第6話 その行動、霊体にて


 これは……どうだ? チャンスか? お祓いなんてされたら堪ったものじゃないが、この老婆になら俺の意思が伝えられそうだ。


「あんたお腹の子を大事にせにゃならんのにどんな変なところへ行ったんだい? 未練のありそうな男があんたの後ろにいるよ」


 老婆は母に告げる。変なところへ言っていないと母は返すが、俺は必死に老婆にアピールした。


「未練も何も俺はまだ生まれてないんだって! お婆さん! このお母さんにお腹の子を強くするようなものたくさん食べろって伝えてくれない!?」

「ええ? 幽霊がなんか変なこと言ってるよ奥さん。お腹の子を強く生めってさ」

「はぁ……幽霊なのにお腹の子の心配してくれてるんですか……」

「肉だ! 多分肉がいい! きっと! だから肉食べて元気な子を生んでくれ!」


 俺は必死に続ける。母は幽霊なんて信じていないのか、老婆がボケたと思っているのか。ただただ困ったように眉を曲げていた。

 ダメだ、これどうにもできない!!


「肉を食べろって……いや、肉は赤子に悪いから食べちゃダメだと村では言われとるが」

「え、肉?」

「よく火を通せば大丈夫なんだよ! 生とか半生はダメだけど、火を通せば大丈夫なんだよ!」

「火を通せば大丈夫と……はぁー、あんた幽霊なのによく知っとるのう」

「婆さん感心してないで! 母さんに伝えてくれ!!」


 母さんは昔、肉を食べると胎児に悪いと聞いて食べなかった。小さい頃そう教えられたことがある。村の外からやってきた行商人曰く火を通せば大丈夫だというから、それを伝えれば母さんは多少でも肉を食べてくれるはず。 

 それで未来が変わるかは知らんが!!


「奥さん、幽霊が必死に肉を食べてくれと頼んどる。そりゃもう必死に頼んどるよ」

「え、ええ……そうなんですか……」


 母は疑いに満ちた目で老婆を見た後、その目線の先の俺を見た。

 俺は空中で土下座して叫ぶ。


「お願いします! あなたの息子の頼みです! 名前は決まってますか!? リドゥールの頼みです! 婆さん、母さんにこれを伝えてくださいいいい!!」

「お、奥さん。幽霊があんたの息子を名乗っとる。リドゥールだとか……」

「!!?」


 ここに来て俺は初めて手ごたえを感じた。名前だ。名前に母は反応した。


「男の子ならそう名付けようと思ってたんです……誰にも伝えてないのに」

「どんな逆境にも負けないように、どんな時も強い音を出せるようにって、胎内から感じる鼓動から名前をつけたんだよね!!」


 老婆は俺の言葉を復唱する。

 母は驚いて声を上げ、その場に座り込んだ。


「お、奥さん大丈夫か!?」

「ぜ、全部当たってます……由来なんて、本当に、旦那にも伝えてないのに……」


 座り込んだまま、彼女は誰もいない空を見た。いや、俺とはバッチリ目が合っている。


「……信じてみます。息子がここにいるかもしれないってこと」

「そ、そうか……」

「よっしゃ!!」


 母の言葉に俺は拳を握る。これでこのひ弱な体で生まれなくても済むかもしれない!!

 俺は急いで画面を開く。現在までスクロールバーを移動し、選択する。


「現在の世界への影響値0.46%……なんか増えてるけど大丈夫だろ。よし!」


 光が溢れる。

 俺は現在の部屋へ辿り着く。直後脳内に大量の景色が雪崩れ込んでくる。


「ぐ……っう……なんっだこれ……!」


 それは思い出のようだった。幼少期から今までの記憶。痛みはない。だが大量の景色に意識が朦朧とする。

 そして理解する。思い出が書き変わっていく。生まれてから今までの、全てが変わっていく。


「はぁ……はぁ……」


 俺は壁に手を付きながら部屋の鏡の前へやって来る。


「これ、俺か……?」


 そこにはやや俺の面影を残した大男が立っていた。

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