技術の進化の行先に在る不変な動機と一縷の希望(お家デート編)

「私は常々こう思うのよ」

「なんだい?」

「人間は食に対して拘り過ぎだ、と」

「ふむ、興味深いね。まず君の意見を聞こうか」


 北海道産の玉葱の皮を剥き終わり、三分の一は細切れにする。その際水泳用のゴーグルを身に着ける。これで目の痛みは一切感じずに済む。万全を期すなら煮る段階まで着けていた方が良い。


「そもそも、食事というのは栄養を取り入れる為の行為であって、それ以上の拘りを持つのは人間の百八項目は在る無駄な活動の中でも割と上位に鎮座すると思うの」

「ふむ」


 一センチ四方の立方体に切られたニュージーランド産の牛のバラ肉を取り出し、臭いを確かめる。特に問題はないが、もう少し弾力があった方が良かったかもしれない。

 脂身の多い部分を、予め少し温めておいた銅製のフライパンに置いて、箸で少し潰す。タンパク質と脂肪が加熱される際に出る音が早速食欲を刺激する。そのままフライパンの底を肉で拭く事で、別の食用油を使わずに焦げ付きを防止できる。


「それをわざわざ世界中から、あらゆる植物や動物を掻き集めて作る必要なんてある?」

「うん、確かに。その意見は一つの物の見方として正しいと思うよ」


 少し火を強めて細切れにした方の玉葱と、切った黒田五寸の人参を入れて焦げ付かない程度に混ぜる。この玉葱は甘みを出す為の分で、飴色になるまで加熱した後ルーに溶ける事を前提としている。今回はジャガイモの代わりにこれも北海道産の山芋を使ってみる、これを火を止める四分前に入れる。

 人参と山芋をどの位の大きさに切るかは意見が分かれる所だろうが、僕は歯ごたえを重視し、割と大きめに切る。皮は剥かない。


「確かに味覚というのは本来体内に入れる物が人体に有益かどうか、毒が無いかどうかを判別する為の物だ」

「そうよ。加熱するのは理解できる。細菌や寄生虫を駆除する為に行うのよね?」


 別の鍋で半分ほど入れて加熱しておいた水:低脂肪乳=7:3が沸騰し始めたら、独自の調合でアレンジしたルーを入れる。ちなみにこれが四十七番目の試作品となる。今回はサフランとの配分を少し多めにし、アドジョワシードを隠し味に加えてみた。


「確かにそういう側面もある。でも火を恐れなくなる程知能が発達したのなら、今度は火を使って更に食事も進化させようとするのは自然な流れじゃないかな?」

「技術の進化は確かに文化を発展させる要素としては必要不可欠だと思うわ。でもそれはあくまでも効率と利便性を向上させるためのモノであって、料理に関しては精々レシピが増えていくだけでしょう?」


 炒めた人参と山芋を鍋に入れたら、空いたフランパンに残りの玉葱と肉を入れる。こっちの玉葱は乱切りにしてある。強火で表面を固くして旨味を中に封じ込めるイメージで約三分、適度に火が当たる部分を変えながら。

 フライパンの中身が全体的に焦げ目がついたら、全てを一つに纏める。更に粘度が欲しい時はルーではなく片栗粉を混ぜることで塩分を抑えつつを確保できる。

 最後に蓋を完全密閉して一気に中の圧力を上げることで、形が崩れるのを抑えつつ短時間で味を各食材に浸み込ませる。終わったらガーリックパウダーと粉チーズを少々、混ぜないでそのまま。


「でも、こんなにも料理という文化が進化していった理由は予想できるよ」

「へぇ、たかが生まれて数十年の貴方に数千年間続いた人類の変遷が語れるってわけ?」


 アレンジとして更に食材を入れるなら水気の無い緑菜が望ましい。ブロッコリー辺りが更に栄養バランスが良くなりお勧めだ。

 ちなみに福神漬けの由来は、元々カレーにはチャツネという調味料を添えていたが、それが切れてしまった時に代用として出したら意外と好評だった為、こっちの方が定着していったんだとか。


「大好きな人に少しでも美味しく食べてもらいって人が、いつの時代も絶えなかったからじゃないかな?」


 そう言いながら、僕は彼女が映っているディスプレイの前に、出来たてのカレーライスを置く。勿論彼女は手を付けようとしない。


「…………いつか私も、食事を楽しめるようになるのかしら?」

「きっとなるよ。人が望む限り、君というは進化し続けるんだから」


 ただ、それが実現するのは更にずっと先の話だ。その頃には僕はもう生きてはいないだろう。

 願わくば、百年後の未来でも、彼女においしい料理を振舞いたいと思う人が居ますように。


「じゃあ、とりあえず今はこれだけ言っておくわ」

「なんだい?是非聞きたいね」

「……ごちそうさま」


 この台詞を相手に言う時の気持ちは、きっとこれからも進化しない筈だから。

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つまり、君は僕の事が好きって解釈で良いんだよね? レイノール斉藤 @raynord_saitou

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