好きでやってる仕事じゃない
レンはよくやっているらしい。
彼女が北ゲート三番で用意したバンから同じだけのエレクトロ・デトネイターを起爆し、二分後に同じ爆発を自分が起こす。起動したドローンのうち、三十機、レンのものと合算して五十機余りが建物外の敷地そして外壁で兵士たちの相手をしている頃だ。
軍の基地と近いこの場所では、それだけでも手薄だが、一旦建物の中に入り込めば、アリのような我々を見つけ出すのは至難の業だと踏んでいて、それは間違いがない。
ことを荒立てて、傷口を広げるには理由がある。
遠巻きに、慌ただしく駆け回るいくつもの軍用ブーツの音が聞こえた。クーは壁を這いながら狐のように、荷捌き場にあるむき出しの配管や、入り組んだダクトが配された荷物通過用通路を行く。第一階層はトラックと物資の運搬口、第二階層に繋がるスロープ、そして来客用エントランスから事務用セクションなど、業務に必要なものが揃っている。電源設備は一階から地下にあり、地面から何メートルも下に伸ばされたケーブルからもたらされる電気によって全てが運用されている。そして予備電源としてリアクターが備え付けられている。この設備は緊急に使うためのものだ。ここを起動すれば電源の選択と集中が可能で、最低限に使えば常夜灯と中枢設備、そして各種ゲートの操作が48時間の間可能になる。裏を返せばこの設備には、全ての電源を維持させる力はない。この48時間は、従業員の生存と避難のためのものだ。激甚災害を想定して、全てのゲートを強制的に開くことができる。
そしてそれができれば、仲間を逃がすことができる。
始まったか。
ウィレ軍によって、市街地から離れた郊外で戦争が始まった。キルギバートとかいうやつも、ヴァンサントに乗って闘っているはずだ。この戦いに投入される新型アーミーは、従来型とは違う、ベルツ・オルソン将軍の買っている狂犬のようなマシンだ。外で激しい戦いをしてくれているうちは助かる。少なくとも、そこにクーの愛する人々はもういない。だが、クーが名前も顔も知らない人々の中で、防空壕の中に身を隠す一般人もいる。しかしそれは、クーにはどうしようもない。誰も超人にはなれない。
自分の近い人と職場を守るくらいが関の山だ。だが、自分たちの小さな闘いをけむに巻くことができれば、クーは作戦を円滑に進めることができる。それは確かだ。
片目の暗視スコープと、熱源反応モニタを頼りに、音もなく進んでいく。作業員の格好ではもはやない。全身、フェネスリテラから供与された二級の兵器で爆装したクーはここから距離にして学校体育館の端から端までほどのダクトが絡む道を慎重に進んでゆく。この場所は広い。壁向こう、真っ白く強い照明に照らされたところに配された兵士たちの慌ただしい足音が遠巻きに散っては消えていった。
クーの目指す場所はただ一つ、このセクターにあるコントロールデッキ。そしてコードネーム:ヴァンサントというあのモルトの巨人を駆動するために使われる、魔法の化学物質のデータを仲間が託した場所だ。
中腰になりながら、アサルトライフルに手をかけて進んでゆく。一切の光がない場所を選んで、ネズミのように。知恵深くダクトの配列の隙間に足をかけ、巨大な配管に身を隠しながら、目的の場所へ向かって進んでいったとき。
片目のスコープが赤く反応する人型の物体を捉えた。
クーの腕が硬直する。取り付けた消音機の限界弾数は20発。セミオート。一発もダクトに当てることはできない。様々な化学気体が流動し、或いは電気が奔流する配管は、アラートシステムによって詳細な区画ごとに制御されている。
誤射の瞬間、敵に見つかり、場所が分かれば包囲され、そしてすべては終わる。
クーは、ウィレのエリート兵にふさわしい、実に模範的な戦闘フォームを維持したまま、壁を取りつつ、音もなく平静を保った。相手は屈みこみ、そして周囲を警戒している。見慣れないヘルメットだ。少なくとも作業員のものではない。
律動的な動きで、上半身をスイングしダクトをクリアする。もう少しで接敵する。
その時、音が聞こえた。
何かプラスチックのようなものが落ち、カラカラと、音を鳴らすが何が落ちたのかは分からない。相手は慌てた様子で屈んだまま手を伸ばす。ビクビクと落ち着きがなかった。素人の動きでしかない。スコープの動きは相手のすべてを把握している。モルトの軍人なのかは分からない。だが銃を突き立てるに越したことはない。
瞬間、一気に大股から距離を詰めて頭に銃を突き立ててドスの効いた声で演出した。
「何してる」
相手は素直に手を上げた。黒い、クロスバイク用のヘルメットをかぶっていた。振り返ったその双眸に、見慣れた芯の強く透明な感覚が蘇った。
髪の色は、青色だった。
「チャムレヴ」
チャムレヴの荒い息と、あえぐような口の動きに、人を殺す手を止めた。そして屈みこみ、頬がこすれ合うほどの近さで、アリのような声で、話した。
「なぜここに」
「取材のため」
「外の大戦争の方を撮れ」
「興味ない。ここで何かが行われようとしてる。ここにいる人たちは殺される」
「君もだ」
「あなたといるから平気」
「馬鹿なのか?」
「予定してなかった。でも私一人でやっても平気だと思った。何もできないで爆撃で死んだ人間に数えられるよりは、殺されるよりは」
「ちっとは恐れろ」
「死は終わりじゃない」
「死んだら彼氏に、会えるとでも」
「ならいいわね」
「甘いぞ。だが勇敢だ。そこは評価できる」
「あなたもね。退役してるのにここにきた」
「俺には事情があるんだ。こんなはずじゃなかった。そう言いたい事もある」
「その答えはグレーね。だけどあの子と、お母さんと逃げる道もあったわ」
クーは息を飲み、こちらをまっすぐに見つめるチャムレヴを見返した。
「私はジャーナリスト」
チャムレヴは、この場所この状況で、クーに微笑みすらしてこう言った。
「あなたはヒーローでしょ?」
クーはため息をつく。
「もたもたしてたら殺すっていうか、君が死ぬ。だからここからは、俺に従え」
遠巻きに、同じ敷地内を捜索するモルトのブーツの音と、そして明滅するライトが見える。今や面に見つかる訳にはいかない。
「ついてこい」
チャムレヴに左耳にある無線ペアリングイヤホンを渡すと、彼女を前に、自分は後ろに立って周囲を伺いながら次のセクターに続く扉へと歩く。チャムレヴは中腰、自分は直立しながら銃を構えつつ、全周囲を警戒する。まばたき二回。米粒のような虫ドローンが与えるモルト兵との位置関係情報を頼りに、最後のダクトをクリアした。
こういう時、ドラマならガコンと音をたてて相手に見つかるが、チャムレヴは流石で、そういうことはやらかさない。だが、別の理由で首根っこを掴んで引き離す。
「おい。そこの扉を開くな」
「何で?」
「カードキーでしかクリアできないし、電子音が鳴る。作業員のスペースを通るぞ」
より小道を行くと、定期清掃で適当に施錠された小さいドアがあって、そこに入った。そこには休憩用のちょっとした茶室と、ノート型の端末があった。ここには監視カメラはない。
「そこに座ってろ」
クーが指示し、ノートの端末にログインしているアカウント内でできることを探す。記録が残るのはまずい。
「ずいぶん詳しいのね」
「知らない方がいいぞ」
「ウィレも何かを隠してることはわかる。例えばあなたが、ここにあるすべての機器のアクセス方法から各社が業務上得た情報を機密レベルまで閲覧できるとか」
「いいから黙ってろ。死にたくなきゃな」
チャムレヴが不貞腐れたように、はいはい、と言った。自分が工作員である以上、彼女の目に自分の仕事が触れれば差し障ることが分かりながら、こんな事をしている。
「あなたの瞳は善人だよ」
「ああ。どうも」
アクセス権限は下位だが、この辺りにある監視カメラの動きを閲覧することは可能だ。メインモニターに、荷捌き場の巨大な敷地が映され、そこに集められた人々が見える。ストアレコッカレのスタッフも見える。だが今は、ラジオ体操の時間ではない。朝礼でもない。こんな風に会社をまたいだ敷地全体で、学校の全校朝会が開かれるようなことはないのだ。しかも、今は搬入のピークを迎える夜の時間である。
「何してるの?」
「ありがたい演説だ」
「声は?」
「今やってる」
えらそうな飾りをつけたしわ一つない軍服の男だ。親衛隊。しかし彼の階級がどのくらいで、どんな人間なのかも分からない。ただ、作業員たちは丸腰なのに対して、モルトの親衛隊たちは相当内力の武器で武装していることが分かる。
『諸君らは……』
音量を上げた。
『諸君らはこれまで忠実に月と惑星の平和のために尽くしてきた。その尽力に感謝する。君たちの働きは閣下も評価するところだ。実に忠実にモルト占領民の心を示してくれた。しかし』
『諸君らの中にいる獅子身中の虫のことに、諸君らはどれほどの注意を払ったのだろうか。胸に手を当て考えるべきだ。そう、我々の軍事機密情報を裏から入手し、ウィレに横流しした不届きな連中が、行政にも民間にも、もちろんこの荷捌き場にも居た。そして今攻撃を加えている。この中にそれを手引きした者がいる』
そして親衛隊の長と思われる者は、ミイラのように包帯でくるまれた何らかの物体を足元に落とした。
それは、民間人に偽装した工作員とされるものの、死体だ。
流石に悲鳴が上がった。
『諸君らはアリのようなものだ。働きアリ。我々はお前達アリを処遇することにした。疑わしきをすべて罰して、モルト本国に引き渡し、そこで然るべき裁定を受けるとな』
チャムレヴが毒づく。
「奴ら、最初からこれが目的だった」
「ああ、理由なんてどうでもいい。俺達がやろうがやらなかろうがな」
クーがスマートアイから最適なルートを割り出し、そしてすぐに銃を手にとった。
「ストレス解消よ。負けがこんでるから。尊厳がなければそれだけの理由で十分」
「仲間とタイミングを合わせる」
「仲間がいる?」
「説明してる時間はない。ついて来い」
「ここまで作戦?」
「ああ、作戦だ。なんたって奴らはこういう、集会が好きだ」
クーは茶室を出て、間抜けにも誰もいない廊下を走った。
「マスゲームがな。バカだから護衛も全員出席だ」
巨大な空間の壁沿いに配された鉄の通路へと出る。ここからは全てが射角で、敵からは死角だ。クーは目ざとくさらに上を見た。いくつもの黒い強化プラスチックでできたドローンが、天井を這っていた。
右腕の甲から下腕にかけて仕込まれた光の漏れない液晶を操作し、セットアップを完了する。
「それはなに?」
「聞くな」
「観察することにするわ」
「勝手にしろ。……レン、フェイズ2準備よし」
スマートアイに味方を意味する青い点が、反対側のゲートから侵入するのが見えた。
「助けるべき人間を集めてくれて、ありがとうよ。バカの運動会」
そして懐からクーは、マイクを取り出して、息を吸い込む。不思議そうに見るチャムレヴをしり目に、クーは言い放った。
『全員腹ばいになって伏せろ!』
幾つものドローンを同時にアクティブへ。
その時、始めの爆発騒ぎの時に屋根裏へと飛んでいった幾つものコウモリが飛んだ。
動揺したモルト兵は天井に気を取られる。
アサルトライフルをセミオートにしたまま、民間人を囲む兵隊の頭を、正確に射撃した。
クーは射撃しつつ、アサルトライフルのグリップを微妙に操作した。すると強化外骨格のモードが変わる。彼の四肢に、壁をクロールするための打ち込みボルトが展開された。そしてクーはボルトの力で鉄の床に穴を踏み開けると、パネルごと脱落して谷底のような階下に落ちていくのを見た。そしてクーはチャムレヴを見た。
「チャムレヴ、そこにいろ!マジで!」
そしてするりと穴に入り、そして手で鉄の支柱を掴むと、四肢のボルトを使って立った。
「クソ、頭に血が上る」
チャムレヴと上下の鏡合わせのように、同じ通路の表裏に『立つ』と、そのまま自由に敵を撃ち始めた。
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