家畜の安寧と淘汰に対する第3の選択肢(出会い編)

「死のうと思うんだ」


 僕の隣に座る女性は右手に持ったハンバーガーを、大口を開けてかぶりついた。


「自分でも逃げだと思ってるよ。世の中が悪いなんて言うつもりはない」


 高いビルだらけの中に無理矢理作り上げた縦長の公園で、噴水が勢いを増し、周囲の子供たちに夏の飛沫を降らす。


「適性の無い者は淘汰されるべき、皆が平等なんて逆に不自然だ。走るのが遅いチーターは飢えて死ぬべきだし、飛べなくなった雀は猫の餌になるべきなんだ」


 彼女は口の中のバーガーをほとんど噛まずに、左手に持ったシェイクを吸おうと試みる。すぐに口の中が満杯のままストローでシェイクを吸うのが無理だと気付き、蓋を開けて重力で流し込んでいた。


「すまないって言われたよ、上司から。何に対してなのか聞きたくなったけど堪えた。会社ってのはお金を稼ぐために存在していて、社員ってのは働いた分給料をもらうのが当然なのにね」


 口から溢れたシェイクが彼女の紺色のスーツの一部を白くしたが、そんなのはお構いなしとばかりに、彼女はまたバーガーを頬張った。


「と、いうわけで、この世の仕組みにも生物としても不適応な僕はここでリタイアするよ」


 バーガーを流し込むためのシェイクがもう無い事に気づいた彼女は、紙袋から今度はビールを取り出し、小気味良い音を立ててプルタブの蓋を開けて飲み干した。

 喉の上下運動と、こっちまで聞こえてくる嚥下音、滴り落ちる汗なのか何なのかよく分からない雫が妙に扇情的だった。


「いきなり話しかけてすまない。ありがとう、黙って聞いてくれて」


 僕は彼女のことを何も知らない。彼女も僕の事を何も知らないだろう。同じ会社で偶に見かけるというだけで、話しかけたのも今のが初めてだ。彼女に話しかけようとした明確な理由なんて無いし、すぐに逃げられると思っていた。

 けれど、彼女は僕が話している間ずっと隣で昼食を食べていた。ずっと前を向いていて、ちらりとこちらを見もせず、聞いてくれていたのかどうかは疑問だが……それでも何故かそれが嬉しかった。


 何時もこうやって一人、会社近くの公園でバーガーとビールの昼食をとっているんだろうか?

 そんなことを聞いてみたくなったが止めた。もう二度と会わない人のそんな事を知っても意味は無い。


「じゃあ、僕はもう行くよ」


 これ以上は邪魔になるだろう。昼休憩が終わる前に立ち去ろうとした時、背中から声がした。


「このバーガーに使われている肉は約百五十グラム。牛一頭が約四千個のハンバーグになるそうよ。更に言うなら、牛が産まれてから出荷までは約二年だって」

「……」


 振り返って彼女の顔を見たが、彼女はまっすぐ前を向いたままだ。別の人に話しかけているかとも思ったが、周りに彼女の話に関心を向けている人は僕以外居ない。独り言かとも思ったが、彼女はそのまま続けた。


「この牛は自分の生まれ方や死に方に満足していたのかしら?自分は牛として、牛の世で生きていくのに適していると一度でも考えていたのかしら?自分が殺される理由を理解していたと思う?仮に教えたら何て思うのかしら?あなたの二年間は四千食分、人間が生きる為に在ったのよって」


 そこで初めて彼女は僕を見た。

 何て返すのが正解だったのかは未だに分からない。ただ、ふと浮かんだ疑問に、気が付くと言語が付与されていて、それは肺から出した空気を声に変換した。


「えっと……つまり、あなたは僕の事が好きって解釈で良いんですか?」

「…………」

「…………」

「……そう言ったつもりだけど、聞こえなかった?」


 今から一年前の出来事だ。

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