人を捨てる作業
ヤマが動いた。
張っておいた甲斐があったというものだ。
避難したサミー一家を保護するモルト軍人たちよりも、疑心暗鬼にかられたコントロールの利かない人間たち、すなわちあの親衛隊が軍事基地の隣にあったモルトランツ荷捌き場、つまりクーの職場へ『視察』に訪れる予定がある。
それが輸送長の説明だった。だがその視察に来るのが百人の親衛隊だという知らせを伝えてきた彼女に、クーは感謝した。
「レン、ありがとう」
『知り合いの基地の勤務員からの情報よ。でも親衛隊はスケジュールを逸脱した自分勝手な行動が過ぎて、モルトランツじゃ誰も統制できてない。抑えてるのは市警と、彼らと結びついたモルト兵たち。それも公表できない犠牲を出してね。とにかく市警は避難所に多く配置されていて、ああいうインフラ施設には手が回らないみたいなの』
その報告を上げた人間も工作員だった。
「奴らが避難所に来るのは確実か」
『市警は太刀打ちできない。ここで彼らの士気を折らなければ』
「正規軍は裏付けのない戦いはできず、後手に回る」
『その通りよ。街に潜む我々を怒らせてはならないと警告しなければ』
モルト軍の過激な連中はレッドラインを超えた。戦争が迫ってくる恐怖によるものだ。それに伴ってこのところ、皆が発覚すれすれの危険な情報をかき集めすぎているところがある。
その前に脱落したものもいる。死が決まっていても、自分たちを売ることなく守り通した者もいるだろう。しかしまた、その人間の誰かが、モルトに情報を売っていたとしても何もおかしくない。
惑星全土が戦争になり、混乱の渦中だ。状況は混ぜ返された。
「だが、これ以上情報を拡散できないな」
『あなたに報告できただけで十分だわ』
「二人で十分だ」
レンの声がうれしかった。
「顔も見えない君とこの関係を築けたことを誇りに思う」
『ええ。私も良心に従うわ』
良心。その言葉を聞いて、クーはレンに問うた。
「この状況に良心があるとしたらそれは何だと思う?」
レンは一呼吸おいて、クーに答える。
『自分が信じたことに従うのみよ。あなただってそうでしょ』
「味方は君だけか」
『十分だわ。やり遂げて見せる。悔いのない生き方をしたい』
「わかった。俺もそうしよう」
そして監視カメラには、多数の完全武装した親衛隊の群れが映っていた。
クーは通信を切り替え、待機している友人に向けて話した。
「パルマ」
『なに?』
「またゲームしてたのか?」
『そういう気分じゃない。ネットのニュースは怖くて見れない』
パルマの声は少し震えている。クーは受け止めるように、答える。
「お前がそう言うのなら、いよいよだな」
『アルド』
「なんだ」
『勝ち目のない戦いを挑むの?』
その声は心配する子供のようだった。
「ああ」
『レンさんを止められなかった。声が美人だった。きっとリアルでも美人だ』
「そうだな」
『一人になるのは嫌だよ』
静寂が流れる。通信中に聞こえるホワイトノイズだけが、耳に残る。
「短い間だったが、お前と会えたことも感謝してるよ。最後に頼みがある。聞けるか?」
『なんだい?』
「お前のPCに、仲間たちが命がけで得た情報を流す。これを、俺たちの仲間に送れ。悪人が手を伸ばさないように。いいか、俺の仲間だ」
つばを飲み込んだパルマの声が聞こえた。
『勇気ある姫の紐帯』
「そうだ。そうしろ。送信コードと暗号認証キーは、お前のゲームのカウントに送る。あそこはプライバシー保護でネットワークに関与できないはずだ」
『オタクだね』
「生き死にに直結する情報をかき集めてたらオタクになった。しがないオタクだ」
『オタクの仲間が減るのはつらいよ』
「死ぬわけじゃない。たぶん死なない
『本当?』
「ああ。……じゃあ、切るから」
『アルド、また会おう』
「ああ。パルマ、また会おう」
そこで会話は切れた。彼は戦う必要などない。その使命を内側に持った人に、適切な武器が与えられるだけでいいとクーは考えていた。
そして少なくとも自分には、その使命があると思っていた。
※
「現地の階層は五階。扉の数はざっと二千五百、間取り、経路、便所に至るまでのスペックを確認しろ」
『モルトランツ荷捌き場の図面にアクセス』
画面が映し出す様々な情報は、全てインプットする。
数日の間、刻々と動いていく時間の中で、ずっとその作業をしながら機を待った。
それまで自分の部屋だったそこには既に家具もなく、今や元々備わっていたちょっとしたカウンターキッチンのようなつくりの台に、ノートパソコンを広げているだけだ。
PCには無線ペアリング用のインターフェースが広がり、さらにケーブルで連携されたガジェットは、指を輪にしたのと同じくらいの大きさの装置で、緑に光っている。
スイッチを押し、ガジェットが花びらのように開き、その銀色のフレームが、小指ほど小さな円筒形の『黒目』ユニットをあらわにする。今、クーの片目には見事なほど異様な丸穴が開いていて、そのユニットをつまむと彼は義眼の中に挿入した。
片目が赤く光る。
まばたきの回数で赤外線、暗視などの機能が切り替わることを確認する。
本作戦の資料、すなわち荷捌き場の詳細な構造や面積、経路といった様々な情報も呼び出せる。スーツと連携しヘルスチェック、武器弾薬の情報も確認する。
クーは海にでも泳ぎに行くのかと言われかねないウエットスーツのようなスニーキングスーツを身にまとい、そして足元に転がる滑らかな金属フレームを背中に這わせ、スーツと適合させた。
『四肢強化外殻準備よし、と』
パソコンの画面のゲージが充ちる。
セピアの光に、余計青白い画面が映えた。
武器を満載した工廠トラックを作る前に、ここにある家具を入れてどれだけの立ち回りができるかを試した。
見られては困るものを山の中に持って行って燃やしたり、荷捌き場のゴミ収集所に紛れさせたり、同じ会社の別の部門に荷物を持って流したり、いろいろな軽犯罪を冒してみたが、特に問題は起こらなかった。
こういった手法を試しながら安全確認の上でトラックを作り、そして今は、PCを使って装備を統合する。ウィレの特殊部隊、型落ちとは言えその上位存在にしか許されないはずの装備を身にまとうクーに失敗は許されない。そしてこのスーツと連動して動く義眼の機能はそれを使いこなし任務を遂行するに十分なほどの驚くべき認識能力と情報能力を彼に与える。
胸に貼った吸盤型の湿布が、クーの心臓の細動を読み取って
グリーンからイエロー、レッドに推移する。
その動きが確認できなければクーを巻き込んでスーツは爆破される。
クーは仲間を信頼していたし、これからもそのつもりだ。
足元にあるいくつかのアタッシェケースのようなカーボン製の箱の準備も済ませ、最後に職場で自分の会社の、ネイビーブルーに染まったつなぎを着る。
作業は五分で終えた。
そしていつものようにトラックに乗った。
「志、ね」
この街に本軍が入ってくる間に、暴走されるならば誰がこの街を護れるのか。白いシャツのモルト軍に頼れというのか、それは全く逆さの話だ。
ウィレの少数勢力がモルト本軍の暴走を食い止めてくれたことは礼を言うが、親衛隊が、そんな殊勝な定めを守るわけがない。
武器をひそかに満載させたトラックに乗ったクーは静かに、そして確かにアクセルを踏んだ。
トラックはにわかに、しかしスピードを上げて走り出す。
義眼からはリアルタイムで情報が入ってくる。モルトランツ荷捌き場には、既に完全武装した親衛隊が到着していることをレンからの報告で知る。
何事もなく終わるわけがない。
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