終幕
エピローグⅠ
モルトランツ 3月13日の昼。
カレンダーにマルをつけた。
深い深い穴から出てきて、めちゃくちゃになった街と、半分になった家を見て、お母さんがうずくまって泣いてたときは、どうしたらいいのか分からなかったけど、その時におもった。
ぼくがお母さんをかたぐるまして、なんでも手伝ってあげよう。何にもおこったりしないで、ケンカしないで、わがままも言わないで、この家がまた元に戻った時まで、この街が元通りになるまで。
それができたら、なんだか大人になれる気がした。
そうしたいとも思ったし、そうしなきゃとも思ったんだ。
おっちゃんがいなくなった。
おっちゃんはあのひどい夜に電話したきり、戻ってこなくなった。
プレゼントしてくれたラフィはうれしかったけど、これはおっちゃんのプレゼントだし、おっちゃんじゃない。
でもそれを首にぶら下げて逃げたり、寝たり、歩いたり、食べたりしているうちに、友達になることはできた。
人形なのに、ともだちになっちゃった。
それから学校が元の通りになって、みんなの顔が見れるようになるまで、少しかかった。でも、冬休みの間みんなの顔を見れなかったってことじゃなくって。
炊き出しっていう、料理を作れない人たちに料理をふるまってくれる車が来たとき、ソラにも、クンスにも、ほかにもいろんなよく見た顔の友達と、ご飯を食べることができた。ぼくの家はマンガみたいに割れていて、風も吹くし、雨は入ってくるし、修理は立て込んでるらしくてもっと待たなきゃいけない、おまけにトイレは流れない。
けど、なんだかみんなと会って話してるうちに、ぼくだってうずくまってずっと泣いていたいって文句を言いたい気持ちもまぎれて、気づけばみんなで追いかけっこをしちゃってた。
そしたら、茂みのところでお母さんがまた泣きながら見つけに来てくれた。
もう二度と離れないでくれって、お母さんに怒られた。その時に少しわかった。お母さんは、ぼくを思い通りにしたくて怒ってるんじゃなくて、ほんとに僕のことが好きで、お別れしたくなくて、そうしてるんだって。
その証拠に、お母さんは僕だけじゃなくて、ほかの数人の友達ごと抱え込んできつく抱きしめて泣いてくれた。
だから、それを見てまず、お母さんに会いたいよってソラが泣いて、ルーが泣いて、そして僕も泣いてしまった。
ソラはお母さんとお別れした。立派なお葬式なんてなくて、土の中に入れたって、ソラは怒ってた。みんなでどうやって励ましてあげようかって考えた時に、おっちゃんがぼくに言ってくれたことを思い出したんだ。それでかけっこしてるうちに、迷子になってしまって。
だめだな。僕は全然、大人になんてなれないや。
『その子に、にこって笑ったら、座らずにまっすぐに手をつないで、一緒に歩くことさ』
青く透き通る天井のない囲いもない壁も仕切りもないあの大空を見て、ぼくらはただそこに立っていた。
そしたら、ピンク色の花びらが風に吹かれてやってきて僕の泣きっ鼻にかかった。
ああ、春なんだな。って思った。
寒い冬の終わりを教えてくれる花だから。
物知りのクンスは、これはブロサムの花だって言った。
ぼくも知ってるよって突っ込んで、みんなで笑った。
おっちゃんに肩車をしてもらったときは、ぼくも大人になったらこんな景色が普通になるんだって思った。僕の背は低い。低い低いって女の子に言われて泣いてしまった時もある。だけどきっと、もっと強い体になって、もっと強い心になって、おっちゃんみたいになれたら、ぼくがみんなを安心させられる大人になれるかな。
お母さんに連れられて、残りの全部の友達と一緒に、あのウチュウジンのお兄ちゃんと遊んだ場所を横切って、いなきゃいけない場所に戻った。
あの人たちと会ったことは、おっちゃんにもお母さんにも誰にも言えない、ぼくたち子どもだけの秘密にしておこう。
そうやってみんなで約束した。
でもやっぱり、おっちゃんにはバレちゃったよな。
目を見たら、その人が何を考えているか分かる人がテレビに出ていて、わかるなあって思っちゃったときがあった。そんな感じで、おっちゃんがあの時僕の目をまっすぐ見つめてむつかしい顔をしていたことを思い出した。
そんなことを壊れたブロックの塀に腰かけて考えていたら、大きな押し車を精一杯引いて、お姉ちゃんがやってきた。
「チャムねえちゃん!」
チャムなんとか姉ちゃんは、海と同じ深い青色の髪の毛を振ってこちらを見ると、にっこりとほほ笑んだ。
「チャムレヴちゃん、それ、大変だったでしょ?」
「全っ然。気にしないでください。取材に行った麺麭店がくれたもんだし。みんな、もっちりブレトのモルタルソースがけだよ!食べて」
そんなことを言いながらチャム姉ちゃんは皆にブレトをふるまってくれた。ちょっと冷めてしまったけど、小麦でこねた生地はくわえて手で伸ばすとビヨンと伸びた。
姉ちゃんが僕の前に膝をついて、同じ背になって話しかけてくれた。
「サミーくん。おいしい?」
ビヨンと伸びた生地を口に収めて、ぼくが食べながら話したけど、噛んで食べてるから言葉になってるかわからない。かすかに、麺麭の温かみを感じて、体の芯がじんっとなる。
「うん、姉ちゃんも食べなきゃだめだよ!」
と言って、姉ちゃんはあたりを一応見回すそぶりをした後、いっけない。私の分、ないわ。でもいいわって、わかりやすい嘘をついた。
姉ちゃんは、そういう時に誰かのマネみたいに、無理をする。
だから僕は、残った麺麭をフーフーして、それから麵麭を姉ちゃんの前に出した。
「食べて」
お母さんは多分、それも全部わかっていて、ぼくよりも切り口がきれいな麺麭を差し出した。
「いつもありがとう」
「いえ」
姉ちゃんは笑った。何の複雑なものもない透明な表情で、細い目のうちにじんとする優しさを浮かべて笑って、その優しさは僕たちに麺麭以上の何かをくれるように思えてならなかった。
おっちゃんはいなくなった。
ぼくはおっちゃんがしてくれた事の意味が解らない。
お母さんもそれをまだ教えてくれない。
割れた家の奥の部屋で暮らしてる。
今日はとても静かで、遠くでトンカチのカンカンとなる音が聞こえてくる。
ぼくは暖かいカーペットの上で伸びて、深呼吸して、それからうとうとと目を開けて、すると頭の上の窓から、さわやかな白い太陽の光が差して、お父さんの本棚をかすめてぼくのまぶたに触れた。
悲願の彼岸。
おっちゃんに発表会した詩。それが書いてある本が隙間風にぱらぱらとめくれた。
廊下でプルルと音が鳴って、ドアを開くと、ほとんど玄関みたいになった廊下に置いてある電話が光っていた。
いつも、ぼくがいるときは、ぼくが走って出るようにしていたから、迷わず耳に受話器を当てた。
「はい、マーフィンです。あ。テッド。どうしたの?」
テッドは、いつもとても気が強いのに、今日は弱弱しい声だった。
「サミー、お前。今日遊べるか?」
でも強がっているように見えた。
「うん。いつでも遊べるよ?」
テッドの声は食い気味で、強くぼくの心を引っ張った。
「じゃあ、池公園にこれるか?」
「うん。どうしたの?」
「今日、お前といたい」
ぼくはすぐに答えた。
「すぐ行くね!公園!」
電話を切って、ラフィとぼくをつなぐストラップを首にかけた。
そしてラフィがいつもお母さんにぼくのいる場所を教えてくれるランプが光っているのを見て、ぼくは割れた家の向こうのぐっちゃらけの部屋で掃除をしているお母さんに、声を出した。
「ねえ!池公園までいってくる!いいでしょ?」
「大丈夫なの?」
「テッドと一緒にいる!よかったら連れてくるかも」
お母さんがいつもの調子で聞いてくる。
お母さんの気持ちを僕は分かるから、こう付け加えて家を出た。
「いつも一緒だよ!」
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