エピローグⅢ
数年後。
モルティル戦争と呼ばれた一連の世界大戦の影響が及ばないある山のふもとに、バーがあった。
キャラメル色の照明に透き通されたいくつもの色とりどりのボトルが、背後の白い照明によって輪郭を得て、それが整然と置かれている。
それを背に立ち、カウンターに座る客に酒を作るマスターは、この場所から動いたことがない。ゆえに一生この場所で訪れる客に自慢の酒をふるまうことが生きがいであるかのように、ずっとここにいて、休むことなく営業している。
テレビには、はるか遠くで起こったニュースが次々と流れるが、この場所は何からも隔絶された代わりに何からも自由で、影響を受けるどの場所でもなかった。
チロンチロンと鈴が鳴り、扉が開く。
いつもの常連の気配を察して、彼は言葉を空気に放った。
「いらっしゃいませ。お一人?」
「ああ」
「お友達もたまには来てほしいなあ」
「いないんだよ」
「まあ、座ってください。なま?」
「ああ。頼む」
「つれないですねえ。ペイルエイルね」
「からかうなよ。まあ。一生独身だし」
「独身かあ。まあ、このカオスの時代ですから。自由の身もいいってもんですよね」
「フォローになってないよ」
マスターはハハハと笑いながら、提携している酒会社のサーバーから注がれる黄色い麦の酒をグラスに注ぎ入れる。泡の分量もいつも一定だし、提供はスムーズだ。この男はいつもナマから始まり、気分によって、飲む量は変わる。
男には片腕がなく、そして片目を眼帯で隠している。明らかにガタイが締まっていて、暴れられれば店はすぐに潰れてしまうだろう。だがこの男はどこか、穏やかなその表情のうちに、すべてを隠しているような雰囲気を持っていて、過去のことを聞くのはタブーであるだろうことはすぐに理解できた。
「まあ、世の中どこまで変わってしまうかはわかりませんけどね」
「今までもそうだった。これから先も」
「ええ。まあ、私はこの通り田舎でせこせこやってたから、戦いにも巻き込まれませんでしたけど」
「そっちの方がいいさ」
差し出されたペイルエイルをぐっと飲みほした男は、半分だけ残して口からジョッキを離した。
「何かあったら、私に話してもらってもいいんですよ」
マスターは器を真っ白い布で吹きながら、眼帯をした男のもう片方の目を見て言った。
「ずいぶん心をかたくなにして生きているように見えたもんですから。ずいぶん賢く智慧深いのに、手足をもがれた人のようになっているような」
と言って、マスターは言葉を引っ込めて笑った。
「失礼。ちょっと言いすぎました。常連さんですからね」
「いいんだ。ありがとう」
男は何もしゃべらず、そして沈黙のうちに時間だけが淡々と経っていく。
「一度捨てた命だと思っていたが、まだ生きてる」
男がぼそりとそう言った。
その言葉にマスターは手を止めて、男の片目に宿る複雑な光を見た。
「その意味を尋ね続けてる」
「アルセルドさん。間違いないですね」
マスターは、やっとそう言葉に出した男を受け入れるように言った。
「そういえば、先客がいまして、間違いなくその方が求めていた方かと、ちょっと確認させて頂いてました。本人さんは、会うのを戸惑われてたんですけどね。何があったかは知りませんが、せっかくだしと私の老婆心で」
そう言うマスターに、クー・アルセルドは静かな笑みを浮かべた。
「そっかあ」
それはその申しつけられた客に会いたいようで、会いたくないようで、しかしいずれにせよ対面することは間違いなく予定されていたものだと分かっていたように、彼は無言のまま、近づいてくる女性がセピアに照らされてその青い髪を明らかにするのを待って、椅子に座ったままだった。
「見つけたわ」
チャムレヴは、唇を震わせて言った。
「でも、どうしていいか分かんなくて。でも来たわ」
「窓から見てるだけだったって?」
そう補助線を引くように言うと、まいったなあ、そんな調子ではぁーっとクーは息を吐いた。
そして、穏やかな顔でチャムレヴを見た。
ライオンハート fade to Redemption Earned Dawn
<完>
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