相克
銃撃戦を繰り広げるクーの耳には、コクピットハッチを開けたまま転倒したグラスレーヴェンのパイロットが親衛隊に引きずりおろされて機体を奪われるまでの一部始終が生々しく中継されていた。
それはパイロットが操縦桿を明け渡すのを拒み、その瞬間、頭を撃ちぬかれるまでの状況だった。そこからは全ての展開が彼の予想より早まっていった。
「くるぞ!」
床ごと揺るがす地響きに体をかがめると、管理棟通路は真っ赤な色の光に照らされた。その光はそこにあるすべての者を真っ赤に染め上げた後、上昇し再びこの場を漆黒の闇に戻した。すると巨大な人の影はたちまち起き上がり、ただ単純に、この建物を巨大なこぶしで何度も、何度も揺るがし始めた。
この建物の揺れの中で、クーはアサルトライフルを握りしめ、銃撃すべきターゲットを間違いなく射抜いていく。
怯んでいるのは頭上にいる二人の民間人だけではない。
「行け!」
行く手に見えるT字路にも二人が潜んでいる。
もはや大地震が立て続けに起こる場所を逃げまどっているに等しい状況下で、義眼は壁を抜けて二つの熱源反応を明らかにしている。
この場合、三人とも同時に殺せる手榴弾を投げ込まれる前に無効化する必要があった。そのためクーは肘裏にある機構をジャッキアップし、特殊な装備をライフルに仕込んだ。そして作業員が大きな荷物を搬入するとき、出合頭にぶつかるのを防止するために使うカーブミラーに向かって、レーザーバレットを四発分、三秒間照射した。
どさどさと声もなく倒れたり、悲鳴を上げる兵隊を確認して二人を先に進ませる。
「どこから撃ってる?」
敵が叫ぶが、言われた瞬間にすでに撃ち殺していた。
天井に張り付いて敵を倒す分、見晴らしと機動力に優れたクーは、民間人と同じ速度で走りながら、敵に目視される前に敵を何人も倒して先に進んだ。
しかし、また天井が大きく揺れ、視界が揺らぎ、足がもつれた。
今のクーは、グラスレーヴェンに対抗する力を持たない。
そして今度は背後から三人が追いかけてくるのが分かった。
さらなる地響きが鳴ると、さすがに天井に張り付いていた接面にゆがみが生じた。
クーは天井にいられなくなり、反転して立膝を衝いて地面に降りる。
「大丈夫?」
チャムレヴが言うと、クーは降り立った立膝姿勢のまま回頭して固定された砲台の如く通常弾を射撃し、三人の足を止めて壁に背を付け張り付いた。
「走れって言ったろ!」
おれの心配をするなと付け加えるまでもなく、チャムレヴと輸送長は長い長い通路を駆けていく。それを見送った時、クーの背中に電撃のような痛みが走って思わずかがみこんだ。
「くそ、賞味期限切れか」
強化外骨格の期限切れが近い。さすがにスペックオーバーの馬力を出しすぎたのがたたったようだ。だが機能しなければ、こんなものは体にフィットした重りに過ぎない。持って十分、いやそれ以下だろう。判断した瞬間クーは、外骨格に残されたエネルギーを取りまわすより今即応できるレーザーバレットのバッテリーチャージに回して、通常弾で戦うことにした。
三人の敵は怯んだだけで、まだこちらに対する敵意を失っていない。
かといってチャムレヴと輸送長から離れすぎても、まずい。
マガジンを換装して空になった鉄の容器を捨てた。乾いた音が響く。撃鉄を引くときだけ灼熱を帯びる冷酷な武器を構えなおし、再び弾丸を敵のいる位置に浴びせる。
だが、その敵はなかなか姿を現さない。有利な場所に留まったままだ。
彼らはこちらの焦りを見抜いていた。
「クー!」
輸送長の声が聞こえて、血の気が引いた。
「畜生」
進行方向と逆向きに構えながら、無理を承知で二人に接近すると、輸送長はそこに立ち止まっていた。
「ここに隠れてる」
開けた扉には、息を殺し、汗を流して顔を伏せた作業服の民間人が、暗順応した眼で数えただけで四人いた。さらに義眼は加えて七人の熱源を捉えていた。
三人が部屋に飛び込み、クーが机を片手で掴んでいくつも出口に投げてふさぐ。
「持って二分弱だ」
「俺たちは味方だ」
輸送長の声を知っていたのか、数人の人々は待ちわびたように集まってきた。ここにストアレコッカレのメンバーはいなかった。しかしつなぎではなくスーツ姿の人間もいたし、同業の作業員、警備員やオペレーターといった者たちが奇跡的に逃げ延びていたことも分かった。
「アランさんじゃないですか!」
その中の一人、二人が輸送長に向かって言った。
若い男性だった。
隠れるには下手くそな場所だ。そう思えるほどにここは普通のオフィスに過ぎない。しかもこの人数はクーでは抱えきれない。
素直にそう思った。
だからクーは、その救いを乞う人々を見た瞬間、この中で年齢的、体力的に生き残れる人間がいったい何人いるんだろうかと即座に計算して、その皮算用を終えた。
半分も生き残らず、救えもしない。それはクーの、軍人として間違いなく正しい思考の末の結論であるには違いなかった。
子供でなかっただけ、いいと思え。だがもしそれが子供だったとしても、我々が金をかけて教育したお前たちの損失が最低であればそれでいい。
我々は任務を遂行するためにここに立っていて、ただそれだけの存在に過ぎない。
それが仕事だ。
軍属だった頃、冷酷な隊長に言われた、そんな声が脳をよぎった。
「クー、俺はここに残るよ」
輸送長はしわがれた声で、しかししっかりとした口ぶりでそう言った。
クーは絶え間ない判断が連続する中で、最も重大な決断を迫られた。
「この部屋をまたいで一つ通路を超えた場所にオフィスワークで使う掃除用具やコピー用紙の置き場がある。そこに身を隠す」
確かに、この巨大な施設の中でそんな場所を探すのは困難だ。
「グラスレーヴェンがここを破壊すれば生き埋めです。見つかれば全員終わりです」
クーはそうリスクの説明をしたが、輸送長は言葉を変えなかった。
「まだ逃げ遅れの人間がいる。俺だけ助かるわけにはいかない」
「わかりました」
輸送長が反対側のドアを開けて、目的地に向かって皆を誘導し始めた時、
その時、塞いだドアが爆風で吹き飛び、半壊した。
「間違いありません!ここです」
「全員ここによこせ!全員だ!扉を破壊しろ!」
敵の張り上がった声が聞こえる。
「敵の兵士!抵抗は無意味だ。モルトランツは我々親衛隊の手に落ちる」
チャムレヴが動揺した目をこちらに向けた。
「耳を貸すな、敵の戦術だ」
この言葉だけでは、クーに判断できるものではないが、それでもチャムレヴの動揺を鎮めるために、そう言った。
「もう一人の女は、すでにわれわれが始末した。お前もじき終わる!」
この言葉をもって、レンの死が確認された。
敵に性別が分かるわけがない。
クーの中には、複雑な怒りしかなかった。ただ、レンの姿が、彼が見たこともない彼女のシルエットがチャムレヴに揺れた。
「銃を捨て投稿しろ!勇敢な行為を称え命だけは助けてやる」
その傲慢な嘘がこだます空間で、クーは飛び出すタイミングをうかがいながらかがみこみ、そして彼女を見た。
「チャムレヴ」
クーは銃を構え直し、ゆがんだ顔でそこに立つチャムレヴに、目線だけを送った。
「逃げろ」
しかし、チャムレヴが輸送長についていくことはなかった。
「このままじゃあなたも死ぬ」
一言言って、体と声を震わせていた。
「君もな。だが君に死んでもらうわけにはいかない」
「ジャーナリストだから?」
クーは一言告げた。
「君だからだ」
チャムレヴは唇を横に結んで、何かを覚悟するように微笑んだ。
「私にアイデアがある」
瞬間、扉は机を粉々に吹き飛ばして爆ぜた。
安全確認後、敵は突入する。
そう言ってチャムレヴは次の瞬間、開け放たれた扉の前に進み出た。
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