第8話 祝福を授かった俺は
「……信じてみます。息子がここにいるかもしれないってこと」
「そ、そうか……」
母が老婆に告げていた。
良いタイミングに戻ってきたぞ。バタフライエフェクトとやらを設定し直さなければならない。
俺は画面を開いてその説明書きを見る。
『バタフライエフェクト強。未来への影響が強大で世界の基礎そのものが変化するほどの影響。普通強度の20倍以上の影響を及ぼす』
『バタフライエフェクト弱。未来への影響が小さく、本人の周りに影響を及ぼす。普通強度の半分程度の影響を及ぼす』
『バタフライエフェクト無。未来への影響がほぼ無い。本人の行動の想定内の影響のみを及ぼす。世界への影響は本人の行動とそれに伴う極最小限へ意図的に留められる』
この設定を見落としていたのか、俺は……。とりあえず無に設定を合わせて俺は現在へ画面を合わせる。
「現在の世界への影響値0.02%……よし、行こう」
光が溢れる。
「くっ……毎回これが来るのか……」
記憶の更新が行われる。概ね先程の記憶と同じようだが、不思議なことにさっきまでの世界の記憶が消えかけている。一番初めのひ弱で情けなかった頃の記憶は鮮明だというのに。
部屋の鏡を覗くと、そこには先程より多少背の低い男が立っていた。筋肉量も若干落ちている気がする。それでも最初の体より全然良い。
「エレナはどうなった……」
俺は目を閉じると彼女のことを思い浮かべる。記憶の景色が鮮明に浮かぶ。
エレナ。幼馴染の一人で村一番の美女。外見の美しさに違わず、性格も優しく村の中での人気は言わずもがな。しかし、勇者に選ばれたブレイブに恋をしているのは周知の事実の為、彼女に手を出すものはいない。たまに帰って来る勇者と共に過ごすことが多いので、もはや恋をしている以上の関係であることは明らかだ。
「……よかった。元の世界とあまり変わらない」
俺は一息吐いて微笑む。どうやら農地の広さも狭くなってしまったらしい。
村人との関係性については変わったままのようだ。俺を蔑むような記憶がない。俺自身に関わることだけが変化し、それ以外に世界はあまり変わっていないようだった。
「じゃあ本格的に始めるか!」
ベッドに倒れ込み、仰向けのまま画面を操作する。
いよいよ冒険者の人生へやり直そうと思う。この体なら多少の無理は出来そうだし、いつの時代が良いかな……。
「20歳前後がやっぱり良いよな。体も若くてよく動くだろうし。新鮮な気持ちで始められそうだ」
スクロールバーでその辺りの画面を開いてみる。18歳の頃の俺が映っている。確かこの年は村が豊作で結構余裕があった気がする。
この時期になら俺が抜けることも出来るかもしれない。俺はすぐにその画面に触れた。
光が溢れる。
「っと……」
場所が移動している。服装も普段の作業着ではなく余所行きの小綺麗な作業着になっている。
丁度いいじゃないか。これは街の方へ作物を卸しに来た日だ。
「リドゥ! 何ぼーとしてる! そっち下ろせ!」
「あ、ああ! ごめん!」
村人の一人が俺に声を掛ける。卸先の倉庫には既にいくつかの作物が並べられていた。
俺も慌てて野菜の入ったカゴを持ち上げて荷台の下の彼に渡す。
「やっぱこの体良いな……」
あの筋肉質な体ほどではないが、カゴがかなり軽い。元の体では信じられないほど順調に作業を終える。
村人たちが一服している間に俺は抜け出し、ギルドを探す。
「あった。ここだ」
レンガ作りの看板が特徴的な建物。剣と盾を模したその看板に俺は見覚えがある。
いつも憧れて通り過ぎるだけだったギルドだ。俺は数度深く呼吸をして、胸を撫でる。
意を決して扉を開くと、思った通り人が賑やかに話をしていた。
「こんにちは。本日はどのようなご用件ですか?」
扉を通って真っすぐ奥へ。受付へ行くと綺麗な女性がにこやかに俺を出迎えた。
もうこの時点で心臓がバクバクとうるさい。緊張して上手く舌が回らない。屈強な冒険者と思われる男たちがこちらを見ている気がする。
「あ、え……と」
「ご依頼でしたら、こちらの用紙に記入を」
「依頼……」
そりゃそうだよな、と俺は溜め息をほんの小さく吐いた。こんな明らかに農家の格好をした奴がギルドに来たら、何かを依頼しに来たと思って当然だ。
ギルドのメンバ―達もこちらを見ているが、どんな依頼をするかというだけの、ただの興味本位なんだろう。
「ギ、ギルドメンバーになりたくて……ですね」
「え……あ、登録の方ですね。失礼致しました」
隣で覗き込んでいた冒険者が噴いた。明らかに馬鹿にされている。
受付の女性は慌てて別の用紙を準備し始めた。
「兄ちゃんやめときなー。農家だろ? ギルドに憧れる気持ちはわかるが、憧れは憧れのままの方が良いぜ?」
「な、なんだよ。別にいいだろ」
「ギルドは色んな所に支部があるが、どこに行ってもランク3までは人権がないって言われてる。下位ランクの奴らは上位ランクに逆らえねえし、大抵の奴は下らねえお遣いばっかさせられて拗ねて辞めちまうよ。そんな思いしたくねえだろ?」
男はニヤニヤと笑う。首から下げたネックレスの先には銀のプレートがある。プレートに三つの線があるということは、彼はランク3というやつなのだろう。
親切半分、からかい半分という様子だ。
「ではここに必要事項を記入してください。書けましたらこちらの方でお預かりして登録手続きの方を――」
「こんなもんいらねえよ。兄ちゃん帰りな。辛い思いしたくないだろ?」
女性が用紙を差し出すのと同時に男はそれを取り上げる。
「俺が活躍できないとは限らないだろ。いいからそれを渡せよ」
「渡さねえー。諦めて帰りな」
「お、なんだなんだ。新人いびりかー? 気が早いなー」
周囲が俺たちのやり取りに気付いたらしかった。徐々に周りに人が集まり、様子を窺って来る。一様にニヤニヤしており、ここがどういう世界なのか少しわかってきた。
つまりは全員ブリーなんだろう。力を示せない他人を貶め、いじめるような奴らが今ここには集ってきている。
「なら、俺もやるしかないな」
「おいおいやる気かよあの農家の兄ちゃん。そいつはランク3だって気付いてんだろ? 怪我する前に止めときな~」
俺は宙に指を振る。胸の前に俺にしか見えない青い画面が浮いてくる。
今の画面を開いたままにしておくと、どんどん画像が過ぎていく様が見て取れた。時間が進むごとに今が過去になっていく様子なのだろう。
この画面の帰着するポイントを定めながら、俺は男を指さして宣言する。
「俺はリドゥール・ディージュ。何回やり直してでもお前を倒してギルドに入ってやる」
「おもしれえ。その喧嘩買ったぜ」
相も変わらず男はニヤニヤ笑ったまま答えた。
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