人でなしの食事




 夜明け前、ウィレとモルトの戦闘領域に近いこの場所に、トラックで乗り入れた。

 あたりは最も暗く、そして寒い。

 対向する車のヘッドライトはハイビームになっていて、いちいちクーの目に光を当て続ける。運転手は嫌味な奴だった。クーが運転席を降りてトラックのドアを閉めると、対向車から三人の男が出てきた。

「クー」

 そのうちの一人は厚手のコートに身を包んでいた。線が細く、声も高く、繊細な響きを持っていて、そしてとんがった顎を指でさすると、体の後ろで手を組んでクーと対面した。 

 クーは言った。

「遠路はるばるどうも」

 男は答える。

「五年やった。養生できたか?」

「おかげさまで」

「お前が使えないのは我が方にとって少なくない損失だ」

「仕事はしてきただろ」

「人を殺す以外の仕事ならお前がやる必要などない。理解しているだろう」


 はいはい、クーが答えながら言う。

「わかったよ。それで約束の物は?」


 相手が乗ってきた車の後部にあるトランクの扉……ほとんどハッチと言えるそれが開くと、二人の男が中にある物々しい装備を引っ張り出してこちらに見せる。

「説明しよう」

 悠々と後ろ手に組んだ男は自慢げだった。


「前菜はふつう、食欲をそそるよう控えめで、塩分や酸味がやや強めのことが多いが、今回は初めからたらふく食わせたほうがよかろう。何せ、精強なる兵士だそうだからな。底の深い大皿十杯分、すなわちドローン百機だ。武装運搬、攻撃補助、自爆、攪乱、火器搭載型よりどりみどり」

 ガチャリと音がして、暗がりに光るライトが真っ黒い鉄の筒の数々を照らし出した。

 その横に据えられた樽のような武器は、クーに嫌な連想をさせる。

「さらに大型エレクトロデトネイター。骨壺かよ」

 その武器は巨大な爆弾だ。

「デザインが不満か?」

「役に立つかどうかでしかない。まあ、十分さ。これで敵の気を引けるだろう」

 屈みこんでどんなものか確認したクーは、義眼を起動してくまなく観察し、申し分ない武装であることを確認した。

 そうする間に、二人の男は車に乗り、運転し、ゆっくりとした動きでクーにハッチを見せられる向きに直すと車を止めた。

「何してんだ?」

「気にするな」

 後ろ手に手を組んだ男は、何事もなく話し始める。


「エキシビジョンも必要だ。シェフが得意の腕を振るう機会もあった方がよかろうとの深謀遠慮だ、ウィレの前世代アサルトライフル、携行式ロケット弾を用意した。火薬式、電磁式、それと今回の目玉。これだけは次世代だ。ごみのような人間の群れに食わせてやるに十分な量を用意した。これが主菜だ」

 ハッチを開けると、青白い光の中で、言った通りの武器が整頓されて壁中に張り付いている。クーはその中の一つを見止めると、声に出した。


「これは?」

「高出力レーザーバレット。従来のオートマチックライフルの中に入れて引き金を引くと極小さい穴を開ける。反動もない、薬莢も出ない、痕跡も殆どなく、潜入作戦の切り札足り得る新しい武装だ。火薬が使えない場合に備えた。受け取っておけ」

「ありがたいね」

「一つのバレットにつき十発発射可能で五つ用意した。バレルに残留し続け電池切れにて排莢される。これで五十人殺せ。いろいろ反応させて爆破しても楽しい。副菜はこれで決まりだ」

「そりゃどうも」

 クーはその武器を手に取り、重さを確認する。

「問題ない」


 後ろ手の男は、ハッチから伸びたコンソールのスイッチを押す、すると空気の抜けるような音とともに、ハンガーが動き出してクーが身にまとうスーツが現れた。


「料理の腕を振るうなら当人の体調も万全にしたい。強化外骨格スニーキングスーツ、これはお前が以前使っていたもののアップグレード版だが、現在の一世代前だ」

「へえ。まあ、スマホじゃねえけどテクノロジーが飽和してるから変わらないだろ」


 クーに相対して、男は笑う。

「否定はしない。国際陸戦条約に伴って新兵器にありがちとなってしまった余計な認証機能もないしな。スーツには戦闘補助のためいろいろなものが仕込んである。お前にとっては使い慣れた操作ができるはずだ。好きに使うがいい。わがフェネスリテラ社とウィレ・ティルヴィア政府の完全なる相互信頼による恵みに感謝しろ」

「相変わらず仰々しい奴だ」

 

 素朴に言うクーに対して、男は答える。

「しゃれてると言ってほしいところだ。それにしても戦いを好かない君にこんなにも武器の発注をさせるとは、時代も変わったものだ」

「どこに何が潜むかわからない。一切の人間を信用できないんだ。俺と俺の周りの人間の生存のためにはな」

 一丁の銃を手に取り、体の感覚を取り戻すように構え、装填、再装填の動作を行いながらクーが言った。

 

「なるほど。我が代表からは好きにしろと、言伝を預かっている」

「鹵獲されて困るものもなさそうだな。社長も在庫一掃処分って感じだ」

「この中古武器を使いこなせるのもお前くらいしかいなかろう」

 ありがたい褒め言葉なのか皮肉なのか、それはよくわからないが、武器を受け取れるだけで御の字だ。追及はしない。


「よし、運送トラックに運び込む。手伝ってくれ」

 と言ってクーが取り出したのは、中年の男性が笑っている顔がプリントされた棚のようなものだった。

「なんだ?運搬用台車か」

「ウチのトラックで扱ってる弁当のやつだ。ニッコチャン弁当。分かったらさっさと詰めろ。冷蔵でトラックターミナルに送っていつでも出せるようにする」


 後ろ手の男がほんの少し、体を傾けていぶかしむように言った。

「見つからないだろうな」

「ああ、店に届ける在庫は半分しかないからな。それに一人辞めて余ったトラックだ」

「相変わらずの素朴な知恵に懐かしさがこみ上げるな」

「涙出るだろ」


 男は何食わぬ顔でクーに告げる。

「否(いいや)。お前が死んだところで一滴の涙も出ない。この兵器は全てマフィアにも流通する代物ばかり。見つかってもお前が一方的に一人テロリストとして捕まるだけだ、単独凶器準備集合罪、テロ等準備罪、内乱罪、動乱扇動罪、もちろん殺人罪、どう裁かれるかもわかっていないモルト軍事法違反に花盛り。盛り沢山で楽しいなクー」


「お前が一番楽しそうで何よりだ」


 聞いてもないのにさらに答える男の声は、明らかに遊んでいた。

「加えて工作員としての任務失敗によりウィレ政府のエージェントに処理されるだけで我々には関係など一切ないから一人で罪を背負うがいい」


 白目を剥き、アホ面を作ったクーは男に言った。

「懇切丁寧な説明ありがとうよ、クソ野郎」

「威勢が良くて何よりだ。書面にサインしろ」


 男は口尻を捻じり上げながら、社用の電子決済用のパッドを差し出した。

 その画面を見てクーは鼻で笑って見せる。

「請求先はベルツ・オルソン将軍。ド外道で助かるぜ」

「ああ、当の将軍からありがたい言伝を預かっているぞ。もうじきモルトランツは跡形もなく滅びる。諸君ら工作員の働きに期待する、破壊の限りを尽くせ、とな」

「へいへい、分かったよ」

「立派な皿でも一枚見つけて、持ち帰って贈れば閣下に褒められるかもしれんぞ」


 表情を変えずにクーは答えた。

「ウィレ軍勝利の暁のため奮闘努力するとか、適当に伝えとけ」

「そのようにしよう」

「じゃ、話は終わりだな」

 この男からようやく離れられる。クーは一段階着いたと長い息を吐いた。

 後ろ手の男と二人の男は合流し、儀礼的に横一線に並んだ。

「せいぜい生き延びるがいい。クー」


 並んだ三人に背を向けてトラックに歩きながら、クーはふざける。

「ああ。じゃーな腐れ外道」

 武器を用意した男は意気揚々と言った。

「お前もなクソ工作員」

 三人の同僚たちを残して、クーはトラックのエンジンを入れるとそこから速やかに去った。夜の鳥肌が立つような寒気が、車内に吹く暖房の温風によって薄まっていく。

 クーは戦闘領域までライトを付けず、義眼の暗視機能を使って道を行く。


「馬鹿の上っ面だけはねさせてくれてありがとうよ」

 そう同僚たちにセリフを残して、戦うに十分な力を蓄えた彼は、そのトラックを職場のターミナルまでもっていくと、IDを変えて幌で隠した。

 これでいつでも荷捌き場へと走ることができる。

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