第14話 接触、捕獲対象


「ここよ。オルトの森」


 オルトは土地の名前らしい。走って通り過ぎてしまったが、この森に一番近い町がオルトと呼ばれていることをソリスが教えてくれた。

 街道は徐々に木に覆われ、気付けばどこが道かもわからない程の場所に来ていた。深い緑はこの森に日があまり差さないことの証明だ。今は正午を過ぎた頃だが、かなり暗く感じる。どころか、汗だくのはずなのにひんやりとしてすぐに汗が冷えてしまった。


「ルーン、流石にアンタの出番よ。アタシには生命探知は出来ないから」

「わかってるよ。ディテクトライフ!」


 彼女が言うと、ルーンは杖を二度程振る。杖の先が光を放ち始め、やがてそれは色付いて俺たちの周りを球状に覆った。紫色の薄い膜のようなものの中に、俺たちはいる。


「生命探知。このドームの中から向こうを見ると、生き物の気配が黄色く光るんだよ」

「すごい……」


 そう言われて周囲を見る。基本的に緑の森に紫が乗っかって変な色に見えるだけだが、向こうの方に動く光の塊がある。

 これが生命探知による効果か。大きさから見て、草食のモンスターのようだ。


「あれは違う。これも……。この森にはいないのかしら」

「さあ……千里眼に切り替える?」

「魔力消費が多いからいいわ」


 二人が何やら相談しているが、俺にはあまり意味が分からない。生命探知以外の便利な魔法だということと、それがかなり力を使ってしまうことだけはわかる。

 ルーンが歩くとドームも一緒に動いた。俺たちは周囲を見回すが、それらしい気配は見えない。そう、気配は見えないはずなのに、どこからか視線を感じる。

 それは二人も同じらしく、俺たちは自然と背中合わせで周囲を見回し始めた。ジリジリと汗が滴る。おかしい、さっき引いたはずなのに。こんなにも冷たいのに汗をかくなんて。

 これが冷や汗なのかと気付くのに、俺は少々の時間を要した。それ程までに無意識に、初の戦闘に俺は緊張していたらしかった。


「おかしい、気配を感じるぞ。それなのにどこにもいない。生命探知は生きているものなら、モンスターも人間も映すはずなのに」

「……ルーン、仮定が三つあるわ」

「聞かせてくれ」


 二人は静かに話している。俺も黙ってそれに耳を傾ける。


「一つはアンデットの可能性。それなら生命ではないから映らない理由になる。もし目に見えるところにいても魔法に反応しないから、アタシたちは接近に気付き辛くなる。もう一つは上にいる可能性――まだ見ないで! もしいた場合私たちはずっとつけられていたことになる。様子を窺われているならアタシたちが気付いたことを悟られるのはマズイ」

「……もう一つは?」

「それは――」


 ルーンとソリスが同時に上を見た。俺もつられて見るが、生命探知の光はない。

 光はない。なのに、そこには大きな猫のモンスターが。


「――その両方よ!! 避けなさい!!」

「シャァアアアア!!!」


 轟音。そして凄まじい勢いで景色が流れる。直後、俺は木に打ち付けられて肺から大量の息を吐いた。

 俺の意思で跳んだわけではない。だけど攻撃をくらったわけでもない。ソリスだ。ソリスが俺を助けるために、俺をぶん投げた。


「ふ、二人はどうなった……」


 巻き上げられた土埃には、森の僅かな光でもわかるほど巨大なシルエットが映っている。爪が鋭く、大人の腕程の大きさがある。人影はない。

 俺は揺れる視界の中二人を懸命に探すと、ルーンの白髪が視界の隅に入った。彼も俺同様木の根元で咳き込んでいる。恐らくソリスにぶん投げられたんだ。


「ソリス! ソリス大丈夫か――」

「はあああああ!!」


 俺が彼女の名を呼ぶ。刹那、上空から光が落ちてくる。……いや、太陽が剣に反射しているだけだ。

 ソリスが剣を振りかぶりながら、モンスターの頭上から斬撃を繰り出そうとしていた。あの一瞬で男二人をぶん投げて、尚且つ自分は上空へ回避……? バケモノか……?


「ニャァオオオオオオオ!!」


 ソリスの剣はモンスターの爪と交差する。無傷で捕らえる依頼のはずなのに、猫か俺たちか、どっちかは絶対に傷を負ってはいけないはずなのに、ソリスはお構いなしのようだった。

 次いで彼女は身を捻り、剣を弾くようにして己の体を後ろへ飛ばした。反動でモンスターの右手――この場合右前足というべきか――がその巨体の方へと弾き返される。ソリスはまだ止まらない。後方を一切見ずに幹に着地するとそのまま飛び出した。木の皮が捲れあがり、どれほどの衝撃なのか目で見てわかるほどだ。

 再び剣が空を斬る。その風斬り音は俺の元まで届き、恐ろしい速度であることがわかった。当然モンスターもそれに気付く。奴は爪を再びソリスに向けると、両者の刃が再び交差する。

 衝撃と爆音が周囲に響き、鳥が遠くの方で羽ばたいていく。思わず耳を抑える。火花が散る。それも一度ではない。散り続けている。

 両者が一歩も譲らず刃に力を込め続けていることがわかる。


「魔描ネメアだ。アンデットと同じで生命探知に反応しないタイプのモンスター。だけどその厄介な部分はアンデットとは違って、概念的魔性を宿しているところにある」

「ルーン。大丈夫か」

「なんとかね」


 ルーンがフラフラと俺の元へ歩み寄って来る。咳き込みつつも傷は負ってないらしい。俺も無傷だ。互いの安否を確認し合い、一度安堵の息を吐く。


「どうやら無傷でいなくちゃいけないのは僕たちの方みたいだ」

「そうなのか。どの攻撃が厄介なんだ? 爪?」

「いいや、全部だよ。今から負う傷全て、ネメア由来であろうとなかろうと関係ない。ネメアの持つ特殊能力で、傷という概念を永久に負わされ続けることになる」

「ど、どういうこと?」


 頭が追い付かず、続けて質問をしてしまう。


「奴は傷そのものなんだ。概念が具現化し、魔物になった。奴の近くで、例えば指に擦り傷を負うとする。するとそれが無くなることはなくなってしまう。擦り傷と言う概念が君の指に永遠に宿ることになる。治ることはない」

「じゃ、じゃあもし致命傷を負ったら……」

「二度と治らない。死ぬしかない」


 背筋に嫌な汗が流れる。血の気が引いていくのがわかる。モンスター討伐ってこんなヤバい奴と戦わなくちゃいけないのか……? 俺はギルドに夢を持ちすぎていたのか……?


「いや、君はかなり不運なだけだよ。あんな奴ゴロゴロいてたまるか」

「ソ、ソリスは大丈夫なのか!? あんなに接近して、少しでも傷を負ったら大変なんじゃ」

「大丈夫だよ。今はまだ、ね」


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