遺失物に内在する異質性と消失の超常性の検証(シンデレラ編)

「私は常々こう思うのよ」

「なんだい?」

「あれは一体どういう経緯であそこに置かれる事になったのか、と」


 彼女が細長く白い右腕を前方に伸ばす。爪には薄く青白いマニキュアを塗っていて、視界の向こうの海景とよく似合う。手首に巻かれた真珠をビーズ上に連ねた腕輪が夏の午後の日差しを綺麗に乱反射していた。


「あれ……とは、革靴の事かい?」

「他に何があるって言うの?」


 彼女が指を差した先には、男物の黒色の革靴が片方、海岸の砂浜に半分埋もれる形で放置されていた。

 近づいてよく見ると、割と新品の革靴だ。それが左だけ、……GUCCIか。


「捨てるにはもったいない代物だね」

「どこかの海から流れ着いたって位置でもないわね」

「確かに、今が引き潮だとしても海水が前後に往復している位置までは約四十メートルか……津波等が起こっていればあり得ない話ではないけど……」

「それなら他にも色々落ちていそうなものでしょ?」


 確かにそうだ。天然の岩場が多く、海水浴場として使われていない事もあって、周囲には流れ着いたであろうプラスティック製のごみや流木が少し在るだけ。この革靴だけが妙にこの場の状況に違和感を醸し出している。


「手袋や帽子なら分かる。落としても気づかない可能性は無いわけじゃない。でも靴よ!脱げたら絶対分かるし、そのまま歩いていくわけ無いでしょ?」

「まあ……うん。確かにそうだ」


 彼女は突然吹いた風に麦わら帽子を持っていかれないように両手で押さえる。代わりに カシュクールの白いワンピーススカートは腰まではためいていた。


「これは最早遺失物じゃない。言うなれば、そう、異なる質と書いて『異質物』よ!」

「……」


 今日は妙にテンションが高いな。以前からずっと腹に据えかねてていたのだろうか?

 こちらの反応を待たず、彼女は続ける。


「そもそも落とす瞬間を誰も見ていないのがおかしいと思わない?どうしてあの手の遺失物はいつも落とし主が分からないの?」


 誰かが落とす瞬間を見ていたらその場で指摘するからではないだろうか……。


「うん、まあ、確かにおかしいね。ちなみに、その疑問に対して君は何らかの形で解となる仮説があるのかな?」

「ええ、あるわ」

「へぇ、興味があるね。是非聞かせてくれないか?」

「アブダクション」

「な、なんだってー!!……牛や人が宇宙人に攫われるといったあれか!確かにそれなら説明がつく……まさか何気なく見かける落とし物にそんな恐ろしい背景があったとは……」


 僕は、昔の詩人が書いた書籍を読んで「これは世界の滅亡を予言しているんだ!」と言われた時の某編集者のように驚愕を全身で表現した。


 その時、視界の隅で何かが動いた。思わずそちらを振り向くと、大きな竹籠を背負った老人がこちらに歩いていた。


 老人はこちらを無視して、真っ直ぐ革靴の元へ向かい、拾い上げる。

 そのまま手に持っていた革靴をあれこれ弄りながら隅から隅まで凝視する。

 しばらくそうしていたかと思うと、「無いな」と一言呟いて、それを砂浜に投げ捨てた。

 そのまま立ち上がり歩き去っていく様を見送りながら、僕は彼女に問いかけた。


「ところで……」

「何?」


 彼女が僕の方に振り返る。その方向から、大型の犬種であるボルゾイとグレートペルニーズが二頭海岸を横切っていった。飼い主の姿は見当たらない。溺れたのだろうか?


「もし僕が今この瞬間、片方の靴だけを残して地球から居なくなったら、君はどうする?」

「……」


 ボルゾイの方が革靴を咥えて歩き去っていく。グレートペルニーズは自分も何か欲しいとばかりに辺りを見回し、そこで丁度良い流木を見つけ、口に咥えてボルゾイの後を追っていった。

 そんな様子を見ながら独り言のように彼女がこちらに聞こえるか聞こえないかの呟く。


「何処に居たって見つけ出す」

「……じゃあ、僕はガラスの靴を置いていかなきゃね」


 砂地帯を抜け、消波ブロックより高い道路へ上ってから靴の中に入った砂を落とす。

 気が付けば青黒かった水面は夕日を反射して赤焼けに深緑を混ぜたような色合いを放っていた。







※自作品『感傷リサイクル業者』とリンク

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