伸びた雑草を踏みしだきながら公園の中へと分け入る。


 時刻は夕方だが、公園の中には学校帰りの小学生どころか、犬を連れた主婦の姿も見受けられない。あるのは繁茂した植物に覆われた、古めかしい東屋あずまやだけだ。


 酷使した足腰を休めるのには十分だろう。


 吸い寄せられるように東屋まで歩くと、備え付けられた木製の丸椅子の上に、ゆっくりと腰を降ろす。


「何とか死守できたな……」


 Aカップよりも小さい両手のお菓子を見ながら安堵の息を漏らす。


 おっぱい饅頭が好物だからというわけではない。

 他人の物を取り上げて自分の物にしよう、という考え方が嫌いなのだ。


(『統率の藤本』と鉢合わせないように、用心しながら帰らなきゃなぁ……)


 億劫な気持ちで饅頭を食べようとしている間にも追っ手は来るかもしれない。周囲を警戒しつつ質の良さそうな和紙でできた包みを開け、一口食べようとしたその時、


越谷屋こしたにやの物か。なかなかいい目をしているのぅ」


 背中から声を掛けられて純多の心臓が跳ね回りそうになる。


 ばくばくと鳴る心臓をそのままに後ろを振り向くと、東屋にある木製の丸椅子の一つに、腰まで伸びた美しい銀色の髪を持つ少女が座っていた。


 外見から判断するのであれば、年齢は10歳前後。

 赤い袴に白い上衣の、いわゆる巫女装束と言われる装いをし、右手には神楽や巫女舞みこまいなどで使用される鈴を握っている。


「誰かに勧誘されてここに来たのじゃろう?誰か言うてみい?」

「え……?あぁ……?」

「なるほど。口に出して言えぬような者からの差し金ということかの。それはそれで愉快じゃ」


 呆気に取られて喉から声が出ないだけなのだが肯定と受け取ったらしい。少女は静かに笑うと神楽鈴を揺らすように鳴らす。


 しゃらん――。


 この世にある物質から出る音なのかと疑ってしまうくらいに美しく透き通った音が耳朶じだを刺激した直後、寂れた公園を捉えていたはずの純多の瞳が全く別の景色を映し出す。


 どうやら別の場所・もしくは空間に移動したらしく、まるで潮が満ちて押し寄せたかのように、純多と少女が立つ石畳の円形の広場を三方向から老緑おいみどりの森林が囲む。残りの一方向には緩やかに伸びる階段があり、山頂の神社へと続いていた。


「ここは……?」

「初めてだと皆同じ反応をするからのぅ。無理もない」


 苔生こけむした石造りの階段に背を向けながら少女は口を開く。


「ここは聖壁せいへき大社。生と死の狭間にある空間であり、お主の内なる魂に形を与える社じゃ」


 ……言っている意味が分からない。本殿まで続く階段を上りながら、少女の声に耳を傾ける。


「お主も異能力が欲しくて公園に来たのじゃろう?」

「いいや?」

「そうかそうか……、って、え゛ぇえ゛え゛えっ?!!」


 少女が纏うおごそかな空気が一瞬にして消える。


「お主、誰かに教わって聖壁公園に来たのではないのか?!」

「疲れたから偶然見つけた公園で休憩していただけだけど?……と、いうか、聖壁公園って言うんだなあそこ」

「いやいやいやいや!でも『それ』を持っているのだから言い逃れはできぬぞっ?!」


 本来は神様の通り道であるはずの階段の真ん中を堂々と通る少女が、上衣の袖から細い腕を見せながら手元にあるおっぱい饅頭を指す。


「『鬼門北東の方角から東屋に入る』・『おっぱい饅頭をちょうど二つ持つ』・『東屋の丸椅子の上に座る』。この三つの条件を満たしているというのだから、お主は妾を呼び出す方法を誰かに教わってここに来たのだろう?妾をたばかろうとて、そうはいかぬぞ?」

「えっ……?そうだったの……?逃げ回るのに疲れたから適当な公園で休みたかっただけなんだけど?!」

「その様子だと本当に何も知らぬのだな……。偶然でここに迷い込んだのは、永く生きてきた中でお主が初めてじゃわい」


 少女は呆れたように溜め息をきながら鳥居の下をくぐり、からころと下駄の音を転がしながら社へと向かう。


「どちらにせよこの場所を知ってしまったからには、お主をただで帰すわけにはいかぬのだがな」


 あれ?訳が分からないままついてきたが、もしかしてピンチ?


 リアル神隠しの危機を感じ始めた少年は逃げ出したくなったが、相手は恐らく神か神に匹敵する何か。本気で走ったところで逃げ切れないと第六感が悟ったため、そのまま大人しく靴を脱いで社へと上がる。


 木が張られた廊下を少し歩くと畳敷きの広い部屋が出現。神社仏閣にあまり言ったことがないので詳しくない純多だったが、一つだけ違和感に気づく。


 それは仏の像があるはずの場所に、天高く聳える太くて長い棒があったからだ。


「これは、おちん」

「幼児語で言うでないたわけ者が!!マラ信仰じゃよマラ信仰!!そんなに嫌らしい目で見るでない!!」


 幾度となく経験したシチュエーションなのだろう。純多が口にするよりも早く、巫女装束の少女が先手を打つ。


「これはマラと言ってじゃな、そのまんま見ての通り、男性の局部を偶像化したものじゃ」

「……見りゃわかるよそんなもん」


 自分の股間にも付いているのだから分からないわけがない。


「K奈川県やH庫県・Mざき県の一部の神社では現在でも信仰されておるぞ。とても神聖かつれっきとした偶像なのじゃ」

「で、何でそんな卑猥な物を崇拝してるんだ?」

「卑猥などど言うでない!!人間の生殖器はアジア圏を中心に古くから信仰されていて、安産祈願などの神力があるんじゃぞっ!!」


 全くの浅学だった。少女の剣幕に怯む。


「――っと。ここにお主を連れてきたのはマラ信仰についての教鞭きょうべんふるうためではない」


 頭頂に生えた耳をぴくぴくと動かしながら腰掛けると、純多にも相対して座るように促す。


「お主、おっぱい饅頭を持っておるじゃろう?それを一つ、妾にくれぬか?」

「あんたもこのおっぱい饅頭が欲しいのか?これって、そんなに意味がある代物なのかよ?」

「あぁ、非常に価値があるものじゃ。お主の想像を遥かに超えるほどにな」

「何とか屋の高級なお菓子だからか?」

「越谷屋じゃな。高級だからというのも勿論あるのじゃが、もっと大事な意味がある」


 終始話の意図が分からないので、言われた通りにおっぱい饅頭を一つ少女の前に差し出す。


「ふむ。それでは始めようかの」

「何を?」

「直会之儀じゃ」

「な、なお……?」


 純多の頭にハテナが浮かぶ。

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