外世界に見る意識の相互作用と感覚の共有が齎す疑似的な交合(あか色編)
「あれ?まだ残ってたんだ」
「……」
僕が声を掛けても彼女は全く反応せず、窓の外を見ていた。
木板と鉄パイプで構成された小さな机に右肘を置き、右掌に顎と耳の右側を乗せ、足と背中は殆ど窓の方向を向いている。左腕はここからでは見えない。
「もう皆行っちゃったよ?行かなくて良いの?」
「……それは貴方も同じでしょ?」
やっと振り向いた彼女の右頬には薄く赤紫の跡が残っている。逆に左側は窓から差す紅い光に照らされていて、鮮やかな階調が窺える。
僕は他に誰も居ない教室に入り、彼女の前方の座席に足が触れる場所まで歩み寄る。
「君を探していたんだ。もしかしたら此処に居るんじゃないかって」
「……」
彼女はこちらの発言には興味が無いとでも言うように、また左側の窓の方を向く。
もう授業などやっていないというのに、彼女は制服を着ていた。
と言っても、白いブラウスシャツのボタンは胸元の一つしか止めておらず、ベージュのチェック柄の夏用ベストは袖を通しただけ。紺一色のスカートは足元が所々千切れている。
「……私は常々こう思うの」
「なんだい?」
顔の向きを変えず、独り言のように彼女が呟く。焼け焦げた髪の切り残しが僅かに頭頂部に残っていた。
「SEXの表現として、『一つになる』って言うのがあるでしょ?あれがどうにも的外れに思えて仕方ないの」
外から僅かに聞こえていた駆動音は徐々に大きくなり、上空を通過していった。紅い空に一筋の白い雲を描いていたのは自然現象ではなく、大型の旅客機の排気ガスだったらしい。
「……へぇ、興味があるね。詳しく聞かせてくれないか?」
「だってあれは結局密着しているだけであって、凸と凹を合わせて□になってはいるけれど、決して融合しているわけじゃないでしょ?」
「まあ、一種の比喩表現だろうね」
遅れて大気の振動が今にも崩れそうな校舎をますます虐め抜く。既に罅だらけの窓ガラスに更に亀裂が生まれ、何枚も地面に落ちる音が聞こえた。
「議論の方向性を決めよう。表現、言葉の選び方に問題が在るのかい?」
「……綺麗」
彼女の向いている方を見ると、ちょうど紅い光を放つ巨大な球体が、大型の旅客船に直撃していた。
ただ、どちらもこの距離からでは小指の爪程の大きさにしか見えない。
僕は次々と黒煙と火柱を巻き上げる船群を見つめながら、彼女の次の言葉を待った。
「浅ましいと思う?無駄に足搔いてる、と」
「……どうだろう?それも生物として当たり前の行動じゃないかな?」
「仮に助かったとして、どこでどうやって生きるつもりなんでしょうね?」
「また一からやり直すのかも。その環境に適応できるように進化していくとか」
彼女は突然立ち上がり、身に着けていた衣類を全て床に落として、清々しい笑顔で言った。
その体には幾つもの火傷の跡が在ったが、それに関しては何も思わない。僕も似たり寄ったりだ。
「踊りましょうか」
「ここで?ダンスなんてやったこと無いよ」
「くっついて揺れてれば良いの。誰も見ていないんだし」
世界の終わりに二人で踊る。そんな歌をいつか聞いたような気がする。
数瞬躊躇った後、僕も着ている物を全て脱いで、横に投げた。
手が触れ合う、胸が触れ合う、全身が触れ合う。互いの体温は同じ筈なのに、触れた部分がじんわりと熱い。
やがて、曲も振り付けも無い舞踏会が始まった。
「このままお互いの体が溶けて、混ざり合ったら、一つになれたって言っても良いかもね」
僕の血が彼女の血と混ざり合う、僕の肉と骨と全身の細胞が彼女の其れと混ざり合う。確かにそれは一度分かれたモノが再び一つになる事と言って良いのかもしれない。それはとても甘美な時間だという確信があった。どちらも未経験だというのに。
ただ、その前にどうしても確かめておきたい事があった。
「それは……君が僕の事を好きっていう解釈で良いのかな?」
「それは、どうかな。今この教室に誰かが来てくれれば、誰でも良かったのかも。でも……」
「そんな酔狂な人間は世界中探しても僕しかいない。だろ?」
「……」
無数に降り注ぐ光の中で一つ、こちらに向かって来る球体があった。
紅い光は益々強くなり、教室中を朱く染める。
そんな中で僕は、彼女の赤い唇と自分の唇を一つに重ね合わせた。
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