計画の実行
この一帯の締め切られたゲートが巨大な解放音を立てて、開かれていくのを見た。
彼らから遠くない場所に、作業中の貨物や車が逃げ隠れできるような形で放置されていた。それは作業を中断して人を集めた証拠だ。ここからゲートを通って、作業員達に事前に伝えたとおりに計画を実行するため、
30秒以内に全員殺す。
倉庫内にいる150人あまりの作業員達は、クーの伏せろと言う声に従った。弾かれたように彼らが伏せた時、屋根のフレームに擬態した十機のドローンが空中に現われ、恐ろしく正確な動きのうちに、まず作業員の周りにいて銃を突きつけようとした兵隊達10人を殺した。
『全員走れ』
死体に悲鳴が上がり、兵士たちは驚きの声を上げたが、空から襲い掛かる無人の飛行物体に気を取られているうちに、クーは思いもよらぬ場所から敵を攻撃して一人また一人と狩っていった。
初動だけで30人は一気に死んだ。全てはドローンのティーチンングと事前準備のおかげであった。
外は巨大な戦争をしているというのに、闘うことなく荷捌き場の人間を処刑しようとするのは、連中がこの事態を怖がっているからだ。作業員の人員150人に対して、配された兵士たちは50人ほど。そもそも全員を管理できる体制でもなかった。
これは勝機だ。
「行け行け行け行け」
祈るようにつぶやきながら、強化外骨格の機能を頼りに、地面と逆さに走って銃を構え、血が上る頭をそのままにスコープを覗き、興奮した兵士たちを撃ち倒してゆく。どんな場所よりも開かれた場所に、兵士たちが突っ立っている。トマトよりも濃く、べたべたした血がしぶく様は、真っ白な倉庫の光の中で鮮明に映る。モルトの兵隊たちが混迷の中で走ったり、止まったり、匍匐したり、しゃがんだりしていた。彼らは自分の身を守るだけで精いっぱいのように見えたが、一つだけ共通してこの言葉だけを叫んでいた。
「ディア・ファーツランツ」
耐性のない作業員達は震えながら屈みこむばかりで動けもしない。だからこの中で誰よりもせわしなく動き、誰よりも恐ろしい光景をクーが生み出していく。
「攻撃を停止しろ!作業員を殺す」
放送されるモルトからの呼びかけには応じない。
また一人殺すと、クーは空になったマガジンを素早く落として再装填した。マガジンは落とされることなく、クーの身体にある固定具にはめられた。
「もう一度言い渡す!攻撃を停止しろ!作業員は人質だ!」
混迷の中で親衛隊はそう叫んでいた。
連中は、外の騒ぎには気づかなかった。人が死んでいるのに、爆発が起こっているのに、十分な通信手段と人員がいながら、殆どそれは意味をなさなかった。
これを作り出したバカな運動会の主催者達は、相当な地位にある。
何故そうなるのか、答えは明白だ。
言っておくが、彼らが本当に馬鹿なわけではない。
ただ残念だが、決定権をもつ連中を、まだ優先的に殺すリストには入っていない。作業員達を殺そうとする兵士たちを殺すのが先だった。予想通り、こちらの脅威に対処するのが先のようで、例外を除いて、敵は作業員をいたずらに殺し始めることはできない。そんな事をしていたら、自分達が死ぬからだ。
この中でストアレコッカレの人員は26人、他と一緒にできるだけ逃がす。
具体的にいる人間の名前は思い出さないようにした。
そう思った時、銃弾がクーの肩口を掠めて背中で甲高い音を上げた。
クーは伏せたが、また弾が来た。今度は耳を空気の膜が通り抜けていった。
固定具を解放し、クーは空中に放たれて、目下の捨て置かれた作業者の裏に落ちた。
それでも自分の膝辺りに細かい火柱が上がって銃弾が着弾した。
優秀な人間はどこにでもいる。少なくともこの中に混乱せずにクーの居場所を突き止めた奴がいる。
作業者の運転席側に回り、空中を見渡すと、ようやく一機のドローンが攻撃の末、炎を上げて墜落するのを見た。テーブルほどの大きさはある飛行物体が落ちていくその先には、まだ逃げ遅れたつなぎの男性がいた。
クーはそのドローンの墜落先を変えるように、ドローンを撃って、兵士たちの側に落とした。
彼は無事だ。会いたかった。結局彼は、全員を先に逃がして自分は一番後ろからに逃げるように行動している。
だが今度は頭を弾が掠めた。彼の安否はまだ確認できない。こちらの位置は知られているが、敵の位置は分からないからだ。
最も避けるべき事態が出現しても、クーの気分は変わらなかった。今日は最悪の日で、最悪の気分で、最悪のテンションで。これ以上落ちることはないダウナーな気分で戦争をしている。
「やりたきゃやってみろ」
そう呟いて車両の下に潜り込んだ。軍用ブーツの音がせわしなく聞こえる。クーは車両の空間を素早く匍匐し、足を思い切り伸ばして、一気に曲げ、一息に車両の反対側に出て二つ積み上がった貨物のパレットを通り過ぎて敵を撒いた。
「クー!」
そこには見知った顔の男、先ほどドローンの墜落を免れた人が立っていた。
「クー、お前なのか?」
「輸送長、伏せてください」
輸送長を守りながら壁際に体を寄せ、貨物に阻まれた巨大なストラクチャーを進んでいく。ドローンが落ちていく。逃げ足の速い作業員達のかけるエンジン音が遠巻きに聞こえる。輸送長は完全装備のクーに動揺しながら目を見た。
「一体どういうことだ?」
「言ったでしょ、何かあったら守るって」
「それは分かったが、お前は一体……」
「その話は後です。皆を逃がしてください」
「わかった、そのつもりだ」
「走って!」
輸送長をカバーしながら、クーは輸送長の周りにいる兵士たちを発見し、撃ち倒していく。あの鋭い攻撃を加えた敵はもう、ここにいなかった。
正確には、あの射撃に遭遇することはもうなかった。今の状況では助かる。しかし、早めに手を打ちたい。その為にもこのフロアで最後の生き残りとなる輸送長をゲートの外に送り出す。
「床は見ちゃだめです」
輸送長をとがめた。モルトの兵隊たちの大量の死体が転がっている。それを見れば走れない。
「どうなってるんだ、どうなってるんだ……」
輸送長はそう何度もつぶやきながら、クーに誘導されて走った。
あともう少しだ。モルト兵はあと十人もいないだろうが、ここに残った兵隊は全員、優秀な人間に違いない。
「レン、ゲートを閉めろ」
クーがそう伝えると、数秒と経たずにゲートが動き出した。
「チャムレヴ!さっきの管理室に戻れ!言ったよな、そこから動くなって」
『りょ、了解』
チャムレヴの声を聞いて安心した。よし、まだ死んでないってことは、無茶をしてないってことだ。
「輸送長、全力で走って!」
背中を押した。輸送長は、一目散に駆けた。
そして半分閉じてさらに閉じていくゲートの隙間に体を放り込むようにして、クーもここから出た。
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