確信犯
スプリンクラーの雨の中で、ひざまずき天を仰ぐ輸送長に向かって、兵士は銃底を振り上げた。輸送長は倒れたが、手を衝いて自分で姿勢を戻すとぶるぶると震えながら兵士を見上げていた。
「分かってなかった」
輸送長は言った。
「話せばわかると思っていたが、あんたらが銃を撃てばどんな理不尽もまかり通るんだという事を、分かるべきだった」
「分かったとて、お前にできることはない」
動揺してるな。
そう察したクーが、通路内にあったバールを持ったのはその時だ。
くらえ。
強化外骨格でサポートされたバールを鉄管に振り下ろした時、雷のような衝撃音が通路中に響き、そして猛烈な白い煙が鉄菅から放たれた。、クーは彼のいる位置から離れた場所にバールを放り投げた。いい音がするバールだった。二つの箇所を目配せする兵士たちはたまらず声を上げた。
「なんだ?」
次にレーザーバレットは猛烈な赤い光線を一瞬だけ閃いてノートに書けるほどの幅の直線を曳いた。するともう一つの配管が焼き切られ、違う気体がしぶくように通路へと解放された。凄まじい風が流入する。
その音の中で、クーは威圧的に申し渡した。
『銃を撃つな』
「誰だ?」
『銃を撃てばここに充満した気体が爆発しお前らの身体が吹き飛ぶ。配管には可燃性のガスが充ちている。言ってる事分かるよな?』
「貴様」
『命知らずのモルト兵なんていうのは宣伝だけにしろ。自爆したところで俺は巻き込めない位置にいて、かつお前達を瞬時に打ち負かす距離にいる。もう一度言う。その作業員を解放しここから出て行け。お前達にはそれしか選択肢はない』
輸送長が回答を迫るように三人の兵士を見た。兵士はさっさと輸送長を処理するべきだった。しかしそれはできなかった。その甘さがあった時点でクーの勝利は確定したようなものだ。兵士はお互いに示し合わせたように視線を交わしたが、やがて上官が反応した。
「……分かった」
『通信機でこの通路に異常は無かったことを伝えろ』
「それはできない。虚偽は死刑だ」
聞くからに若く何も考えていない兵士の声に、クーは答えた。
『今から俺に殺されたかったらそうしろ』
少し間があって、上官でも、若い兵でもない、もう一人の兵士の声が通信機のノイズと共に聞こえた。
「こちら南側メンテナンス作業通路935、爆破テロ実行犯及び残存作業員確認できず」
『了解。引き続き警戒を怠るな』
よし。いい子だ。じゃ、次の言うことも聞けるかな?
『武装を解除しろ』
上官はため息をつくようなそぶりを見せたが、どこからともなく聞こえる声に押されるかのように、アサルトライフルを地に置いた。
「……こんなの納得できません隊長」
最も若い兵士に対しても、首を横に振って命令を促した。
「屈辱です」
もう一人が首を横に振るのが見える。しぶしぶそれを飲ませたようだ。上官に促された二人もライフルとオートマチック拳銃と電子機器を、天井から見える場所に置いた。一つ足りなかった。
『モルト軍の携行する武装の一般様式ではもう一つあったはずだ。ナイフも置け。全ての銃から弾を抜け。監視されている事を忘れるな』
クーは配管むき出しになった天上の上にある、アルミの踏み板にしゃがみこんで指示を与えている。ちなみにスプリンクラーの雨と、通路の構造による反響のせいで、目視でも声でも絶対に見つからない場所だ。クーは荷捌き場を平時から確認し、この場所を主戦場にすればこのような好条件に与れることを予期していた。
モルト兵士たちの怒りが伝わってくるが、それは彼らの計算違いに責任がある。この時すべての判断を行うクーの表情は、普段の人間的なそれからは程遠い、冷めきった、ひどく疲れ切った、おぞましい人間そのもののように殺気立っていた。
居場所が分かったとしても、ここでは銃を撃てない。
万が一に備えて、レーザーバレットを用意する周到さは、そんな彼の冷徹さを象徴する。
そのようにして、いったんすべての武装を解除した後、クーはまた言った。
『よし。弾を抜いた状態で再武装しろ。そして何事もなかったかのように別のエリアに向かうんだ。解ったら作業員から背を向けて離れろ』
モルトの兵隊たちはクーの言われたとおりにした。
よしいいぞ。ここで背を向ける三人の兵士に気付かれないように、強化外骨格のパワーを利用して配管を伝って通路に降り、レーザーバレットを装着した拳銃を構えながら三人の背中に立った。
「振り返るんじゃない」
モルト兵のうち、若い一人が声を出した。
『戻ってきたら確実に……』
上官がそれをとがめる
「声を出すんじゃない。爆発して死にたいのか?」
クーは口元を釣り上げて笑った。
「理解力に感謝する。ま、これから俺がやることに何を動かされたとしても、俺の与えた指示に従い、何事もなくここを立ち去るように望む。そうしなければ練度の低いお前達の命はない」
そしてクーは、上官を最後尾にして、一人目を通路の外に出した。
「若いのをコントロールしろよ。大将」
ぐぐぐっ、そんな歯ぎしりするような唸り声が心地よかった。
なるほど専制主義という奴が与える快感というのは、とんでもなく気持ちいい。そんな感情すら抱くほどに敵を従わせ、とうとう若い兵士も出した。
「ありがとうな。上官」
そう言って三人目の上官を解放しようとしたその時、小さく開けた扉は閉まった。
刹那、いきなりクーは上官の軍服の襟首をつかんで、強化外骨格の力で後ろ向きに吹き飛ばし、尻餅をつかせて素早く近づき、胸を踏み潰した。
通路内に、喉の底からむせるような男の喘ぎ声が聞こえた。
「お前は別だクソ野郎」
襟首を掴み、鉄管に打たれたボルトむき出しの場所に頭を打ち付けて、ナイフを持ち出すと快楽殺人者のそれのように歯をこじ開けて刃を口腔に衝きたてた。
「丁寧に捌いてやる」
軍服のシャツから鼓動を検知するデバイスの位置を確認したクーは、ケーブルを辿ってデバイスのスイッチを待機にすると、胸にある心音検知器を自分の胸に入れてアクティブにした。
これでクーはデータ上、モルトの兵士に化けることができる。
「こいつはもらおう」
兵士は言った。
「それがお前の欲しいものか?」
「違うな。オイ。手前さっき『片目』とか言ってたな」
「そっ、それがなんだ」
「いつからそんな言葉を使ってる?」
「そんなことを知ってなんになるっていうんだ?」
「教える必要はない、死にたいのか?」
詰め寄り、威圧しながらナイフをもてあそぶと男は答えた。
「つい最近、三日ほど前だ……っ。ウィレの工作員の名前、職業、特徴を掴んだリストを我が軍が入手したと……。それを元にし軍に入り込んだ連中を全員始末したのだ」
つい先日のアーティファクトを巡る戦いの事を、この男は言っているようだ。つまりその時から、基地のスパイたちは既に助かる事は無かったことが分かる。
「殺せた人間だけが分かっている範囲なら片目なんて言葉は出てこない」
「分からない……調査の結果絞り込んだのだろう!民生委員、トラック運転手、コンビニ店員、何でもどこにでも工作員はいる!学生の中にも忍び込んでいるかもしれない!ここでは一度検問に引っかかった男に疑いがかけられていた!だが今は戦争中だ。疑わしきを罰して何が悪い?」
「もうモルトランツはお前達のもんじゃない。それでもその工作員とやらの命が欲しいのか?」
「モルト・アースヴィッツの名誉がかかってる!そんな獅子身中の虫を殺せなかったなど、報告できるか?」
「そんでお前らはその虫一匹を殺すために?ここで?そのほかの命まで?大量虐殺するんだな。大事なのは、メンツか?」
「そ、そういう命令だっ!命令だったから仕方なかったんだよ」
クーはため息をつき、死人のような顔をして答えた。
「そうかい。じゃあ冥土の土産に一つ教えてやるよ」
クーは片目のオッドアイを赤く光らせた。メカニカルな閃光が帯びた時、モルト兵の顔は恐怖に歪んだ。
「俺がその片目のクソ野郎だ」
喉を斬り裂かれた男は、震えながらこちらに手を伸ばそうとしたが、二秒で死んだ。
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