第7話 強靭な肉体とその精神


 妙な気分だ。

 さっきまでの自分が酷くちっぽけに思えてくる。ひ弱な体に宿る精神と、健常な肉体に宿る精神がこんなにも違うとは思わなかった。特に理由のない自信が溢れてくる。どちらかと言うと鬱状態から定期的に上がる躁状態に近い精神状態で、どこか不安になる。

 書き変わった思い出が俺に教えてくれる。母から受けた愛情で歪むことはなかった俺は、この肉体を正しく成長させ、村でも主力の一人になっている。相変わらずブリーは嫌な奴のようだが、肉体的な嫌がらせはほとんどなく、精々陰口程度だ。

 外へ出て歩いてみる。


「よーリドゥ! 元気かー」

「よ、よう……」


 村人の一人が陽気に声を掛けてくる。思い出が書き変わったとは言え、俺の意識は俺のままだ。

 今まで冷たい目で見てくるだけで挨拶なんてろくすっぽ返してこなかった奴が、今は向こうから声を掛けてくる。違和感と困惑に溢れてしまう。

 俺はそのまま歩き、農地へと向かう。


「……ハハッ。体が軽い!!」


 さっきまで身長は160cm程度しかなく、体重も軽かったはずなのに今の方が断然体が軽い。身長は190cm程だろうか。

 俺は嬉しくて駆け出す。あっという間に農地へ辿り着く。


「いや、広いな!?」


 農地が数倍に広がっている。山がいくつか切り崩されており、記憶を辿るとどうやら俺たちがやったらしい。

 俺一人が元気に生まれるだけでこんな変化が訪れるのか……? それにしても影響が思った以上に大きい。


「まさかこれがバタフライエフェクトか……?」


 画面を触り、設定とやらを見てみる。バタフライエフェクトの強度が普通と表記されており、説明書きが増えている。


「『バタフライエフェクトの強度、普通。未来への影響が大きく本人の想定しない範囲の場所、人物に影響を及ぼす』……え、これ結構やばくないか?」

「やめてください!!」


 と、そこに突然女性の声が響いた。

 顔を上げるとそこにはブリーとエレナがいた。ブリーはエレナの腕を掴んで彼女を組み敷こうとしている。


「おい、なにやってんだ!!」

「げっ、リドゥール! 邪魔すんなよお前!」

「っ……」


 ブリーの腕を掴み上げると、思ったより簡単にその手を引き離すことが出来た。

 奴が凄みながらこちらを殴りつける。若干怯んだ俺だったが、殴られた肩に痛みはない。……強くなってるんだ、俺。


「いいだろうがよこんな売女! 顔が良いことしか取り柄がねえんだ! 仕方ねえから俺が抱いてやろうとしてただけだ!」

「……」


 目を瞑って俺は記憶を辿る。

 エレナ。幼い頃父母が強盗に殺害され亡くなり、引き取られた家も火事に遭ってしまった。更に運の悪いことが彼女の周囲で立て続けに起こってしまう。遂には不幸をまき散らす子供として村から忌み嫌われる。

 その見た目の美しさから体目当ての大人が寄り付き、彼女は嫌々ながらも応じて生活費を稼ぐしかなかった。


「こんなことになるなんて……」

「離せよリドゥール! ゴラァ!!」

「ッくそ!!」


 感情が昂る。今まで怒りの感情に支配されることはあまりなかった。それは自分の体や境遇への諦めから、怒っても仕方ないからとのことだったが、今の俺は違う歴史を辿っている。

 肉体が怒りを訴える。感情のままにブリーを殴りつけると、続けて怒鳴る。


「エレナはお前ごときが触れていい人じゃねえ!! さっさと失せろ!!」


 言った後自分で驚く。性格が変わりすぎている。

 ブリーは二言三言何か怒鳴った後走り去っていった。俺は倒れ伏せて泣いているエレナを起こす。


「エレナ。大丈夫かい?」

「リドゥ……ダメよ、私に近付いては。村の人があなたに冷たくなってしまう」


 彼女はこんな境遇になっても心まで美しいままだった。むしろ豊かだった頃の奔放さがない分だけ、こちらの方がより魅力的に見えてしまう。

 ボロボロの衣服にも関わらず、そこから覗かせる豊満な肉体から必死に目を逸らす。心は罪悪感でいっぱいだった。


「エレナ……俺のせいで君はこんな境遇になってしまった……本当にすまない」

「リドゥ……? 何を言っているの?」

「もう一回やり直してくるよ。この体は気に入ったけど、君がこんな目に遭うのは絶対に許せない」


 エレナを抱えあげて立ち上がらせる。何だか色々な部分が当たって本当に柔らかだったが、俺は自分の頬を叩き付けてそれを忘れる。驚いて飛び跳ねるエレナが可愛らしかった。

 俺は画面を表示させ、スクロールする。


「空中に指を振って何をしているの……? 魔法の素質はなかったはずよね……」

「魔法とは少し違うね」


 どうやら画面は他人には見えないらしい。それなら俺の行動はさぞ滑稽に、可笑しく見えるだろう。

 俺は苦笑しつつ返した。


「じゃあ、もう一度やり直すよ」


 俺は再度自身が生まれる以前の画面をタッチする。

 光が溢れる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る